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愛に埋める
※ハートクルーとシャチ



 シャチは、ナマエが苦手だ。

「シャチ、ほら」

「お、おう。ありがとよ」

 折り畳んでくれたのだろう、差し出された服の山を受け取ってシャチが礼を言うと、とても嬉しそうな顔で笑う。
 それからすぐにシャチに背中を向けて歩いていくナマエは、シャチより少し後にハートの海賊団へ入ってきた男だ。
 あまり鍛えられた体はしていない、いわゆる一般人と言う奴だったのだろう。
 しかし一般の人間にしては教養が高く、また『学ぶ』と言うことをあまり苦しくも感じないらしい。
 シャチではよく分からないようなことをトラファルガー・ローへ質問している様子も見かけたことがあるし、一人で静かに本を読んだり何かのノートを取ったりしている時のナマエの様子は、まるでどこかの学者のようだ。
 もちろん、ナマエが一等賢いということではなく、分野ごとにナマエより知識のあるクルーというのも数人いる。仲間を見下すこともなく、ただ賢いというだけだったなら、シャチがこんなにナマエを『苦手』だと思うことも無かっただろう。

「ペンギン、パス」

「うわっ! 投げるなって言ってるだろう、ナマエ!」

 そんなことを考えたシャチの目の前で、持っていた荷物をナマエが放り、その標的となったペンギンが声を上げている。
 折り畳んだ服がわずかに広がり、せっかく畳んだんだろうがと小言を言いながら服を畳み直すペンギンまで見やって、シャチはとりあえず受け取った自分の服を所定の場所へ片付ける為に足を動かした。
 いくつかある部屋のうち、割り振られた部屋へと入る。室内にはシャチ以外には人が見当たらず、適当に畳まれた寝具の間をすり抜けたシャチは、部屋の一角に備え付けられているクローゼットへと服を押し込んだ。
 その拍子にふと、背の低いクローゼットの上に置かれた丸い置物が視界に入り、シャチの目が瞬きをする。
 そこに置かれたスノーグローブは、いつだったかの冬島で、シャチが無理やり握らされたナマエからの『贈り物』だった。
 男にこんな可愛らしい贈り物をするなんてどうかしていると言ったシャチに、持っていると幸せになれるんだそうだ、と言葉を紡いで微笑んでいたのはナマエだ。

『シャチが幸せになってくれると、俺は嬉しい』

 真っ向からそう言葉を寄越されて、シャチは何も言えなくなってしまった。
 卑怯にもナマエの贈り物をこの船で一番大事な船長へと押し付けようとしたのに、船長の手元には既に複数のスノーグローブが集まっていてそれは叶わず、ひとまずはクローゼットの上へと鎮座しているのだ。
 落ちて割れたら危ないからと滑り止めを用意して設置したシャチに、ペンギンが呆れた顔をしたことまで思い出して、シャチの口からはため息が漏れる。
 伸ばした手がスノーグローブを持ち上げ、一度ひっくり返してから元通りの場所へと戻した。
 丸いガラスの内側を、白い雪を模した粉がふわふわと降りて積もっていく。

「……あいつ、何でああなんだろなァ……」

 眺めながらシャチが思わず呟いたのは、いつだって好意的なナマエのことだった。
 ナマエがシャチを特別扱いするのは、今に始まったことではない。
 他の誰にだって放り投げる荷物をシャチにだけは手渡しにするのも、色々なものを『よかったら』とシャチへ貢ぐのも、自分の作業を出来る限り早く終わらせてシャチの作業を手伝いに来るのも、甲板で眠っていたシャチの傍でいつの間にか日よけになっていたりするのも、誰よりもシャチに話しかけてくるのだって今さらなのだ。
 どうしてなのかと言えば、船へと乗り込んだナマエと初めて顔を合わせたあの日、真っ向からナマエに放たれたあの言葉に起因しているとしか思えない。

『どうやら俺はお前が好きらしい』

 初対面の挨拶を終え、今日からよろしくなと言ったシャチへそう言い放ったナマエの顔は、とても真剣だった。
 驚き、困惑して思わず身を引いたシャチへ、『動物達の世界にも一定の割合であることだ、珍しくはないと思うから安心してくれ』と全く安心ならないことを言いながら、しかしナマエはそれ以上をシャチへ求めなかった。
 返事すらもだ。
 もちろん、初対面のあの日に返事を求められたならシャチはナマエへ『気持ち悪いから止めてくれ』と言うしかなかったのだから、求めるまでも無かったのかもしれない。
 それにナマエはシャチへ好意的に振舞う他は何もせず、一時期はナマエの『告白』は冗談だったのではないかと思ったほどだった。
 しかしそれが冗談じゃなかったのだと気付いたのは、いつぞやの宴の日、酒に酔ったナマエが他のクルーに絡まれて、好みのタイプを聞き出そうとした時だ。

『シャチ』

 きっぱりすっぱりと言い放ったナマエはどう見ても酔っていたが、それを耳にしたときにどきりと心臓が跳ねたのは、シャチに酒が入っていたから、で説明はつかない事柄だった。
 恋だの何だのと言うのは異性との間に発生するべきことであるはずなのだ。
 ましてや、幸せになってほしいなんて言いながら目を細めた誰かさんの声がしばらく耳から離れないだなんてこと、あって良い筈がない。
 いい加減諦めろと言ったのはペンギンだったが、諦めて良い筈がないのだ。
 だからこそ、自分を落ち着かなくさせるナマエが、シャチは苦手だった。

「……あーあ……」

 はあ、とため息を零して、シャチの手が軽くスノーグローブを撫でる。
 冬島らしく雪の降り積もったミニチュアの世界で、小さな雪だるまがじっとシャチを見つめていた。



end


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