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敗北の破綻 (1/2)
※『サーチ&デストロイ』の主人公側
※主人公は転生系トリップ主でペンギンの幼馴染
※微妙に暴力的な表現があります
※続く


 ナマエが自身を『変態』だと認定したのは、幼馴染である小さな小さな可愛い誰かさんのファーストキスを頂いた時だった。
 柔らかな唇に触れた瞬間に、どうしてだか知っていた『大人』としての色々を、興奮状態だった頭が鮮明に思い出した。
 つまりナマエはずっと昔は『大人』だった子供で、いわゆる生まれ変わりと言う奴だった。
 そして、ナマエがかつて生まれ育った世界で、年端もゆかぬ子供に手を出す大人を何と呼ぶか。
 そう、『変態』である。
 そしてそれを誉れとすることの出来ないナマエは、あまり優秀ではない頭でとてつもなく悩み、苦しみ、知恵熱まで出した後に開き直った。
 今は生まれ直した身の上で、小さくて可愛い最愛の幼馴染と歳も変わらない。
 中身の年齢など誰も知らないのだから、ナマエと彼の間にあるのは性別と言う垣根だけの筈だ。
 男が男に手を出すと言うのもなかなかに『変態』の誹りを受ける状況であるとは思われるが、ナマエはそれを無視した。

『……なァ、ペンギン。それじゃあさ、俺と練習しようぜ』

『……うん』

 性的なことに興味があったらしい可愛い幼馴染が、ナマエが誘いかけるあれこれを全く拒否しなかったものだから、更に調子に乗ってしまったということもある。
 年頃になれば異性の方へ目が行くだろうし、それまでの間だけでも付き合ってくれたらと、健気なのか計算高いのかも分からないようなことを考えていた。
 そして、その結果がこれである。

「……ナマエ?」

 どうした、と尋ねてくる幼馴染が、わずかに戸惑った表情を宿している。
 潜水艦の一室、倉庫に使われている薄暗い部屋の角で、誘うように開かれた両腕の間にいつまでもいたい欲望をどうにか堪えたナマエは、ゆっくりと目の前の相手から体を剥がした。

「……付き合ってくれてありがとな。ほら、今日のところはこれで終わり」

 言葉と共に誤魔化すように目の前の鼻先へ唇を触れさせて、出来る限りの笑顔でナマエは幼馴染へそう言った。
 島を出ることに憧れていたペンギンに誘われるがまま、ナマエは『死の外科医』と呼ばれる海賊についていくことを決めた。
 今彼らが乗っているのは、トラファルガー・ローを首領に据える海賊団が所有している潜水艦だ。
 元々昼も夜も一緒にいることが多かったが、生まれ育ったあの町よりも潜水艦の中は格段に狭く、そして人口密度も高い。
 そのおかげで、ナマエとペンギンが今のように二人きりになるのは、以前に比べて随分と減った。

『悪いが、今日は不寝番だ』

 『練習しよう』と紡いだナマエの誘い文句に、ペンギンが頷く機会すらもだ。
 それを残念に思いながらも『チャンス』を待つべく周囲を窺うことにしたナマエは、同世代の仲間達と自分達を比べて、自分とペンギンがすっかりおかしなことになっているということに今さら気が付いた。
 小さな頃からずっと一緒にいるナマエとペンギンは、周囲にとっても自分達にとっても常に『二人で一組』だった。
 しかし、仲の良い仲間内でも、二人のような状況になっている連中はいない。
 そこまで気付いて、これではいけない、とナマエはようやく自覚したのだ。
 ナマエはいい。
 自我が芽生えた頃からしつこくペンギンが好きで、もはや女性に目が行くとは到底思えない。
 だが、ペンギンはただナマエに流されただけなのだ。
 幼馴染の性的嗜好を歪めてしまった自覚はある。
 ならば、それをまっとうな方向へ戻してやるのもまた、元凶の役目だろう。
 そう考えてからと言うもの、ナマエはペンギンを本格的な『練習』には誘わなくなった。
 ただ、ひたすらに避けてはペンギンの方が戸惑うだろうからと、そんな言い訳を頭の中で回して、『このくらいなら大丈夫な筈だから』と未練がましく口づけや抱擁を交えてペンギンを構っていた。
 その回数も、今はだんだんと減らしているところだ。
 このままいけば、きっとペンギンはまともになれる。どこかの島で女性に声を掛けられるか、誰か『好きな相手』が出来るかもしれない。
 その時の為に笑って祝福する『練習』も、そろそろ始めなくては。
 そんなことを考えながら腕を解き、ナマエはペンギンから一歩離れた。
 目の前の幼馴染から視線をそらすようにして窺った倉庫は、二人以外には生き物の気配の一つもしない。
 無防備なペンギンと二人きりという、何とも絶好の場所だ。
 きっと気付く前の自分だったならペンギンに無体を強いていたに違いないと考えて、無節操すぎる自分にわずかに自己嫌悪をしたところで、ナマエの腕が軽く引かれた。

「ん?」

 引き寄せるようなその動きに、ナマエの視線が戻される。
 ナマエの腕を掴んでいるのは当然ナマエの幼馴染で、じっと見つめてくるペンギンの眼差しに、う、とナマエは足を引いた。
 逃げ出そうとするナマエを無視して、おい、とペンギンが声を漏らす。

「ここ最近変だな。具合でも悪いのか?」

 どことなく心配そうな声でそう言われて、慣れない潜水艦生活だからなァ、とすぐに返した。
 ポーラータング号に乗って一ヶ月、ペンギンとだけだったなら問題ないかもしれないが、家族でもない仲間達と密集して生活するのはなかなかのストレスだ。
 説得力があるだろうナマエの言葉に、そうか、とペンギンは納得したような声を零す。
 そして、その目がちらりともの言いたげにナマエの顔を見つめてくるのを、ナマエは渾身の力を振り絞って無視をした。
 声を大にして叫んで構わないのなら、そんな誘いかけるような目を向けないでほしい、というのが本音である。
 すでにナマエにとっては『練習』ですらないそれを、ペンギンが望んでいるのは何となく分かっている。
 しかしそれは、つまりナマエとペンギンの関係を環境が変わった今の状態で継続すると言うことで、それではナマエの今までの努力が無駄になるのだ。
 ナマエはペンギンが好きだが、ペンギンが好きなのはナマエではなくてナマエとの『練習』だ。
 こうなると、ペンギンが『練習』に対して受け身の姿勢であったことが幸いした、とナマエは思っていた。
 基本的に、ペンギンがナマエを『それ』に誘うことない。
 『練習』に誘うのは、いつだってナマエの方だった。
 取り決めたわけではないが、一番最初がそうだったから、ただ何となくそうなのだ。
 今だって、二日ぶりのハグとキスを仕掛けたのはナマエだ。
 いつかはそれだってやめなくてはならないと分かっているが、額や頬にだったら『友愛』の表れとして継続していけるのではないだろうか、という卑怯な考えも持っている。

「ペンギンはどうだ? いっぱい人がいると、落ち着いて眠れねェよなァ」

 はぐらかすように言葉を紡いだナマエへ、まあな、とペンギンが呟いた。

「明日は一日、寝て過ごすことにする」

「ん? ああ、明日は休息日だったっけか」

 そうして呟かれたペンギンの言葉に、ナマエは少しばかり頭の中でカレンダーをめくった。
 以前ペンギンが教えてくれた彼のスケジュールの通りなら、明日は確かに休息日だ。
 大所帯と呼べるほどの人数がいるわけではないが、慣れないうちから船の中の仕事に根を詰めると体を壊すからと、医者のようなことを言った船長が申し渡したと言う日である。
 ちなみに、確かナマエ自身の休息日も同日だった。
 俺もそうしようかな、ハンモックで、なんて言葉を零して笑ったところで、ナマエはもう一度自分の腕が引かれたことに気が付いた。
 視線を取り戻そうとするようなそれに吸い寄せられるように顔が向いて、しまった、と息を飲む。
 ナマエを見つめるペンギンの顔が、ずい、とナマエの近くへと寄せられた。

「なァ、だから」

 わずかにざらついて聞こえる声が言葉を紡ぎ、ナマエの目には毒になりそうなくらいなまめかしく動いた唇が、妙に甘ったるく息を吐く。

「…………『練習』、しないか?」

 そして、初めてのペンギンからの『誘い』に、ナマエは全面的に降伏した。
 仕方のない話だ。
 世の中は所詮惚れたほうの負けであり、そして残念ながらナマエは一途な『変態』なのである。





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