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皆様ご存知
※既に退役しちゃった海兵さんはトリップ系男子
※片足欠損の描写があるので注意
※大将未満サカズキと若干の捏造注意
※サカズキさんの口調は大将以降寄り?




 『この世界を知っている』と言う事実は、そこで生きる為に有利になる条件にはならない。
 それをしっかりと体感したのは、もう何年も前の話だ。

「っと……ん?」

 買い込んだ食料の詰まった荷物を抱えてマリンフォードの端の民家へとたどり着き、小さいつくりの門を開こうとしたところで、俺は小さく声を漏らした。
 しっかりと掛けて出て行ったはずの錠が外れているのだ。
 しかも、まるで一度溶かしてから冷え固まったかのように変形している。
 自分の掌より大きな手で握ればそうなるだろうその指跡に指を重ねてから、仕方なくため息を零して、そのまま門を押し開いた。
 錠の掛けようのない門をそのまま軽くとじ合わせて、背中を向け、こじんまりと構えた家の中へと足を踏み込む。

「サカズキー、いるんだろ?」

 玄関から入って鍵を掛け、家の奥へ向けてそう声を掛けながら、足を動かして靴を脱いだ。
 ぎし、とわずかに足元で音が鳴ったのは、床についたその足が義足だからだ。
 どこかの科学者がどこかの海軍大将にこさえていたのとは違う、一般人でも使えるような簡単な作りのものである。
 片方だけだからそれと生身の足でどうにかなっているが、もしもこれが両方だったら、さすがに車椅子だったかもしれない。
 そんなことを考えたところで、家の奥から物音がした。
 お、と視線を向ければ、人の家に勝手に上がり込んでいた男が、そこから姿を現す。

「…………どこに行っとった」

「買い物以外どこに行けってんだ」

 低く唸る相手へ笑えば、サカズキと言う名前の海兵は、すたすたと俺の方へと近付いてきた。
 その姿が威圧的に見えるのは、俺よりずいぶんと大きな体をしているからだ。
 大きな手が俺から荷物を奪い取り、がさ、と小さく物音をたてて開いた中身を検分している。

「そんなに変なものは買ってねェよ」

 会うたび持ち物を検められている気がするが、これはもはやこいつの癖のようなものだと思う。
 一度ボルサリーノに悪戯を持ちかけられてエロ本を入れた鞄を見せたことがあるが、中身を見たサカズキはとても嫌なものを見たように眉を寄せた後、いい趣味とは言えんと言っただけで、堅物のような顔をしてるから顔を赤くするなり慌てるなりすると思ったのに期待外れだった。
 中身を確認し終えたらしいサカズキが、ふん、と鼻を鳴らしてから荷物の口を閉じる。
 返してくれるかと思ったが、そのままそれを抱えて家の奥まで戻って行く様子に、軽く息を零してからその後を追いかけた。
 家の奥にあるキッチンにたどり着くと、すでにサカズキは俺が買ったものをテーブルへ広げ、片づけを始めているところだった。
 中将ともなった男にそんなことをさせるのは毎回気が引けるが、俺が何かを言っても辞めるような奴じゃない。
 仕方なく椅子へと腰を下ろして、俺はサカズキを眺めることにした。

「あー、そこだとお前しか届かないからもっと下に置いてくれ」

「…………ここか」

「そうそう」

 途中でそんな風に声を掛けると、サカズキは仕方なさそうに上の棚へ入れようとしたものを足元側の棚へ入れた。
 上の棚に物を置かれると、俺は元同期達を呼びでもしないとそこにあるものを手に取れなくなるのだ。
 もはや勝手知ったる様子のサカズキだってそのくらい分かっているだろうに、やっぱりわざとだろうか。
 伸ばした手で荷物が入っていた紙袋を引き寄せて、サカズキの様子を眺めながら小さく折り畳む。
 丁寧に皺を伸ばした俺の作業が終わるのと、サカズキが手際よく荷物を片付けて終わるのは殆ど同時だった。
 ありがとう、と言葉を投げると、ふん、とまたサカズキが鼻を鳴らし、俺の向かいへと腰を下ろす。
 その手がテーブルの真ん中にあった急須に触れて、隣の茶器置きに伏せてあった茶碗を二つ起こし、その中に中身を注いだ。
 わずかに湯気の上がったそれに、どうやらサカズキがまた勝手に茶を淹れていたらしいと把握して笑ってから、ああそうだ、と声を漏らす。

「サカズキ、お前な、毎回毎回人の家の門を壊すなよ」

 言われるがままに鍵も渡してあるし、別に来るなとは言わないが、それだったら物だって壊さないで欲しい。
 俺の言葉に、サカズキがむっと眉を寄せる。

「別に壊す気はありゃァせん」

「子供か」

「何か不都合があるんか」

「錠が掛けられねェのはさすがに不都合と呼べると思うけど」

 どうせまたマグマの溶けてなかった手で触ったんだろう、と続けると、それには答えなかったサカズキが俺の方へと茶碗を置き、もう片方に口を付けた。
 まだ熱いんだろうに気にせず飲むその様子に、全くもう、と声を漏らしながら頬杖をつく。
 目の前の男が、こうやってここへやってくるようになってから、もうどれくらいが経つだろうか。
 同期の誰かが訪れる時は大抵が先に連絡をくれるが、サカズキだけは別だ。何度言っても連絡を寄越さないので、もはや俺の方が諦めた。
 最初は、確か俺が海軍を退役した一ヶ月ほど後のことだった。
 どうにか慣れてきた義足で歩いて戻った家の前には海兵がむっすりとした顔で仁王立ちしていて、近所の人には一週間ほど噂されてしまった。
 それを三回ほど繰り返されて、せめて仁王立ちで待つのをやめてくれと頼んだ俺に、それなら鍵を寄越せと言ってきたのはサカズキの方だ。
 別に家の中で待っていてくれと言ったわけじゃなかったのだが、サカズキがそう言うなら仕方ないかと合鍵を作って渡したら、サカズキは今度はちゃんと家の中で待つようになった。
 そのたび門のどこかが溶けて冷え固まるようになって、もはや修理業者とは顔なじみ状態である。
 基本的にサカズキが弁償しているとはいえ、さすがに無駄遣いじゃないだろうか。

「……直す」

「ん?」

「直せば、問題ありゃァせん」

 ぼんやりしていた俺へ向けて、サカズキがそんな風に言った。
 少し置いてその言葉の意味を理解して、サカズキがか、と確認をとってみる。
 目の前の男が頷いたので、思わずその姿を想像してしまった俺は、ははは、と笑ってしまった。
 盆栽ですらまっすぐに育てる男だ。うちの門がどうなるか分かったものじゃない。

「いや、いいよ。いつもみてェに業者だけ呼んでくれれば」

 だからそう言ったのに、サカズキは眉を寄せている。
 何とも不満げなその顔を眺めてから、それに、と言葉を続けた。

「お前も、こんなに通ってこなくていいんだって」

 紡いだそれは、何度かサカズキに向けたのと同じものだ。
 俺のそれを聞いて、何じゃ、とサカズキが声を漏らす。

「迷惑か」

 低く唸ったその声音もまた、俺が何度か聞いたことのあるものだった。
 別にそういう意味じゃないとそれへ首を振ってから、頬杖を辞めて背中を椅子に預ける。
 身じろいだ拍子に足元で軋むような音が鳴って、俺と感覚の繋がっていないつま先が床を擦る音が続いた。
 ボルサリーノや他の誰よりサカズキがこの家にやってくるのは、俺の片足を焼いて欠けさせたのが、目の前のこの男だからだ。
 すでに怪物と呼ばれている我が元同期殿は、その恐るべき悪魔の実の力を操って海賊達を殺す最中に、俺へ襲い掛かった海賊を殺すついでに俺まで巻き込んだのである。
 気付けば軍御用達の病院のベッドの上で、申し訳なさそうな顔の大男がベッドの横にいた。
 命があったんだから気にするなよ、助けてくれてありがとう、と言った俺の言葉は確かに本心だったのに、サカズキはそれで満足はしてくれなかった。
 失態を犯した犬みたいに人を窺うサカズキに肩を竦めて、もう気にするなよと言っても同じで。
 軍の中でも一目置かれる存在であるサカズキに、そんな顔をしてほしくなかった。
 出来れば忘れて欲しいと言ったのに、サカズキは首を横に振るばかりだ。
 だから、ボルサリーノに見舞いを押し付けられたらしいクザンがやってきたときにサカズキの遠征の日程を聞き出した俺は、サカズキが物理的に病院へやってこれない日を選んで退院し、ついでに寮住まいだった自分の住処をマリンフォードの端に構えた。
 誰にも自分の新しい住所を教えたことは無かったのに、どこからか嗅ぎ付けたらしいサカズキが現れたのは、もうずっと前のことだ。
 今では他の同期達にも知られているし、一度クザンが文句を言いに来たこともある。
 どうやらボルサリーノに、クザンだけは住所を知っているんじゃないかと疑いを掛けられたらしい。それは別に俺の所為じゃないと思う。

「お前だって忙しいだろ」

 背中を椅子に押し付けたまま、そう呟いた俺の前で、別にそんなことはない、と言った風にサカズキが首を横に振った。
 そうは言うが、目の前の男が忙しい海兵だと言うことを俺は知っている。
 『海の屑』と呼ぶ海賊達を根絶やしにすることに心血を注ぐサカズキは、その為ならどんな努力だって惜しまない。
 合法的に海賊を殺せる海兵になったのだってそのためだと言うのだから、その憎しみは筋金入りだ。
 煮え立つマグマの様にいつまで経っても消えていかない憎しみを抱えて、殺しても殺しても殺したりないとばかりに次を求める彼を、恐ろしいと思ったこともある。
 だけれども、『サカズキ』とはそういう奴だと言うことを、俺は知っていた。
 いつかその手は、あの『漫画』のように、主人公の義理の兄貴を殺すのだ。
 その『いつか』をこの目で見るんだろうと漠然と思っていたと言うのに、今の俺はもはや海兵ですらない。
 結局、ただ『知っている』だけでは、有利に生きていくことは出来ないということだ。
 まあ、ある日突然この世界に放り出されて、海賊になるか市民になるか海兵になるかという選択肢を目の前に並べた時に『海兵』を選んだのは、いずれ海軍大将になるこの男がいたからだから、その点に置いては有利だったのかもしれない。
 だって、マグマ人間や他の悪魔の実の能力者に追いかけられるのも、海賊の略奪で殺されるのもごめんだ。

「俺の足のことなら、そう気にしなくていいって何度も言ってるだろ? 何年経つと思ってるんだ、もう慣れたよ」

 笑って言ってやると、目の前の男はじとりとこちらへ視線を注いできた。
 何だどうした、とそれを見つめ返せば、やはり迷惑か、とその口が言葉を紡ぐ。
 どこか沈んだようなその声音に、俺は慌てて首を横に振った。
 顔だけではわかりづらいが、しょんぼり、と言った擬音が似合いそうなサカズキの様子に、別にそういう意味で言ったんじゃあない、と言葉を綴る。
 本当に、来てほしくなくて言っているのではないからだ。
 ただ、どう考えたってサカズキの負担になっていると分かるから、辞めてほしいだけだ。
 俺の言葉に、茶碗を片手に持ったままで、サカズキがこちらを窺ってくる。

「……迷惑ではないんか」

「そうそう」

「来ても構わんか」

「そうそう」

「なら、ここに住んでも構わんな」

「そうそ……う?」

 おかしな方向に飛躍したサカズキの言葉に、流れで頷いてから首を傾げた。
 ん? と声を漏らした俺の前で、ほうか、と何とも満足げに頷いたサカズキが茶碗の中身を呷り、たん、と軽く音を立ててそれをテーブルへ置く。
 それと同時にサカズキが椅子から立ち上がり、体を支えるようにその手が軽くテーブルの上に触れる。
 じゅう、とわずかに音が鳴って、少し焦げ臭いにおいがした。
 木製のテーブルになんてことをするんだとそちらを見やった俺を覗き込み、サカズキが口を動かす。

「したら、すぐに荷物をとってくるけェ」

「え?」

「茶碗はそのまんまにしとれ」

 そんな風に言葉を落として、そのままサカズキはその場を離れた。
 キッチンを出て、どかどかと廊下を歩き、そのまま音を立てて玄関を出ていく物音を聞きながら、椅子に座ったままでサカズキを見送る。
 小さく物音がしたので、鍵も掛けていったんだろう。わずかに軋んだ物音は、錠も掛けられなかった門が開いた音だろうか。
 やや置いて、静かになった家の中で、ええと、と声を漏らす。
 鼻を霞める匂いに視線を戻せば、やっぱりテーブルの端が焦げていた。
 サカズキの手形状についた焦げ跡を見つめてから、ひとまず手を茶碗に伸ばす。
 掴まえたそれは温かく、中身を一口飲んでから、ふう、と息を吐いた。
 相変わらず、サカズキの淹れた茶は旨い。

「…………俺なんかに尽くしても、何にもないと思うんだけどなァ」

 もう一口を飲みながら、ぼんやりとそんな風に呟きを口にした。
 しかし、サカズキが有言実行する男であることは重々承知なので、これはもうあいつが飽きるまで同居に付き合うしかないのかと、あの男に慣れてしまった頭がそんな風に考える。
 やァっと捕まったんですかおめでとうございます、と面倒くさそうな顔をした氷結人間に言われたのは、数日後に訪ねてきた彼が壁に掛けたサカズキの昔のコートを見つけた時のことだ。
 何のことなのかはよく分からないが、海賊でもないというのに、俺はどうやらサカズキに捕まってしまったらしい。


end


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