檻の中で二人 (2/3)
ナマエの紡ぐ話は、どれもこれもがまるで夢物語のようだ。
小さかったアーロンは、ナマエのそれを聞くのが嫌いではなかった。
シャボンディ諸島の観覧車よりも漠然とした憧れを抱かせる、平和に満ちた世界だ。
ナマエの話す世界には魚人も天竜人もおらず、小さな頃に訊かされた話だけど、と紡がれるおとぎ話は更に夢に満ちている。
きちんと聞いているつもりなのに、その穏やかな語り口にゆるゆると瞼を閉じてしまうのはいつものことなのだ。
『それで……っと、寝ちゃったか』
殆ど目を閉じた幼いアーロンを自分の上に寝そべらせたまま、ナマエがそんな風に声を漏らす。
耳を押し付けた胸からわずかに伝わって聞こえたその声に、おきてるぞ、と言ってやりたかったが、口を開くのが億劫だった。
とくに今日はジンベエに構われて体術を練習したところで、思い切り体を動かしたから少し疲れているのだ。
それでもアーロンが海の森へとやってきたのは、そこにナマエがいるからだった。
そろりと柔らかい何かが自分の頬に触れて、アーロンの瞼がぴくりと震える。
けれどもそれに気付いた様子もなく、するりとアーロンの頬から髪の生え際へと辿っていったそれが、ナマエの指の感触だとアーロンは気が付いた。
殆ど櫛をいれることもないアーロンの髪に入り込んだ指が、少しだけ引っかかってすぐに離れ、今度は差し入れられることなく表面を辿ってアーロンの頭を撫でる。
頭を撫でられて喜ぶような年齢はもう過ぎてしまった。
子供扱いするなと怒ってやりたいのに、やっぱり目を開けるのが億劫で、アーロンは少しばかり逡巡する。
すっかりアーロンが眠っているものだと思っているらしいナマエは、更に数回アーロンの頭を撫でた後で、その手を降ろしてアーロンの体を抱え直した。
万が一にもアーロンが苔の上へ転がっていかないよう、きちんとアーロンの体を支えてから、ふうとその口が息を吐く。
『気持ちよさそうに寝てるなァ』
俺も寝ようかな、なんて言葉を口にしたナマエに、そうしろ、と言ってやる代わりにアーロンがその小さな頭を軽く胸へ擦り付けると、寝返りを打とうとしていると思ったのか、おっと、と声を漏らしたナマエの腕が先ほどより強くアーロンを抱えた。
危ない危ない、なんて呟いてくすくすとナマエが笑う。
何だかそれがくすぐったくて、もはや今更目を開くこともできずに、小さなアーロンはそのまま狸寝入りをするしかないと覚悟を決めた。
まだナマエは笑っていて、もしかしたらアーロンが眠ったふりをしていることに気付いてしまったかもしれない。
それでも、話すのを止めてアーロンを抱えたままのナマエは、アーロンをぽいと放り出したりはしない。
自分の真下にあるぬくもりは永遠に自分の手のうちにあるのだと、その時のアーロンは信じて疑いもしなかった。
そんな筈は無かったのに。
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