- ナノ -
TOP小説メモレス

常世の国 (2/3)




 どこの海賊団でもそうであるように、ハートの海賊団において、船長トラファルガー・ローの言葉は絶対である。
 故に、ペンギンは仕方なく、ナマエを伴ってクルー達の下へと戻った。
 天下の『死の外科医』の船へ単身乗り込んで来た侵入者にクルー達は興味津々で、強面の彼らを前にナマエは怯えた様子を見せる。しかし、それも演技でないとは言い切れない。
 そう考えて見張るペンギンの傍らで、何人かでその衣類や持ち物を全て検めたが、外部に連絡する手段も無ければ他者を攻撃する道具も無く、体は薄っぺらで貧弱で、海楼石を着けさせてみても様子の変わらないナマエに、ひとまずクルー達は受け入れると決めたようだった。 
 決め手は、その心臓がすでにトラファルガー・ローの手に渡っていると言う事実だろう。ナマエがたとえCPと呼ばれる機関の人間であったとしても、心臓を刺されてしまえばひとたまりもない。

「キャプテンが言ったんだし、三日後までよろしくね、ナマエ」

 小首を傾げて言葉を寄越したシロクマに、よろしく、と怖々ナマエが返事をした。
 ひょいと無造作に差し出されたベポの手を恐る恐るナマエの手が握り返して、他のクルー達も似たように挨拶を始める。
 それらを傍らで眺めて、ある程度の挨拶が終わったところで切り上げさせたペンギンは、そのままナマエを倉庫へと案内した。

「とりあえず、お前の三日間の寝床はここだ。これを置いとけ。次は作業を教える」

「あ、はい」

 言葉と共に差し出された毛布を、ナマエの手が慌てて受け取る。
 ちらりとのぞいたその腕に残っているのは、先程ペンギンが縛り上げた時についたらしい縄の跡だった。
 痛々しいとも思えるそれを見つめて、それから眉を寄せたペンギンの顔を見上げて、あの、とナマエが言葉を零す。

「何だよ」

 そちらへ向けてペンギンが不機嫌そうな声を出すと、その、とナマエが毛布を抱えたままで口を動かした。

「頭大丈夫ですか」

「…………」

「……あ! ち、違います、そういうんじゃなくて!」

 酷い言葉に目を眇めたペンギンに、慌ててナマエが首を横に振る。

「さっき、最初に会った時、俺が多分頭ぶつけたの、ペンギンさんの頭だと思って! 俺石頭なんで、ペンギンさんこぶ出来てないかって!」

 あわあわと言葉を続けたナマエに、ペンギンの口からは溜息が漏れた。
 平気だ、とそちらへ返事をしながら、その手が軽く帽子を被り直す。
 本当はまだ少し痛んでいるし、恐らくはナマエの言う通り小さなこぶくらい出来ているかもしれないが、それをわざわざこの怪しい人間に言うわけもない。
 あきらかに相手を睨んで言葉を零すペンギンを気にした様子もなく、ナマエがそっと自分の胸に手を当てた。

「それならよかった。ぶつかって、ごめんなさい」

 ほっとした、と言いたげに眉を下げて笑ったナマエに、ペンギンの目が更に眇められる。
 微笑むナマエのその顔は、平和ボケした一般人そのものだった。
 しかし、単身海賊団の船に乗り込んでくるような愚か者が、一般人であるはずがない。
 だからこそ、ペンギンの手はナマエの方へと伸ばされて、下からすくいあげるようにその顔を掴まえた。

「わ」

 ぐいと引き寄せられ、ナマエが慌てたような声を零す。
 その顔を見下ろして、ペンギンが口を動かした。

「……お前が何の目的でこの船に来たのか知らないが、せいぜいあと三日、悔いの無いように過ごせばいい」

 三日後、海に落とすとローは言っていた。
 グランドラインと呼ばれるこの偉大なる航路の大海原でそんなことをすれば、まず九割の確率で生きては戻れない。
 運よく海王類や大型の水棲生物に遭遇せずにいられても、どこかの島へ辿り着く前に疲労でおぼれ死ぬだろう。
 今それをしないのは、この船が潜水中で、船外に侵入者を放り出すことが出来ないからだ。
 放たれたペンギンの言葉を耳で拾って、あ、はい、とナマエが一つ返事を寄越す。
 それは何ともあっけらかんとしたもので、意味が分かっていないのか、とペンギンの眉間には皺が寄せられた。
 先ほど大丈夫かと問われた額が、ずきりと痛む。

「大丈夫です」

 ペンギンへ向けてそう言って、ナマエの口元には笑みが浮かんだ。
 三日間、よろしくお願いします。
 そんな風に言うその顔に浮かんでいるのはどこか諦めに似た表情で、ペンギンの中にくすぶったのは、間違いなく苛立ちだった。







 ナマエと言う名の青年は、全く船や海にかかわらない生活をしてきたらしい。
 やることなすこと新鮮なようで、おっかなびっくりやるその様子に、ペンギンはそう判断した。
 ひょっとしたらそれだって演技なのかもしれないが、わざわざそんな演技をする理由が分からない。
 グランドラインという航路の名前は知っているのに、ベポやシャチ達が話して聞かせる海の話に瞳を輝かせながら、教えてもらった作業をこなす。
 『見張り』役を申し付けられたペンギンも当然同じ作業をすることになっていて、楽しそうに笑うナマエの様子を、ペンギンは傍らで見ていた。
 そんなペンギンの視線にナマエも気付いていて、目が合うと他へ向けるのと同じ笑顔をペンギンへ向ける。
 平和な場所で生きて来たような顔にペンギンが目を逸らすのまでが一連の流れで、その様子にいち早く気付いたらしいシャチが、ナマエから距離をとったところでなあなあと声を掛けて来た。

「ペンギン、お前警戒しすぎじゃねえ?」

「……お前たちが警戒しなさすぎるんだ。あいつがどうやってここに来たのかも分からないのに」

「それはアレだろ、グランドラインの不思議なんだろ」

 ナマエの言葉をどこまで信用したのか、単純なことを言いながらペンギンの手にカップを持たせるシャチに、ペンギンの口から馬鹿か、とため息が漏れる。
 何だよとシャチが口を尖らせて、それからちらりと食堂のカウンターにいるナマエを見やった。
 ベポと一緒に配膳を待っているナマエは、初めてのことにわくわくと胸を躍らせる子供のような顔をして、器に盛られていく夕食を眺めている。
 全員が同じようなつなぎを着込んでいる中で、一人だけ明らかに違う衣服を身にまとっているナマエは異質な存在だが、傍らのベポや他のクルーと会話を交わす様子は、まるでこの海賊団の一員であるかのようだった。
 まだ一日も経っていないのに、親しげにナマエに話しかける仲間達に、ペンギンは溜息を隠せない。いくら船長が受け入れたとは言っても、三日後に放り出すと決めた客人と、それほど親しくなってどうすると言うのか。
 椅子に座ったままナマエを見張るペンギンの横で、同じように椅子に座って頬杖をついたシャチが、まああれだよな、と言葉を紡ぐ。

「やっぱちょっと変な奴だけどな、アイツ」

「ちょっとか」

「帰り方も分からないって言うわりに、落ち着いてるし」

 普通はもっと取り乱すだろ、と続けたシャチの言葉に、確かに、とペンギンも頷いた。
 それこそが、ペンギンにナマエを疑わせる一因でもある。
 わけもわからないままこの船に乗ったと言うわりに、ナマエは何処か落ち着いているのだ。
 さすがに船の主がかの『死の外科医』だと知った時には動揺していたようだが、それだって少しの間に見えなくなってしまった。
 帰り方は分からないです、と言ったのに、シャチの言う通り、その方法を捜したいと言うようなそぶりも無い。
 帰ることを諦めてんのかな、と呟いたシャチに、どうだろうな、とペンギンは返事をした。
 ひょっとすると、三日後には海に放られて殺されると分かっているから、諦めてしまったのかもしれない。
 簡単に生きることを諦めたのならば、やはりナマエはその見た目とは違い、殺伐とした場所で生きて来たということだ。
 ナマエを見つめるその目を眇め、眉を寄せたペンギンの顔を、横からシャチがひょいと覗き込む。

「なあ、ペンギン」

「何だよ」

「その顔、すっげえキョーアク」

 ナマエに怖がられるんじゃねェの、と横から笑ったシャチに、ペンギンはふんと鼻を鳴らしただけだった。



 


戻る | 小説ページTOPへ