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犬の心意気 (1/2)
※主人公はアニマル転生大型犬雑種で見た目が怖い
※ほんのりと名無しオリキャラ注意
※『犬の身の上』設定
※そして捏造



 ほかほかと、あたたかな日差しが降り注いでいる。

「……わふ」

 邪魔になるからと外した帽子とポーチを傍らに、柔らかなあたたかさを散らす木漏れ日の内側で短く刈りそろえられた芝生の上に腹ばいになりつつ、俺はふうと息を吐いた。
 見やった先には演習場があり、いつものように何人もの海兵たちが訓練をしているその中に、今日は珍しくイッショウさんが混じっている。
 さっきまでは俺のほうが混じって基礎練習とやらをしていたのだが、動物の体を持つ俺のほうが先にばててしまった。
 イッショウさんはその間、今俺が座っている位置に座り込んで、『見学』をしていた。
 本当に見えていたのかは分からないが、本人がそういうんだからそうなんだろう。
 休んでろよと言って笑った海兵が俺をイッショウさんのところへ連れて行ったら、『それじゃあ今度はあっしが』と言って立ち上がって行ってしまったのである。
 そして現在、イッショウさんと部下である海兵たちがやっているのは模擬戦で、木刀を片手に切りかかってくる部下たちの中心にイッショウさんがいる。
 さすがに模擬戦で隕石落としをする予定はないのか、時たま能力を使っても海兵たちを下へ引き倒す程度のことで、そんなに痛そうにも見えない。
 それどころか能力を使わずに片手で相手の攻撃を受け止めて弾き飛ばしたり、体さばきであっさりと避けてしまうイッショウさんは、まるで目が見えているかのようだった。
 最初は遠慮がちだったのに、だんだんと海兵たちのほうに熱が入り始めているのが分かるが、イッショウさんはまるで負けそうな様子がない。
 あれが『覇気』というやつかと、眺めながら俺はわずかに耳を揺らした。
 ああいうのは、犬である俺にも身につけることができる能力なんだろうか。
 調子のいい時なら鉄の棒くらいまでならかみ砕けるようになったが、それが覇気とやらによるものなのかそれとも単純に顎の力なのかは分からないので、何とも言い難い。
 『主人公』はどうやって身につけたんだったろうか、と記憶をさらおうとした俺の鼻を、ふと嗅ぎ慣れないにおいが刺激した。
 燃えるような焦げるような、危険極まりない香りにぴくりと体を揺らして、出所を探すために周囲を見回す。

「…………きゅうん……」

 そして近づいてくる赤いスーツの大男に、思わず高い鳴き声が漏れた。
 自分でも、ちょっと尻尾が内側に巻いてしまったのが分かる。
 しかし、それもこれも仕方のない話だろう。
 だってあの近付いてくる海兵は、誰がどう見ても『海軍元帥』と呼ばれる男である。
 痛い思いをさせられたわけではないし怖いことを言われたわけでもないし、怖がりたいわけでもないのだが、どうしてもあの海兵を『怖い』と感じるのは、絶対その身に宿るマグマのせいだ。
 何もかもを焼いて焦がして消し去る悪魔の力を、どうやら俺の体に宿る本能のほうが怖がっているらしいのである。
 動物というのはとても面倒だ。
 ずんずんと歩いてきていた赤いスーツの海兵は、ぺたりと芝生に伏せた俺に気付いてその目を向けてから、少し向きが違っていたそのつま先をこちらへと向けてきた。
 間違いなく目が合ってしまった。
 それに気づき、竦む体をおして、ひとまずむくりと起き上がる。
 しっかりと背中を伸ばし、俺が海兵だったらぴしりと敬礼をしているに違いない気分で相手を見上げると、すぐそばまでやってきてこちらを見下ろした『赤犬』が、それから少しばかり目を細めた。
 イッショウさんくらい大きな体がその場で屈み、その掌がこちらへと伸ばされる。
 一度目と二度目ではびくりと身を引いていたのだが、今は根性でそれに耐えることができるようになっていた。
 何せ、一度目も二度目も、身を引いた俺に気付いた『赤犬』は手を降ろしてくれたものの、何とも言えない目をしたのである。
 俺は正義の海兵であるイッショウさんの飼い犬だ。
 イッショウさんの役に立ちたいと思っているし、見た目はどうも恐ろしい気がするけど正義の味方でいたいと思っている。
 だからだ。
 自分のせいであんな顔をさせたい正義の味方なんて、そうはいない。

「元気にしちょるようじゃのォ」

 大きな手に頭をわし掴まれ、がしがしと撫でられて、わきゅんと言う微妙な鳴き声が口から出た。
 普段だったらもう少しましな鳴き声が出るのだが、どうにも『赤犬』の前でだけはこれだ。いつかはこれも『普段通り』になる日が来るんだろうか。
 自分でもわかるくらい情けない声でも、『赤犬』のほうは大して気にしていないのか、好きなだけ俺の頭を撫でた後でその手が離れる。
 それから屈んでいた姿勢を戻して、その体が演習場のほうを向き、その口が声を張り上げた。

「何をしちょる、藤虎ァ」

「おんやァ、サカさん」

 放たれた声に反応して、部下の攻撃をはじいたイッショウさんがこちらへその顔を向ける。
 熱中していた海兵たちもそれでようやく『赤犬』の登場に気付いたようで、数人が明らかに顔色を変えた。
 ひょっとしたら『動物』じゃなくても『赤犬』は怖いのかもしれないとちょっと気付いてしまったが、イッショウさんのほうは普段通りなのでその限りではない気もする。
 むしろ、ほかにしないような愛称で『赤犬』を呼ぶあたり、随分と親密なようだ。
 でも、それなら『赤犬』だってイッショウさんを名前で呼んでくれるべきだろう。
 『赤犬』が『赤犬』じゃなかったらスーツの裾でも噛んで注意するところである。
 模擬戦を少々、と先ほどの『赤犬』の問いへ返事を投げたイッショウさんに、模擬戦? と『赤犬』が首を傾げた。
 それから、大きなその足が一歩二歩とその場から歩き出して、ゆらりと動いたその腕が形を変える。
 ぼこりと泡立ち蒸気を零した赤黒いそれに、思わず身を引く。
 離れていても分かるくらいの熱気が、それが『マグマ』だということを俺に教えていた。

「わふ……わん!」

 一体イッショウさんの何が気に入らないというのか。
 慌てて立ち上がり吠えた俺に背中を向けたまま、『赤犬』が大きく腕を振りかぶる。

「生温い訓練なんぞ、やる価値がありゃあせん。わしが相手じゃァ」

 低く放たれた言葉に、へえ、とイッショウさんが落ち着きはらった様子で頷いた。
 その手が軽く動き、自分の周囲にいた海兵たちに離れるよう指示してから、改めてその手が武器を構え直す。
 まさかこの場で海軍元帥と海軍大将が本気で戦うのかと慌てて、俺はすぐさまその場から駆けだした。
 イッショウさんへと歩み寄っていた『赤犬』とイッショウさんの間に割り込むように回り込んで、姿勢を低くしながら近寄ってくる相手を睨む。
 ぐるるるると唸りつつ歯を剥くと、俺のそれを見た『赤犬』がぴたりと足を止めた。
 いまだにぼこぼことマグマを零すその腕は熱そうで恐ろしいが、イッショウさんは何も悪いことをしていないんだから怒らないでほしい。
 庇うつもりでぐいぐいとイッショウさんの体を後ろへ押しやると、おっと、と声を漏らしたイッショウさんが、どうしてかいつもとは違ってその足を踏ん張る。
 そのことにわずかに戸惑った俺の頭にぽんと大きなぬくもりが触れて、先ほど『赤犬』がやったようにわしわしと頭が撫でられた。

「ナマエ、大丈夫だ、サカさんはあっしを怒ってらっしゃるわけじゃあごぜェやせん」

 笑いを含んだ声が上から落ちて、それに俺の唸りが引っ込んだ。
 戸惑って上を見上げると、笑ってこちらを見下ろしていたイッショウさんが、俺の体を軽く横へと押しやる。
 離れていろという意思表示に思わず従うと、俺を横に退けたイッショウさんの顔が、正面の『赤犬』へと向けられた。

「たまにゃあお付き合いくださらねェと、なまっちまっていけない」

 ねェ、と同意を求める声音に、『赤犬』がしばらくこちらを眺めてから、イッショウさんへと視線を戻す。
 わずかにその口が笑みのようなものを浮かべたが、なぜだかどうしようもなく怖く感じて身を引いてしまった。

「よう躾ちょるのォ、二対一が好みか」

 楽しむようにそんな言葉を放つ『赤犬』に、どうでしょうねェ、とイッショウさんが言葉を返す。

「ナマエもまだ、あっしらを揃って相手取るにゃあ荷が勝つんじゃあごぜェやせんか」

「…………わふ?」

 何か、とても怖いことを言われてしまった気がする。
 思わず首を傾げてしまった俺の前で、イッショウさんが武器を構え直した。
 同じく片腕を構え直した『赤犬』との間の空気がぴんと張りつめ、俺はそんな二人に気おされるようにじりじりと後退する。
 俺が十分に離れるのを待っていたかのように、ややおいてから、イッショウさんが口を動かした。

「そんじゃあその胸、お借りしやす」

 慌てず騒がず、そう言い放ったイッショウさんの声はやっぱり普段と何も変わらない。
 しかし横から見たその顔が少しだけ楽しそうに見えたので、俺はそのまま再度割り込むことなく、突如として始まった元帥と大将の一騎打ちを見守ることにした。







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