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幸せ味 (1/2)
※原作派によるロシナンテ捏造注意かつ若センゴクさん捏造
※ほぼロシー
※何気に既知トリップ系主人公



 ロシナンテの一番最後の絶望は、目の前で『兄』が『父』を殺した時だった。
 何処からか手に入れてきた銃の引き金を引いた『兄』は、ロシナンテがやめてと叫んでも聞いてくれず、そして『父』の死体と共にロシナンテの前から姿を消した。
 待っていろと言われた場所からロシナンテが逃げ出したのは、『兄』が怖かったからだ。
 ロシナンテを天竜人と知っている『人間』達がいる島からどうにか逃亡しようと隠れて走り、その途中で壁にぶつかったロシナンテがひっくり返ったのを見下ろしていたのは、大きな体の海兵だった。

『おっと、悪いな坊主。怪我は無いか?』

 そんな風に言ってにかりと笑った海兵がロシナンテへ手を伸ばしてきたのを見て、ロシナンテはびくりと体を震わせた。
 『人間』の大人達がロシナンテへしてきた今までのことを思えば怯えるのは当然で、ごめんなさいと焦りに上ずった声で言葉を放ちながら逃げ出すのだって今まで通りだ。
 しかしそれが出来なかったのは、怪訝そうな顔をした海兵に小さく細い肩を掴まれたからで。

『……坊主、お前の家族はどこだ?』

 何かを心配するように落ちてきた言葉に、ロシナンテが自分の手の上に何も無いことを再確認して泣いてしまったのだって、仕方のないことだった。







「帰ったぞ、ナマエ」

「はい、お帰りなさい」

 柔らかくて大きな布に殆ど全身をおおわれてしまったロシナンテが連れてこられたのは、二階建てらしい家だった。
 家主らしい海兵の言葉に、家の中にいたらしい誰かが返事をしている。

「今日もご無事そうで何よりです」

 穏やかに離れた言葉に、男の人だ、と判断しながら身を捩ったロシナンテの体がずっとそばにあった大きな温もりから離されて、海兵のそれより小さな誰かへと受け渡された。

「土産だ」

「え?」

 放たれた言葉に戸惑ったような声を零した誰かが、ロシナンテを巻いていた布の端をひょいとめくる。
 真上を見上げていたロシナンテと目が合ったその人は、穏やかそうな顔の、ごくごく平凡な男性のようだった。
 ロシナンテを見て目を丸くした相手が、それから慌てたようにロシナンテを抱え直して、その顔を海兵の方へと向ける。

「センゴクさん、この中身ナマモノなんですが」

「ああ、孤児らしい。とりあえず風呂に入れてやってくれ」

「いや入れますけど……又ですか?」

 海兵の自分勝手な言葉に溜息を零しつつ、ロシナンテを抱いたその人がその場から歩き出す。
 腕の中で体が揺れて、ひっくり返りたくないが為にロシナンテがすぐそばにあった温もりへと擦りつくと、ロシナンテを抱く腕の力が少しだけ強くなった。
 少しの距離を歩いて、引き戸を開く音と共にロシナンテの体が床へと降ろされ、ロシナンテを隠すように巻き付けられていた布が解かれる。
 ずっと体に巻き付いていたものが無くなり、ここ数時間ずっとそばに温もりのあった状態から変化することになったロシナンテがふるりと体を震わせると、寒いのかと呟いた相手が浴室らしい方へと移動していった。
 ロシナンテをこの家まで連れてきた海兵よりずいぶんと小さく見えるその背中を見やってから、ロシナンテの目がきょろりと周囲を見回す。
 ロシナンテが連れてこられたそこはどうやら脱衣所のようで、着替えやタオルを置く場所があるだけの狭いところだった。
 隠れ場所を捜してみるが、籠の後ろにしか入れそうにないし、入れても一人だけだろう。
 あと一人分の隠れ場所を捜さなくては、と視線を動かしかけて、その途中で『あと一人』なんて不要だったと思い出したロシナンテの目が、うるりと潤む。

「え? どうしたんだ、どこか痛いのか?」

 そこで浴室らしい方から戻ってきた男性が慌てた声を出して、ロシナンテの前へと移動した。
 上から落ちてきた影にびくりとロシナンテが震えると、それに気付いた相手がロシナンテの前で膝をつく。
 ロシナンテへと目線を近くした上で、どうした、ともう一度訊ねてきた相手に、ロシナンテは首を横に振った。
 ロシナンテの返事に不思議そうにしながらも、相手の手がロシナンテの視界へ入り、ゆっくりと近付いてロシナンテの服を掴まえる。
 そのまま裾をめくりあげられそうになって、ロシナンテは慌てて両手で自分の服を掴まえた。

「な、何、するの?」

「風呂に入って綺麗にしたくないか?」

 ロシナンテの問いかけに、相手が問いで返事を寄越す。
 風呂、というその言葉には先ほど彼が一人で入っていた部屋からの水音が重なり、おふろ、と口の中で言葉を転がしたロシナンテは、それがどういうものなのか思い出して目を瞬かせた。
 確かに、ロシナンテの体はとても汚れている。風呂なんて贅沢なもの、入ること自体がとても稀だったし、一人で逃げ出してからは身なりに気を遣う余裕すらも無かった。
 自覚してみると、自分がとても汚いように思えて少し顔が熱くなる。
 それでも、ロシナンテは自分の服を掴んでいる手を放すことが出来なかった。
 何せ、これはロシナンテが今持っている唯一の財産だ。
 裕福だった暮らしから庶民の暮らしへと移行し、それからそのまま憎まれ疎まれ蔑まれ、奪われ痛めつけられる生活にならざるを得なかったロシナンテにとって、『自分のもの』というのは家族の次に大事なものなのだ。
 幾度かその手に力を入れて、ロシナンテの拒絶に目を瞬かせた相手が、軽く首を傾げる。

「風呂、嫌いか?」

 綺麗になるぞと囁かれても、頷くことは難しかった。
 俯いてしまったロシナンテをしばらく眺めてから、ああそうだ、と声を漏らした目の前の相手が、それから軽く言葉を紡ぐ。

「そういえば、名乗ってなかった」

 話題を逸らすようにしながら、俺はナマエだ、と名乗った男が、優しげな声をロシナンテへ向ける。

「坊やは何ていうんだ?」

 穏やかに、怯えさせないようにと紡がれたそれに、一度だけつばを飲んでから、ロシナンテは返事をした。

「……ロ、ロシー」

 ロシナンテの紡ぐそれは、家族がロシナンテへ向けていた愛称だ。
 今はもう、それを呼んでくれる人はどこかへ行ってしまった『兄』しかいない。
 何より、『ドンキホーテ・ロシナンテ』と名乗って天竜人だと気付かれ、攻撃を受けることがロシナンテは恐ろしかった。
 今この場には、自分を守ってくれる人は誰もいないのだ。
 嘘はいけないことだ。父のようにちゃんと正々堂々と正直に言った方がいいことも分かっている。
 けれどそれでも、『天竜人』へ向ける『人間』達の憎悪がロシナンテには怖い。
 ロシナンテの言葉に、どうしてか目の前の相手が息を飲む。
 その気配にロシナンテが恐る恐る顔を上げると、どうしてかロシナンテを見下ろしている相手は、青ざめた顔をしていた。
 まるでロシナンテが『どこの誰』なのかを知っているようなその反応に、ロシナンテもびくりと体を震わせる。
 しばらくお互いに硬直した後、ロシナンテの顔からその体へ視線を動かしたナマエの方が、先にその体の強張りを解いた。

「……なるほど」

「あ、あの……」

「それじゃあ、『ロシー』」

 戸惑うロシナンテを置いて、優しげにロシナンテの愛称を紡いだナマエが、そっとロシナンテの服から手を放す。
 それから彼は自分の服に手を掛けて、ばさりとそのまま上着を脱ぎ捨てた。
 あまり鍛えられていない体の中央、胸から腹にかけての場所に大きく焼けただれた火傷のような跡があるという事実に、ロシナンテが目を見開く。
 その視線を遮るように、彼は自分が脱いだ服でその跡を隠してから、ロシナンテへ微笑みを向けた。

「自分でだったら脱げるか? 着替えは他に用意してるし、その服もちゃんと洗って返すから」

 捨てたりしないと続いた言葉に、ロシナンテは戸惑いをその顔に浮かべる。
 小さな子供を見下ろして、俺も入るし、と呟いた彼は、悪戯っぽく片目を瞑った。

「綺麗に出来たら、すぐにご飯の時間だ。腹減ってるだろう?」

 寄越されたナマエの言葉に返事をしたのは、ロシナンテの口ではなくて腹の音だった。



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