マグマグ注意報
※サカズキ大将未満とトリップ系海兵(同期)
※色々と大変捏造
※若サカズキさんもあの口調という前提
※日本人男児の割に赤犬派思考
海を漂流していた俺を助けてくれた俺の命の恩人が目の前で殺されたのは、俺を保護してくれると言う施設まで送り届けてくれると笑ったあの人の船が、海賊に襲撃されたあの日のことだった。
自分の私利私欲のために他人を殺す人間未満の獣を、俺はあの日初めて目撃した。
もしも、巡回中だったと言う海軍が現れなかったら、恐らく俺もまた殺されていたことだろう。
右も左も分からないこの世界では、帰る方法も分からない。
だから、俺はしばらく悩んで、帰ることを諦めた。
そしてその代わり、あの日のあの人を殺した海賊のような人間未満の獣を減らしてやりたくて、そのまま海軍に入隊した。
周囲の人間が口走る『グランドライン』や『海王類』、『悪魔の実』と言った単語でこの世界がどういう場所なのか気付いたのは、それから随分と後のことだ。
「……うわ、マジか」
目の前の物と手元の本を見比べて、小さく声を漏らす。
見れば見るほど、本に描かれた絵と目の前の物は似ている。
恐る恐る手を伸ばして触れると、しっとりとしたその皮が俺の掌を受け止めた。
他のどこでも見たことが無いような異様な形のその『果物』は、つい先日、俺が海岸で拾ったものだった。
もしや、と思って図鑑で調べたら、その姿はしっかりとそこに記載されていたのだ。
『悪魔の実』のある程度を記録していると言う手元の図鑑は、海軍本部の資料室から拝借してきたものだ。
倉庫に誰もいなくて良かったと、少しかび臭いその部屋でそんなことを考える。
『悪魔の実』というのは、一口かじれば人知を超える力を手に入れることが出来る、なんともファンタジックなアイテムだ。
俺と同時期に海軍へと入隊し、俺よりかなり上の肩書を持っている何人かにも、そういう『能力者』がいる。
そういえば、この世界と同じ『漫画』の主人公も確かそれだった。
『悪魔の実』というのは基本的に戦闘に向く能力になることが多い。まあ何であっても使い方一つだが、まず間違いなく、今の俺より強くなることだろう。
それでも、俺がそれに噛り付く気が起きないのは、手元の本に描かれたイラストの横に記された、その『悪魔の実』の名前だった。
「マグマグって」
とても可愛らしい気がする名称だが、それが誰が持つべき能力であるかを、俺は知っている。
別に何もかもを俺が知っている通りの世界にする必要はないだろうが、しかし、あれほど強力な能力を、俺に扱いこなせるとは思えない。
何もかもを焼き焦がして溶かしていくマグマの力は、使い方一つで人間一人を兵器に変える。それこそ、いずれ海軍大将となるあいつにこそふさわしい能力だ。
問題はあいつがこれを食べてくれるかどうかだよなと、誰かさんの顔を思い浮かべた。
俺を置いてぐんぐん昇進していく我が同期殿は、俺が弱いことを随分気にしている。
もっと強くなって這い上がってこいと、激励なんだかよく分からないようなことを言われたのだって、一度や二度じゃない。
そう急かされたって、誰もが自分と同じようにさっさと昇進できるわけじゃないと、いいかげん気付いてくれたっていいんじゃないだろうか。
同じように昇進している奴だっているし、そっちにもいずれ海軍大将となる奴がいるのだからそちらと競い合えばいいと思うんだが、あいつは妙に俺に構う。
将来的には『海軍大将』の名を経て『海軍元帥』となる誰かさんにわざわざ嫉妬をしても仕方ないので俺は気にしないが、俺以外にも似たようなことを言っているとしたら酷い話だ。
ましてや、まだあいつは『能力者』ですらない。
じっと目の前の物を見つめてから、やれやれ、と小さくため息を零した。
「……不意打ちで口に押し込めばいいか」
確か、『悪魔の実』は一口かじれば大丈夫だった筈だ。
それしかないなと判断して、俺は座っていたパイプ椅子から立ち上がった。
※
「……何のつもりじゃァ」
甘かった。
低く唸り、その両手で俺の右腕と俺の頭を掴まえて抵抗してきた相手を前に、俺は自らの非力さを痛感した。
サーカズキ、といつものように声を掛けた俺に、昼食をお一人様していたサカズキが振り向いたのは、つい二分ほど前のことだ。
食堂で食べてしまえばいいのに、サカズキは時々海軍本部の端にある訓練場の近くで食事をしている。
大体それはさっさと食べて訓練を再開したい時で、時々それに付き合っている俺は当然、サカズキがどこで食べているかを知っていた。
一緒にしていいかと聞いて、好きにしろと返事を貰ったので近くによって、座らないまま話をして。
こちらから注意が逸れた、今だと意気込みその口に手元の果物を叩きこもうとしたと言うのに、このざまである。
ぎり、と握りしめられた手首と、正面から握り込むようにした指に圧迫されているこめかみが痛い。
「サカズキ、痛いから放してくれ」
「おどれが変なことをしちょるんが悪い」
訴えた俺に対してそう唸りながらも、サカズキは少しだけ手の力を緩めてくれた。
それでもその手が俺の頭と片腕から離れないのは、俺がまだサカズキの方へ手元の物を押し付けようとしているからだ。
そうして、俺の体を押しやりながら俺の手元の物を見たらしいサカズキが、何じゃそれは、と言葉を紡ぐ。
不審そうなその声音に、『悪魔の実』だよ、と返事をした。
「……何でそんなもんをわしにぶつけようとしちょる」
「いや、ぶつけるんじゃなくて、食べさせようと思ってるんだけど」
ほら口開けて、と言いながら腕を動かそうとするが、やっぱり動かない。
サカズキは怪力だ。
いや、俺以外の大体の同期はみんなそうかもしれない。
この世界の人間達はたくましすぎて、時々俺にはついていけないのだ。
俺の言葉に、何を馬鹿なことを、とサカズキが声を漏らした。
「本当にそれが『悪魔の実』っちゅうんなら、おどれが食え」
「俺は、サカズキに食べて貰いたいんだよ。自然系だぞ、嬉しくないか?」
普通の『悪魔の実』でも億はくだらない値段で取引されているが、自然系となれば更に高額だ。
俺の問いかけに、は、と声を漏らしたサカズキの手が、ぐいと俺の頭を下へと引っ張る。
無理やり体を折り曲げるような格好にされて、堪え切れずに俺はその場に膝をついた。
無理やり人を座らせて、そこでようやく俺の顔から手を離したサカズキが、今度は俺の顔を下からすくい上げるように捕まえた。
サカズキの方が体が大きいので、少し身をかがめたサカズキに真上から覗き込むような体勢をとられて、仕方なくその顔を見つめ返す。
「自然系ならなおのこと、おどれが食わんか、ナマエ」
俺の両目を見据えたままでそんな風に言ったサカズキの手が、俺の腕をぐいと引っ張った。
抵抗もむなしくぐいぐいと寄せられたそれに口が触れそうになって、慌てて顔をそむける努力をする。
「なんでだよ。俺が見つけたんだから、誰に食べさせたっていいだろ」
「わしより、おどれの方が弱かろうが。さっさと食え」
抵抗する俺にそんな風に言う相手に、酷い、と俺は言葉を零した。
確かに俺は弱いが、そんなにきっぱりはっきりと言わなくてもいいんじゃないだろうか。俺も男なのでさすがに傷つく。
しかしそんな俺の男心も分からないらしいサカズキは、何が酷いんじゃ、なんて唸りながら更に俺の口へと『悪魔の実』を押し付けようとする。
仕方なく手の力を緩めて、さっき丹念に洗ってきたそれを自分の膝の上に落としてから、俺はすぐにもう片方の手でそれを掴まえた。
俺の動きに気付いたサカズキが人の顔を掴んでいた手を離し、『悪魔の実』をサカズキに押し付ける前にもう片方の腕まで捕まってしまう。
向かい合って両腕を拘束されてしまった俺は、とりあえず正面から相手を見上げながら、何で食べてくれないんだよ、と目の前の相手に抗議した。
「サカズキは強くならなけりゃなんねェんだろ。だったら、喜んで食べてくれたっていいじゃねェか」
いずれはマグマ人間の海軍大将となるべき人間だと言うのに、どうしてサカズキはこんなにも抵抗するんだろうか。
言葉を零した俺の前で、おどれの考えていることが分からん、とサカズキが眉を寄せる。
「貴重な『悪魔の実』を、わしに寄越す理由がありゃあせん」
まあ確かに、サカズキの言うことももっともだ。
俺にとってはこの『悪魔の実』がサカズキの物であることは決定事項だが、俺の知っている『世界』を知らないサカズキには、そんなことは分からない。
けれどもそれなら、理由があれば食べてくれると言うことだろうか。
そう把握して、えーと、と俺はサカズキから視線を逸らした。
別にこうも無理やり食べさせるべきものではないのかもしれないが、やっぱりこれはサカズキにこそ必要な能力だと思う。
だから何か理由を、と必死に頭の中を引っ掻き回して、ふと今日の日付を思い出した。
「あ」
「…………何じゃ」
声を漏らした俺を見やり、サカズキが低く唸る。
まだ俺の両腕は捕まったままで、片手で持ち上げた『悪魔の実』は無傷で綺麗なままだ。
そのままでサカズキの顔を見上げ直して、俺は言葉を紡いだ。
「サカズキって、今度誕生日だろ」
目の前の男の生まれた記念日が、そういえば明日に迫っていた。
思い出せてよかった、と顔をほころばせた俺を見下ろして、サカズキが怪訝そうな顔をする。
何でそれを知っている、と言いたげなその顔に、前に教えてくれただろ、と言葉を投げた。
大体は語呂合わせの誕生日らしいのだが、一部の人間はそれに限らない。
サカズキもその一部に入っている人間で、だからサカズキが何かの拍子に教えてくれるまで全然知らなかったのだ。
来年からはカレンダーに赤丸でもつけておこう、と心に誓った俺の前で、ちら、とサカズキが『悪魔の実』を見やる。
「……誕生日に寄越す物か、これが」
「何だよ、この上ない誕生日プレゼントだろ」
贈り物を受け取らないなんて酷いこと言うなよ、と言葉を続けて、俺はサカズキをじっと見つめた。
「俺は、お前が強くなってくれた方が絶対に嬉しい」
その体をマグマに変えて、センゴクさん曰くの『海の屑』達を焼き焦がして溶かし散らしていくサカズキを想像してみると、何だか随分と様になっているような気がした。
弱い俺では、きっとそうはいかない。
俺の命の恩人を殺したような人間未満の獣共が他にも大勢いると知った時、ならばその絶対数を減らさなくてはならない、と思った。
だけど、俺が強くなるよりもサカズキが強くなった方が、俺の目的は達成できるだろう。
サカズキの話してくれない過去を俺は知らないが、きっとサカズキだって俺と似たようなものだと勝手に思っている。
こいつだって、あの獣達が大嫌いなのだ。
その正義は徹底的で少々潔癖のきらいがあるほどに行き過ぎていることもあるけど、それだって根本は俺と同じだと思うから、俺はいつもサカズキの背中を見ている。
だからそう告げた俺の前で、サカズキは何とも言えない顔をした。
迷うようなその顔ににかりと笑いかけて、まだ掴んだままの『悪魔の実』を軽く揺らす。
「それに、もしかしたら旨いかもしれないぞ?」
ちょっと試してみろよ、と誘うように言葉を投げると、やや置いて目の前の口からため息が漏れた。
ぐい、と左手が引っ張られて、俺が掴んでいる『悪魔の実』がサカズキの口元へと近付く。
豪快に開かれたその口が、がりり、と音を立てて『悪魔の実』にかじりついた。
皮ごと口の中に入った分を咀嚼して、それからごくりと飲みこんだサカズキの顔がしかめられる。
「…………まずい」
「あ、やっぱり?」
たぐいまれなる能力を手に入れることが出来るらしい『悪魔の実』は、その味の評判が最悪だ。
死ぬほど不味いと吐き捨てられたことがあるので、その味には少しだけ興味がある。
「俺も一口」
「……結局食うんか」
「だってお前が食べたんだから、もう俺が食べても大丈夫だろ」
両手を掴まれたままでそう言うと、どういう理屈じゃあ、と面倒くさそうに呟いたサカズキが俺の両手を解放した。
引き戻した手に持っていた『悪魔の実』を軽く触って、その皮の厚みを確かめる。何とも硬い。
よくこれに噛みつけたな、なんて思いながら、とりあえずサカズキが先ほど噛みついたところにかじりついた。
内側はそれほどでもないが、皮がとても硬くて、がり、と派手に音が鳴る。
どうにか噛み千切り、口の中に広がったその刺すような苦みと臭みに残りの実を取り落として、う、と口元を押さえた。
「……まじゅい……」
硬すぎて歯も痛いし、食べられたものじゃない。
よくサカズキは食えたもんだ。食わせといてそんな感心をしながらどうにか口の中身を飲みこんで、ふと前方から熱を感じて視線を向ける。
「……サカズキ?」
じゅう、と小さく音を立てて地面に指から滴る赤黒い滴を落としたサカズキが、どうしてかこちらを見ていた。
どうしたんだマグマなんか出して、と尋ねてみると、そこでようやく自分の変化に気付いたらしいサカズキが、怪訝そうに自分の手元を見やる。
「なんじゃァ、これは」
「だから、『悪魔の実』の能力だろ? マグマグの実っていうらしいからな」
これで今日からお前もマグマ人間だ、と微笑みかけてやって、とりあえず自分の腰から海楼石の手錠を取り出した。
能力者の海兵でも扱えるよう、内側にだけ海楼石が仕込まれたそれをかちりと開いて、そのままサカズキの腕にかける。
旨い具合に体に触れたらしく、かちん、と音を立てて手錠がかかるのと同時に、サカズキの指が元に戻った。
それと共にサカズキの体が弛緩して、けだるげに後ろの壁に寄り掛かる。
「おお、効くな、海楼石」
その様子にぱちりと目を瞬かせてから呟くと、サカズキがじろりとこちらを見やった。
「体動かせそうか?」
「……知らん」
問いかけると、むっとした様子でそんな風に返事が寄越される。
その顔に笑いかけてから、とりあえずまだじゅうじゅうと音を立てている地面の傍を離れて、サカズキの傍らへと移動する。
その途中で視界にサカズキが食べていたらしい昼食が入り込んで、そう言えばこいつはまだ食事の途中だったことを思い出した。
あんなにもくそ不味い物を食べさせたのだ。口直しが必要だろうと、サカズキの分の昼食を手に取って自分の膝の上に置く。
「ほら、サカズキ」
そして箸でつまんだそれをサカズキに向けて差し出すと、こちらをじろりと見やったサカズキの体が少しだけ身じろいだ。
どうやら俺から箸を奪いたいようだが、へろへろのその腕が伸びてきても、俺から箸を奪うことなど当然出来ない。
慣れてないのに無理するなよ、とそれへ言葉を投げる。
「落ち着いたらその手錠も外してやるからさ。お前だって、海軍本部を溶かしたいわけじゃないだろ?」
マグマ人間がどれほど強いかを、俺は知識として知っているのだ。
周りに被害をもたらし続けるのはサカズキだって本意じゃないだろうとその顔を窺えば、眉間に皺を寄せたサカズキが、それから小さく舌打ちをする。
「はい、あーん」
「…………」
それでも、とりあえずは口を開けてくれたので、俺はサカズキの口の中に食料を突っ込むことに成功した。
問題は、手錠を外すとすぐにマグマを零すサカズキが中々落ち着かなかったと言うことだが、まあ自然系能力者の最初なんて大体そういうものなんだろう。
end
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