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身勝手な恋情 (1/2)
※『ここまで約552時間』設定
※トリップ系一般人主人公とサカズキ大将は付き合ってる
※名無しオリキャラ注意
※そこそこの暴力表現



 ナマエとサカズキは、いわゆる恋人同士と呼ばれる間柄だった。
 お互いがお互いへ恋愛感情に基づく好意を抱いていて、告白をして受け入れて、お互いの家を行き来するまでになった。
 もちろん、お互いの性別や年齢差、何より立場を思えば外で誰かに見せつけるような行動をできるわけもなく、だからこそどちらかと言えばひっそりと、ナマエとサカズキはお互いの間だけでその関係を育んできたのだ。
 しかしそれでも、気付く者は気付くだろう。
 例えばサカズキの同僚はサカズキの『意中の人』が誰なのかを確かめにとある店までやってきたし、ナマエの同僚もまた、店内でも少しだけ会話を交わすようになったナマエを見て、正確には言い当てずとも『仲がいいんだな』と言って笑った。
 ナマエは少し慌てたけれども、サカズキが『わしは構わん』と言ったから、あえて親密さを否定して歩いたりはしなかった。
 だけれども、ひょっとしたらそれが、この結果を導いてしまったのかもしれない。

「……んん」

 声を漏らそうとしてみても、口に布を押し込まれ、そのうえで猿轡までかまされてしまってはそれも叶わない。
 そんな状態でナマエが転がされているのは、見知らぬ船の甲板だった。
 少し傷んだ床板に頬がこすれ、ひりひりと痛む。
 左腕と右足がずくずくと熱をもって痛んでいるのは、抵抗もむなしく骨を折られてしまったからだ。息をするたび痛む肋骨も、恐らく数本はひびが入っているだろう。
 ナマエにその仕打ちをした男達は、ゆがんだ勝利の美酒に酔いしれて笑っている。
 この酒の席が終わったらナマエを殺すと言って笑ったあの男達は、どうやら海賊であるらしかった。
 半分は大きな火傷の跡を残していて、誰がそれを刻んだのかなんてことは、ナマエ自身のこの状況を考えればすぐにわかる。

『よォ、ナマエだな?』

『え?』

 仕事帰り、掛けられた声に戸惑って視線を向けた先に立っていた男達は、どう考えても一般人には見えない姿をしていた。
 逃げ場を探しながらナマエが答えないでいると、『大将赤犬を知ってるか』なんて問いを寄越されて、その言葉に含まれていた恋人の呼び名に、思わず反応をしてしまった。
 それを見て下品に笑った男達は、そのままナマエを連れ去ったのだ。
 助けを求める暇もなかった。
 非力ではないはずだが、やはりナマエはこの世界の人間には敵わない。
 一人は、大将赤犬を船長の仇だと言っていた。
 一人は、その片腕を焼いてくれた野郎だと言った。
 一人は自分の海賊団をつぶされた恨み、一人は友人の仇。
 恨みつらみを口にしながらナマエの体を殴りつけて蹴とばして、一方的な暴力に伏したナマエを見て笑った。
 残念だ、てめェが女だったらなァ、なんて寄越された言葉の意味を考えると、ぞわりと背中が粟立つ。
 船はすでにマリンフォードを離れてしまったらしい。
 そうでなくても、ナマエが今この場で一番助けを求めている相手は、今は海軍本部にはいない。
 遠征に行く、土産は何がいいと言っていた顔を思い出すと、少しだけ目の前がぼやけた気がした。
 恐らく、大将赤犬と呼ばれる男が島を離れることだって、しっかりと調べ上げていたのだろう。
 このまま殺されるのだという実感が、じわじわと体を冷やしていくのを感じる。
 だがきっと、男たちはナマエをあっさりと殺しはしない。
 殺してくれと懇願するくらいいたぶるかもしれないし、何よりナマエを殺すことが『大将赤犬』への復讐になると考えているのなら、その死体だって有効活用するはずだ。

「……ん……っ」

 そんなことはされたくない、と口の中の布を噛みしめて体を捩ると、動かした箇所から激痛が走った。
 びくりと体を震わせて動きを止めたナマエの体を、ずきずきと痛みが駆け巡る。

「ん? おいおい、何してんだ?」

 痛みに息を詰めるナマエを見やり、そんな風に声を漏らした海賊の一人が、酒を片手にナマエのほうへと近寄った。
 ナマエの体をその足が軽く蹴とばして、無理やり仰向けにされる。
 それだけで走った激痛に顔をしかめると、それを見下ろしてゲラゲラと笑い声を零した男が、片手に持っていた飲みかけの酒瓶を傾けた。
 びしゃりと顔に滴ったアルコールに、ナマエが目を閉じて顔をそむける。

「ハハッ 酒でも入りゃあ、少しは痛みも和らぐかもなァ? まあ、後で酔いも吹っ飛ばしてやるけどよ」

 そんなナマエの頭を踏みつけ、ぐりぐりと酒の零れた床板へ擦り付けた男が、ナマエの横へと屈み込んだ。
 それに気付いてナマエが少しだけ目を開く。
 アルコールがしみて半開きになった視界の半分を占めた男が、伸ばした手でナマエの頭を捕まえて、無理やり上向きにさせた。
 髪を引かれ、痛みに漏れたうめきをすべて口の中身に吸い取られながら、それでもどうにかナマエの顔が導かれるままに男を見上げる。

「安心しな、まだ殺しゃあしねェ。最後の止めをどうするか、まだ決まってねえからよ」

「……っ」

「おれァ全身に油をまいて火を付けてやる方がいいと思ってんだが、見た目で分からなくなっちまうのはもったいねえっていうしよォ」

 恐ろしいことを言いつつ笑う男に、ナマエがわずかに目を見開く。
 その視界には男の真上に上がった丸い月と帆をたたんだマストが入り込んでいて、降り注ぐ月光を後光にした海賊が、てめェはどうされるのがいい? なんて言葉を口にする。
 その目は間違いなくナマエと言う人間を見下していて、口をふさがれているナマエの返事を期待していないのは明らかだ。
 しかし今のナマエには、それは些細な問題だった。
 月に突き刺さるようにまっすぐにそびえたメインマストの頂点に、人影が見えるのだ。
 吹いた潮風に白いコートが揺れて、下へ向けられた両腕がピカリと月光に混じるようなまばゆさを放つ。

「んん、ん」

 困惑と戸惑いを浮かべたナマエの口から漏れたくぐもった声に、ああ? と苛立った声を零した海賊がナマエの髪を手放し、逆の手で持っていた酒瓶を勢いよく振り下ろす。
 その一瞬のうちに真上から降ってきた『もの』がナマエの視界を真っ白に焼いたが、こめかみに当たった酒瓶によって意識を失ってしまったナマエには、その正体が何だったかを把握することは出来なかった。







 ナマエが目を覚ました時、ナマエの体は病院らしい場所のベッドの上だった。
 やってきた看護師を捕まえて尋ねた限り、ナマエは三日も意識が戻らなかったらしい。
 その腕も足もしっかりと拘束されてしまっていて、退院にひと月はかかるだろうと言い渡された。
 医者の診断を了承して、ひとまずベッドの上でおとなしくしていたナマエがもぞりと身じろいだのは、一人きりの病室に顔を出した大男に気付いたからだ。

「助けてくれて、ありがとうございました」

「オォ〜、こいつァどうもご丁寧に〜」

 身を起こして頭を下げると、黄色いスーツの海兵が軽く笑う。
 今日はコートを着ていないが、相手がどういった人間なのかを、ナマエは重々承知していた。
 しばらく前、ナマエの職場へやってきて、じっとナマエを見つめていた海軍大将の一人だ。
 そして、ナマエにはあまり実感はないが三日前、あの船の上でナマエを助けてくれた相手だった。
 その光に視界をやかれ、頭に食らった攻撃のおかげで意識を失ってきちんとは確かめていないが、こうして生きてベッドの上にいるのだから、間違いなく目の前の海兵こそが救い主である。
 たかだか一介の市民が海賊にさらわれた程度で海軍大将が出動するわけもないのだから、きっとたまたま通りがかったのだろう。
 海の上ではほとんどありえない偶然だが、空すら走れる常識外れの人間が多いこの世界で、そんなことを気にする方が過ちだということはナマエだって知っていた。
 にこにこと温和に微笑んでいるはずなのにどことなく威圧感を寄越すその顔をナマエが見上げると、軽く頭を掻いた相手が、その両手を自分のポケットへと押し込む。

「もう体は大丈夫なのかァい?」

 そしてその状態で寄越された問いかけに、はいとナマエは頷いた。
 痛み止めが効いているのか痛みはないし、身の回りの世話すら自分では満足にできないが、また三日も眠り続けるようなことはないだろう。
 ナマエの返事に、そうかァい、と声を漏らして軽く頷いた大きな相手が、それじゃあねェ、とまるで世間話をするように言葉を紡ぐ。

「一つ頼まれちゃァくれねェかァ〜?」

 どことなく困ったように聞こえた声音に、ナマエはぱちりと瞬きをした。







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