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愛の証
※主人公は何気にトリップ主



 かの王下七武海、サー・クロコダイルは俺の恋人である。
 往来で宣言したら恐らくは正気を疑われる発言に違いないが、事実は事実だ。
 何せ、寝室へ枕を手に侵入しても許されるのだから。

「クロコダイル、寒い」

「……またか」

 寝室へ入り込むと、気配で目を覚ましたらしいクロコダイルの口がうんざりとした様子で声を漏らした。
 しかし仕方ない。砂漠の夜はよく冷えるし、この世界には俺の知っている文明の利器が殆ど存在しないのである。
 起き上がったクロコダイルの方へと近付くと、伸ばしたその手でサイドテーブルに放ってあったケースから葉巻を取り出したクロコダイルが、それにマッチで火をつけた。
 殆ど真っ暗だった室内に、小さな炎でわずかにその姿が浮かび上がる。
 すぐにマッチは消えてしまい、残ったのは葉巻の先に宿る小さな光だけだが、そこにクロコダイルがいることを確認するには充分だ。

「入っていいか?」

 ベッドの横に佇んでからそう尋ねると、ふん、と鼻を鳴らしたクロコダイルが葉巻の煙を吐き出した。
 嗅ぎなれたそれが俺の体にまとわりつくように流れて、空気に溶けて消えていく。

「さっさと入れ」

 そしてそこでそんな風に言葉を寄越されたので、俺はすばやくクロコダイルの隣に潜り込んだ。
 この世界で言うならまあ普通だろうが、クロコダイルよりも少し大きく育った俺がクロコダイルの隣に転がっても、まるで狭くないこのベッドは相変わらず随分な大きさだった。
 犬かテメェは、とまたもクロコダイルの方からうんざりしたような声が漏れたが、蹴飛ばされてベッドから落とされないのだからそんな俺のこともクロコダイルは受け入れてくれているということだろう。
 愛の力って言うのは素晴らしい、なんて考えつつ姿勢を動かして、俺は広いベッドに横たわった。
 クロコダイルが先ほどまで眠っていたと思われるあたりに手を這わせてみるが、やはり俺の予想通り、そこはどちらかといえばひんやりしている。
 クロコダイルは、どうにも体温の低い海賊だった。
 そこまで名を体で表す必要もないと思うのだが、知るか、と一蹴されるだけなので訴えたことはない。
 まあ、俺の方はどうも体温が高い分類に入る人間のようなので、こういうところではバランスが取れていると言えるだろうか。
 そろそろと動かした手でクロコダイルの体に触れて、それからそのたくましい腰を抱きこむようにすると、おい、と低い声が傍らから漏れる。

「オイタをするんなら蹴り出すぞ」

「大丈夫、クロコダイルの嫌なことはしないから」

 葉巻を咥えている相手を見上げて囁きながら、そっとクロコダイルの体を抱きこむように腕へ力を込めた。
 こんなに体温が低い癖に薄いシャツしか着ないクロコダイルの腹に、俺の腕が布越しに触れている。
 どちらかと言えば面倒くさがりな癖に、その腹筋がしっかりと割れているというのは一体どういうことなのか。生まれつきなんだとしたら、神様と言うのは全面的に不公平だ。
 しばらくそうしていると、俺の腕からじわりと滲んだ熱がクロコダイルの腹部を温めたらしく、ため息を零したクロコダイルの手がようやく葉巻を灰皿へと放り込んだ。
 いまだに煙を零すそれを放っておいて、どさりとその体がベッドへと倒れ込む。

「温ィ」

「もう少し温かい方がいい?」

 唸る相手に笑いかけて、ひとまず更に体を密着させる。
 夜にはその鉤爪を外しているクロコダイルの片腕に触れて、そうっと撫でるようにすると、くすぐってェんだよと呟いたクロコダイルのもう片方の手が、がしりと俺の顔を掴まえた。
 その掌で視界を塞ぐようにされ、敵を殺す力を持つその手にぐっと力を入れられて、わあ、と声を漏らしながら腕に触れていた指を少しだけ放す。

「ごめん、わざとじゃないんだ」

「昨日もそう言ったろうが」

 どう考えても『わざと』だろうと詰りながら、もぞりとクロコダイルが身じろいだ。
 そのまま仰向けにされてしまった俺の上に、どす、と冷たい何かがのしかかる。
 それに気付いて両手を相手へ回すと、少しばかり俺の体の上で身動いていた誰かさんが、やがて安住の地を見つけたように体の力を抜いた。
 その手はまだ俺の視界を奪ったままだが、指の力も抜けている。
 抜け出そうと思えば抜け出せるだろうけど、クロコダイルが手を離さないのならそんなことは出来ない。
 とりあえずクロコダイルを乗せたままで軽く手を動かして、俺はクロコダイルがかぶっていたらしい厚手の毛布を引き上げた。
 クロコダイルの背中にそれを掛けて、更に引き上げ、二人でそろって小さな世界に入り込む。
 毛布で封じられた隙間の中には、クロコダイルの匂いと葉巻の香りが満ちていた。
 そのことに息を吐いた俺の首筋に額を押し付けたクロコダイルが、どうしてだか小さく舌打ちを零す。

「…………テメェの匂いしかしねェぞ、ナマエ」

「ええ?」

 今しがたクロコダイルの匂いがすると考えてしまったが為に、そんな間抜けな声が口をつく。
 それからすぐに、クロコダイルの姿勢を思い出して、はは、と小さく笑い声を零した。
 その鼻先を俺に埋めるようにしているのだから、それはまあ俺の匂いだってするだろう。

「逆向きになったらどうかな」

 だからこそそう尋ねた俺の顔を掴むクロコダイルの指に、またしても力が入る。
 じわり、と体が乾燥したような気がして目を丸くした俺の上で、短い舌打ちをまたしても零したクロコダイルが、それからその手を俺の顔から離した。
 その代わりのようにその両腕を俺の顔の横に置いて、俺の体に体重を掛けながらその頭が持ち上がったのが、気配で分かる。
 毛布の内側は暗闇で、どこにその目があるのかは分からないが、まるでクロコダイルの方からは見えてでもいるかのように、俺の顔へとその視線が突き刺さったのを感じた。

「テメェがおれを押し倒すってのか?」

 笑えない冗談だ、なんて低い声で言い放ったクロコダイルの吐息が、わずかに鼻先へとかかる。
 押し倒すなんて人聞きが悪い言い方に、酷いなァ、と笑いかけた。

「敷布団からかぶり布団になろうかってだけなのに」

 こんな寒い日にいやらしいことなんてしでかしたら、終わった後の始末をする間に風邪をひくかもしれない。
 俺が罹るにしてもクロコダイルが患うにしても、何とも後味の悪い話だ。
 せめて片付けのしやすいお風呂でかなァなんて言葉を続けた俺の上で、誰が風呂場でやるか、なんて言葉を唸った水が苦手な能力者殿が、改めてその体から力を抜いた。
 近付いてきたその顔が少しだけ俺の顔に重なって、人の唇に噛みついてから逃げていく。

「おれの下に敷いてやろうと言うんだ、大人しくしていろ」

 それからそんな風に耳元で言葉を寄越されて、はあい、と子供のように返事をした。
 両手で改めてクロコダイルの体を支えて、両足を少しばかり動かして、クロコダイルの体をわずかに立てた膝で挟んでしまうことにする。
 やっぱりクロコダイルの体は冷え切っている。
 どうしてこんなに冷たくて眠れるのか、俺にはまるで理解できない。
 『寒いから』なんていう理由でベッドにもぐりこむ口実を作っているのは、クロコダイルが体を壊すのではないかと心配になってしまうからだ。
 多分、クロコダイルだって俺の思惑には気付いているに違いない。
 それでも何も言わない辺り、俺は随分と許されている。

「くっついてると温かいよなァ」

「知るか」

 笑った俺の上で唸ったクロコダイルは、いいから寝ろ、と言葉を落としてそのまま眠りに落ちてしまったようだった。
 これだけ密着しても眠ってくれる誰かさんに、とてつもなく嬉しくなってしまう辺り、俺は随分とお手軽な人間である。



end


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