きみのためだけ
※なんとなくシャチ(→)主人公(ハートクルー)
シャチの誕生日が来る。
そんな話を聞かされて、それじゃあ何が欲しい、と尋ねたのは、その誕生日を祝いたい俺にとっては当然のことだった。
それを聞いて、シャチの目が俺を見やる。
「それじゃ、一個だけのものくれ」
「は?」
そうして放たれたなぞかけのような言葉に、俺の口からは少々間抜けな声が漏れた。
なんの話だと見下ろした先で、だから、と呟いたシャチが笑う。
「他の誰も持ってねえもんが欲しい」
歌うように紡がれたそれに、俺は目を瞬かせた。
薄暗い船内で、サングラスを外したシャチの目がまっすぐにこちらを見つめていて、微笑んでいるはずなのにどうしてか真剣に見えるそれに、わずかにたじろぐ。
それを見てふと目元を緩めたシャチが、『無理だったら別にいいんだけどよ』と呟いてから立ち上がった。
椅子をそのままに近寄ってきて、俺より少し背の高い相手が俺の肩を軽くたたく。
「まー、プレゼントは何でも嬉しいって」
こういうのはサプライズだろ、期待してるぜと笑いかけてから離れていったシャチが船室から通路へ出ていくのを、俺はそのまま見送った。
困惑しながらきょろりと周囲を見回すも、俺とシャチの会話を聞いていたクルーはいなかったのか、こちらへ視線を向ける奴はいない。
夕食後の一休みでポーカーに興じている数人を見つめて、それからもう一度シャチが座っていた場所へ視線を戻し、そうしてシャチが歩いて行った方へ眼を動かした俺は、ゆるりと口を動かした。
「…………手作り?」
『誰も持っていない物』ということは、売られたりしていない物がいいということだろうか。
だがしかし、何とも難易度の高い気がするそれに、俺の口からは小さくため息が漏れた。
※
「ナマエ、それ、暑くねェのか?」
怪訝そうな声を掛けられたのは、俺がシャチからなぞかけのような言葉を寄越されてから、数日が経った頃だった。
今日はシャチの誕生日だ。
それなりに人数のいる船の中は『宴』の口実を見つけて騒ぎ出し、そろそろ『シャチくんのお誕生日』を祝うためのケーキが作り始められた頃だろうか。
本日の主役としてタスキを掛けられ頭に紙でできた王冠のようなものまで乗せられたシャチが、俺を見やって首を傾げている。
それ、の言葉で指さされた方を見下ろして、ああ、と俺は声を漏らした。
確かに、シャチがそんなことを言うのも仕方ない。
何せ、昨日の朝から夏島の海域に入ったというのに、俺の両手は薄手の手袋で覆われているのである。
通気性のかけらもないそれはしっかりと俺の手を蒸らしていて、なんとなくじったりと汗をかいているのも感じる。
だがしかし、つけていないわけにもいかないそれに笑って、俺はシャチへと視線を戻した。
「そんなことより、誕生日おめでとう、シャチ」
「ん? お、おう」
話を逸らした俺に『ありがとな』と笑ってから、しかしすぐにその笑みをひっこめたシャチが、先ほどよりさらに怪訝そうな顔をする。
「なァナマエ、その手」
「これ、プレゼントだ」
しかし言葉を続けさせずに遮って、俺は誰かさんに渡すために用意してあったものを差し出した。
目の前に現れた箱に、シャチがぱちぱちと瞬きをしたのが、サングラスの隙間からわかる。
丁寧にリボンを掛けたそれをシャチの手が受け取って、中身も確かめないうちからその手が箱を軽く振った。
「なんだ、これ?」
「だから、プレゼントだって」
不思議そうなシャチへそういって、微笑みを向ける。
中身の話をしてんだよと呟いたシャチが、不思議そうな視線を手元の箱へと向けた。
箱を開けずに中身を当てたいのか、うーん、と唸りつつどうしてか箱のにおいまで嗅ぎだした相手に、軽く肩をすくめる。
「結構頑張って用意したんだ、嘘でも喜んでくれると嬉しいんだけど」
「嘘ついていいのはエイプリルフールくらいだろ……まァ、お前がくれんなら何でも喜ぶけどよ」
真っ向からそんなことを言い放たれて、それならよかった、と胸をなで下ろす。
シャチはあまり嘘を吐かないから、そういってくれるならちゃんと喜んでくれそうだ。
俺の反応に、箱に顔を寄せたまま、シャチがわずかに動きを止めた。
「……もっとこう、なんかねェのか」
「え?」
「なんでもねェ」
何かを呟いたらしいシャチにそう言われて、軽く首を傾げる。
それを見やり、肩を竦めたシャチの手が、ひょいとリボンの端をつまんだ。
「あけていーか?」
「どうぞ」
問われた言葉に頷くと、シャチの手がするりとリボンをほどく。
似合わないくらい丁寧な動きでリボンを手繰り、くるりと自分の腕に巻いてから箱を持ち直したシャチは、それからそうっと箱を開いてその中を覗き込んだ。
「………………」
そして数秒を置いて、ぱたんと箱が閉じられる。
沈黙したまま、じっと閉じた箱を見つめているシャチに、あれ、とわずかに戸惑った。
「シャチ?」
もっとこう、何か反応はないのだろうか。
『喜ぶ』と宣言してくれたはずの誰かさんの無反応に、とんでもなく外してしまったのか、と少し背中が冷える。
どうすれば、と戸惑っていた俺の前で、シャチの片手が素早く動き、俺の片手を捕まえた。
「あ」
ぐい、と引っ張られた手に驚いて抵抗するも、シャチと俺では力の差は歴然だ。
正面から手袋に包まれた俺の手を睨み付けて、数秒を置いてこちらを見やったシャチが、そのままで口を動かした。
「…………これ、手作り?」
「ええと……まあ」
問われた言葉に、軽く頷く。
非売品を求められた結果なのだから、まあ当然ともいえるだろう。
問題は、サプライズを求めていたシャチから隠れて作るということではなく、俺がとんでもなく不器用だったということだった。
一体何度自分の指をさしたことか分からない。手当をしてくれていたペンギンからはあきれた顔をされてしまったし、血の匂いがするとベポにまで心配された。
しっかり治療はしたが、今も時々じくじくと痛い。
俺の不器用さはすでに船のみんなが知っているので、少し手伝おうかと言ってくれたクルーもいたが、しかし俺としては、自分で頑張りたかったのだ。
「もう二度と作らないから、それはこの世で一個だけだ」
軽く笑って胸を張り、どうだ、と相手を見やる。
「キャプテンに言われたって二度と作らないぞ」
男の手作り品だなんてものをあのトラファルガー・ローが欲しがるとは思えないが、あんなに痛い思いをしまくるのは、もうこりごりだ。
シャチのためだから頑張ったんだと言葉を続けると、シャチが少しだけ目を見開いた。
それから、俺の手をつかんでいる掌に力が入り、やがてじわじわとその顔に笑みが浮かぶ。
「……ばっかだなァ、ナマエ」
「なんて言いぐさだよ」
楽しそうに弾んだ声音にわざとらしく傷付いたふりをすると、うそうそ、と続けたシャチが俺の手を逃がす。
その両手がいつだったか何億かもわからない宝冠を持った時のようにしっかりと箱を抱え直して、その顔の笑みが深まった。
「ありがとな!」
最高のプレゼントだぜ、なんて大げさなことを言ってくる相手に、喜んでくれたならよかったよ、と俺も笑う。
その日から枕を変えてくれたようなので、俺の作った海賊らしくないファンシーなオルカ枕は、どうやらシャチのお気に召したようだった。
end
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