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かまって! (3/3)

「おにィさん、どうしたのォ?」

 問いかけて一歩近付いたボルサリーノに合わせて、ナマエが二歩足を引く。
 怯えたようなその顔にボルサリーノが少しばかりの驚きを感じたその次の瞬間、目にも止まらぬ速さでナマエがその場に平伏した。
 ボルサリーノより大きな体を縮めて、芝生の上に両膝をつき、両手もつけて頭を下げたナマエが、搾り出したような声で言葉を紡ぐ。

「す……すぐに気付かず申し訳ありませんでした、ボルサリーノ大将……!」

 そうして紡がれたその名前に、ボルサリーノは自分の正体がナマエに知られてしまったという事実に気がついた。
 なにいってるのおにィさん、と誤魔化すには、目の前のナマエが真剣すぎる。ナマエは、確信を持って頭を下げているのだ。
 うーんと声を漏らしてから、ボルサリーノは呟いた。

「わっし、そんな分かりやすかったかいィ〜?」

 子供になりきったつもりだったのに、どうしてこうも簡単に理解されてしまったのだろうか。
 今のボルサリーノの外見と、本来のボルサリーノの年齢は祖父と孫ほど離れているはずなのだ。
 だというのにどうして大将黄猿と今のボルサリーノをイコールで結べたのかと不思議がるボルサリーノに、一度お姿を拝見したことがあるので、と平伏したままのナマエが答える。
 どうやら誰かがナマエへボルサリーノの幼少期の写真を見せたらしいと、ボルサリーノは納得した。

「すぐに思い出せず、申し訳ありませんでした」

「君が謝ること無いよォ〜、わっしがわざとやってたんだからァ」

 むしろ、気付かれてしまったことが残念だ。
 やれやれとため息を吐いたボルサリーノは、その足をひょいと動かした。
 細い足先がナマエの肩口に触れて、光を生んでその肩を蹴り上げる。
 子供の力とは言え光速の重さで肩をはじかれたナマエは、平伏していた体勢から無理やり体を起こされ、そのまま後ろへとしりもちをついた。
 手加減したとはいえ少しは痛かっただろうに、ナマエは非難も口にせず、ただ自分の肩を抑えてボルサリーノの様子を見ている。
 笑みどころか、先ほどまでの青ざめていた顔ですらも、いつもの真面目なその仮面の下に隠れてしまっていた。
 つまらないねェとその顔を眺めて口を尖らせたボルサリーノが、足を下ろしていつもするように自分のポケットへ両手を入れる。

「ほら、早く立ちなよォ〜、子供に土下座する海兵なんて、誰かに見られたら酷い噂になるよォ?」

 サカズキやセンゴクさんに怒れるかもねと囁いたボルサリーノに、はっと息を飲んだナマエがすぐさま立ち上がる。
 少し草のついてしまった自分の服を払うその様子を見上げてから、ボルサリーノは肩を竦めた。
 先ほどまでの緩んだ顔のナマエを見られないのは、とても残念なことだ。
 ポケットの中に入れてしまった掌を軽く握ってみても、先ほどまで触れていたぬくもりが再現されることはない。

「あの、ボルサリーノ大将?」

 むうと口を尖らせたままのボルサリーノを見下ろして、身支度を終えたナマエがそっと声を掛けてくる。
 どうかしましたかという問いかけには答えずに、ボルサリーノはくるりとナマエへ背中を向けた。

「ほら、行くよォ」

「? ……はい」

 歩き出すことを促せば、答えたナマエはおずおずとボルサリーノの隣に並ぶ。
 ちらりと見上げた先にあるのは、普段ボルサリーノが時々見下ろしているのと同じ顔だった。
 さっきまではあれほど緩んだ表情をしていたくせに、今のナマエはただの『海兵』の顔をしている。
 命令に忠実で、怖いくせに逃げ出そうともせず、ボルサリーノが無理難題を言ってもどうにかそれをやり遂げようとする馬鹿な部下の顔だ。
 もう少し優しくしてあげなさいや、とボルサリーノがうんざりとした顔の青雉に言われたのは、果たしてどれほど前のことだったろう。
 そうは言うが、この表情を崩すためにあれこれとやったら結果として『優しくない行動』になっていただけなのだから、仕方ないことだろうとボルサリーノは思っている。
 せめて、さっきまでの『子供』に対する笑顔の半分くらいでも大将黄猿に向けるというのなら、少しくらいは加減だってしてやるのに。

「……まァ、ナマエには無理な話だろうねェ〜」

 小さいボルサリーノの小さい呟きは、高い位置にあるナマエの耳には届かなかったらしい。
 ナマエを傍らに伴って、とりあえず今日はあちこち連れまわしてやろうと決めたボルサリーノのつま先が繁華街のほうへと向かう。
 いつもに比べて随分と短い歩幅で歩くボルサリーノに合わせて進むナマエの歩みはゆったりとしていて、それだけは先ほどまでと何も変わらなかった。




end



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