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犬の心意気 (2/2)


 もはや怪獣と怪獣が縄張り争いでもしているかのようだった一騎打ちは、演習場が半壊したところで終了した。
 どちらの勝利とも言えない終わり方ではあったものの、イッショウさんがそれほど怪我をしていないので俺としては一安心だ。
 部下たちとの訓練もそのままお開きで、先に帰って行った『赤犬』を見送った後、イッショウさんとともに執務室へと向けて出発する。
 建物に入り廊下を歩き始めたところで、ふと何かを思い出したように、そういえば、とイッショウさんが口にした。

「さっき、サカさんが褒めてくださいやしたよ、ナマエ」

「わん?」

 唐突すぎるその言葉に、横を歩きながら視線を向ける。
 いつもと同じくゆったりと歩きながら、イッショウさんがこちらへ顔を向けずに言葉を紡いだ。

「『臆病者のくせをして、人を庇おうたァ見上げた根性じゃァ』だそうで」

 俺の知らないところでいつの間にそんなことを言われたのか、たぶん『赤犬』の台詞をそのまま紡いだんだろうイッショウさんが、へへ、と軽く笑い声を零す。
 良うござんしたねェ、と続けられた言葉に、わふん、と俺は鳴き声を零した。
 それははたして、褒められているんだろうか。
 むしろ、俺はいつだって根性を発揮して対面しているというのに、今までのあれは根性に数えられていなかったのか。
 いろいろと複雑な気持ちになってしまった俺の横で、イッショウさんがかつりと軽く仕込み杖で廊下を叩く。

「あれであの人も不器用なお人だ、そのうちナマエも『可愛がられる』かもしれやせんねェ」

 そん時ァあっしもお付き合いしやすんで、なんて放たれた言葉に、俺は帽子の左右からはみ出た耳を軽く動かした。
 会うたびしっかり頭を撫でられているんだが、あれは『可愛がり』には入らないんだろうか。
 それともまさか別の意味の『可愛がり』なんだろうか。
 犬の身では聞くに聞けない俺の疑問に、イッショウさんがまた笑い声を零す。
 とても楽しそうな様子に、どうしたんだろうかと俺は改めて傍らを見上げた。
 俺の視線に気付いたように、困りやしたねェ、なんて言って、イッショウさんが軽く首を傾げる。

「ナマエが褒められるんは、どうしてだかあっしの方まで嬉しくなりやす」

 とてもとても嬉しそうに、イッショウさんがそう言う。
 そうなると、俺にはもはや、わふんと軽く鳴き声を零してそれを享受することしか選択肢がなかったのだった。



end



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