犬の失敗 (1/2)
※アニマル転生主人公
※強面な大型犬はイッショウさんの飼い犬
※『犬の身の上』からの続き
※inドレスローザ編
※名無しオリキャラ副官注意
愛と情熱と玩具の国『ドレスローザ』。
なんともとんでもなくうさん臭いファンシーな国に俺が足を踏み入れたのは、イッショウさんの仕事についてきたからだ。
遠のいたおぼろげな記憶の中にも確かに存在するこの国は、俺の記憶に間違いがなければイッショウさんという『キャラクター』が初登場した場所で、そしてそこにイッショウさんが来たということは、国のどこかに『麦わらの一味』がいるということだ。
『海賊』に会いたいなんて海兵の飼い犬としてどうかと思うが、主人公は一目くらい見てみたいと思ってしまった俺に、おんやァ、と声を落としてきたのは一緒に船を降りたイッショウさんだった。
「なんだか今日は、随分と落ち着かねえ様子だ」
言葉と共に俺がいるほうへその顔を向けて、イッショウさんが唇に笑みを浮かべる。
ナマエにもはしゃぐことがありやすか、と寄越された声に、はしゃいでなんかいないという気持ちを伝えるためにぐっと背中を伸ばした。
しかし、どうも俺の尻尾は時々俺の意思と関係なく揺れてしまうので、あまり説得力はない気もする。
俺のそんな姿は見えていないはずだが、気配で分かったのかそれとも別の理由でか、イッショウさんの微笑みが深くなり、その体が少しばかり屈められる。
伸びてきた片手が俺の頭を軽く撫でて、さて、とその口から言葉が漏れた。
「にぎやかな島だ、見て回りやしょう」
「わふっ!」
「何言ってんですか!」
言いつつ膝を伸ばしたイッショウさんへ勢いよく返事をすると、俺達のそんな様子を見ていたらしい海兵の一人から悲鳴のような声が上がる。
駄目ですよ仕事で来てるんですから、と慌てたように声をあげたイッショウさんの副官の一人が、俺の横にすぐさま回り込んできた。
「どうしちゃったんだナマエ、いつもならお前も少しはイッショウさんを止めてくれるのに!」
お前がイッショウさんに似ちゃったら駄目だろうと、当人を横にしてとんでもなく失礼なことを言っている。
こいつァ手厳しい、とイッショウさんは笑っているが、俺としてはあまり許せないので、じろりと海兵を見上げてしまった。
ぐるるると唸るとさすがにイッショウさんに気付かれてしまうので、少し牙をむくくらいで我慢する。
あまり鏡を見たくないくらいには恐ろしい風貌になってしまった俺のそれには迫力があるのか、俺の視線に気付き、う、と足を引いた海兵は、しかしそれでもこらえてその目をイッショウさんの方へ向けた。
「あの……申し訳ありません、大将」
「んん? ああ、いんやァ、あっしは気にとりやせん」
しっかりと謝罪した海兵に軽く笑ったイッショウさんが、その手に持っていた仕込み杖を少しばかり揺らす。
「いつもお手数かけてんのァあっしの方でしょう、こちらこそ、どうも申し訳ねえこって」
「自覚がっ………………いえ、はい」
イッショウさんの言葉に何かを言いかけた海兵は、途中でその言葉を飲み込み、仕事なので気にしなくて大丈夫です、とイッショウさんの方へ声を掛けた。
じろじろとそれを見上げていると、俺と海兵の間にひょいと一本の杖が挟み込まれる。
「ナマエ、そんなに見てたら、相手さんに穴ァあいちまいやすよ」
どうせ見るんならこっちにしたらどうかと続いた言葉に、俺は視線をイッショウさんの方へ向けた。
視力を失っているのだから、俺が誰を見ているかも分からないはずなのに、まるで俺の視線を受け止めたことが分かったかのように口元の笑みを深めたイッショウさんが、杖を手元へ引き戻す。
「さて、それじゃあいきやしょうか」
「わふ」
「だから!」
そのまま歩き出したイッショウさんに追従すると、またやかましく声をあげたイッショウさんの副官が、俺達の後ろをついてきた。
仕方なく指示のあった場所へ移動するふりをして、イッショウさんが副官を撒くのに俺もしっかり付き合った。
※
そして今、俺は深く反省している。
「やだもう、私ったらドジ……!」
両前足で押さえつけた小さな生き物が、声を漏らしているのを捉えて耳をぴくりと動かした。
島の中を歩きながら、ふと視界の端をちらちらと何かが過ると気付いたのが、一番最初だった。
もしや飛蚊症かと自分の目を疑ってしまったが、やはり気になって思わず駆けだした俺が露店で商品にぶつかりながらも奥の路地までそれを追い詰めたのは、それが島民の懐から小さなナイフを盗み出して行ったからだ。
噛みついてやるつもりで思い切り口を開けて迫り、それがどういう存在なのかに気付いて頭の軌道を修正した。
前足で相手を押さえつけている、その隣の石畳がえぐれているのは先ほど俺が噛みついたからだった。
「はなしてはなして! トンタッタ族を食べたっておいしくないんだから!」
ついでに言えば、どうやら俺が捕まえたのは小人族だったらしい。
そういえば、『ドレスローザ』はそういう国だった気がする。
おぼろげな記憶を手繰りつつ、押さえつけていた両前足をひょいと引く。
ついでに鼻先で転がったままだったその体を起こしてやると、俺に押さえつけられていたくせに『ありがとう』なんて感謝を口にした小さな女の子が、その目でこちらを見た。
それからその目が大きく開かれて、きゃあ、なんて悲鳴がその口から漏れる。
「待って待って! お願い食べないでくらさい!」
「……わふ」
何ともとんでもなく怖がられている。
そのことに気付いて少し身を引くと、頭を抱え込むようにしてしゃがみ込んでいた小さな彼女は、俺のことをちらりと見てからもう一度きゃあと悲鳴を上げた。
そんなに騒いでは目立ってしまうんじゃないだろうかと困惑しつつ、とりあえずその場に伏せてみる。
数秒を置き、もう一度こちらを見たトンタッタ族とやらは、数秒を置いて涙のにじむ目をぱちぱちと瞬かせた。
「……あの、食べないの?」
「わん」
恐る恐ると寄越された問いかけに、頷きながら鳴き声を零す。
俺のそれを理解したのかしていないのか、数秒を置いて放り出されたナイフを掴んで引き寄せた彼女は、そろそろとこちらへ近づいてきた。
俺の様子をじっと見つめて、それから首に巻いていたマフラーなのかスカーフなのかよくわからないものを解く。
「貴方、すごい匂いれす」
失礼な気がするが、たぶん悪気はないんだろう。
確かに、今の俺は頭からかぶった香水のせいですごいフローラルなにおいだ。
ついでに言えば、不意打ちだったせいで思い切り額を瓶でぶつけていて、血がにじんでいるのかじくじくと痛い気もする。
伸びてきたその手が、恐る恐ると言った風に俺の香水まみれの鼻先を手に持っているもので拭いてくれる。少し痛いのは、彼女が怪力だからだろうか。
数回そうやって、引き戻した布の匂いに顔をしかめた彼女は、それを自分の服のポケットへと押し込んだ。
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