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相似的愛らしさとは
※何となくトリップ系海兵は若サカズキ(?)の同期で仲良しでサカズキさん大好き



 かつて暮らしていた『故郷』に、顔見知りの猫がいた。
 近所をねぐらにしていただけの野良猫に対して『顔見知り』という言葉を使っていいのかは分からないが、とにかく、知っている猫がいた。
 日向でまどろむ仔猫たちのような可愛らしさなんてかけらもなく、ガタイが良く、顔や片耳の中ごろに傷まで入った満身創痍の風貌で、鋭い目つきだったあの雄猫に適当に名前を付けて、声を掛けてみたりたまに餌をやるのが俺の平凡な毎日の中の大事なひとかけらだったのだ。

「言いたいこたァそれだけか」

「いや、違う、まだあるんだ、待ってくれ」

 俺の思い出話をきき、低く唸り声を上げた同僚殿に、必死になって言葉を投げる。
 彼の前に正座して事情を説明し始めてからはや十分、どんどんその顔が険しくなっていった男は、俺を床に座らせて自分は椅子に座ったまま、強く強くその手で拳を握っていた。
 どんな人間をも等しく焼いて殺すマグマが、その指の端からぽとりと落ちてはじゅうじゅうと床を焦している。
 サカズキ殿がお怒りだ。
 誰から見ても明らかな事実に、いつもなら俺を助けに来てくれる有能な部下達も、今日に限っては近寄ってこない。
 何故なら、明らかに俺が悪いのだ。
 しかし、ここでそれを認めてしまうと、殺されはしないにしても火傷を負うことは間違いない。
 どれだけ火力を落とそうともマグマは熱く、俺のなけなしの根性を振り絞った鉄塊では到底防ぎきれないのだ。

「だから、今朝夢で見て気付いたんだ。お前とあいつが似てるって」

 ふてぶてしい顔で人の家に上がり込み、我が物顔で食事を食らって勝手に去って行った近所の野良猫の、睨まれては少し足を引きたくなるような鋭い眼差しと風貌を、どうしてだか今朝夢で見て鮮明に思い出した。
 それは『この世界』に生まれ直すよりずっと前の記憶の中の相手で、『前』の親の顔すら怪しくなったのにどうして、と首を傾げた俺が思い当たるふしに気付いて手を叩いたのが、朝食を終えてからのことだった。
 考えれば考えるほど間違いなく、自分のその直感を確信へ変えるために『無駄に器用』だと評価されている技術を使って作成したものを、本日俺はそのまま職場へ持ち込んだ。
 そして今、俺の渾身の力作たる可愛らしい猫耳つきのカチューシャは、目の前の男によって踏みにじられている。

「すごく似合ってたぞ、サカズキ」

「……男が似合って喜ぶと、本気で思うとるんか、おどれ」

 強く拳を握り、力説した俺の前で、サカズキがそう低く唸った。
 そうは言うが、本当に似合っていたのだ。
 職場へやってきてすぐに俺が探した相手は、自分の部下に運ばせた書類を確認しているところだった。
 海賊が大嫌いで、『悪』を徹底的に滅ぼすことを信条とするサカズキの部隊は、その訓練に対する熱の入れようが半端ない。
 海軍に入った頃から一緒だが、俺の知っている限り、サカズキは紛うことなく『トップ』へと上り詰める人間だ。
 そのためには成果をあげるしかないのだろうし、だから今日もすぐに訓練に出て、俺が自分の部隊の演習を終えて家へ帰るころまで建物にすら戻ってこないだろう。
 そう思ったので、俺は力作を手にすぐさまサカズキへ近付いた。
 どうしてだか俺にだけは毎回無防備なサカズキの頭に、それを装備させるのは本当に簡単だった。

『…………なんじゃァ?』

 頭の上へあの猫に似せた三角の耳を一対生やして、戸惑いに満ちた顔でこちらを向いたサカズキの可愛らしさときたら、初めて俺が餌をやった時のあの猫にそっくりだった。
 耐性の無い連中には刺激の強い可愛らしさだったんだろう、サカズキの近くにいた彼の部下数人はすぐさまその目を逸らして部屋を出ていってしまって、今もまだ部屋へは戻ってこない。
 そして、可愛い姿を部下の前で晒したことに気付いたサカズキが怒って俺を怒鳴りつけ、正座を命じたのがつい先ほどのことだ。
 時々ちらちらと部屋を覗き込んできているのは間違いなく俺の部下だが、やはり誰も俺をここから連れ出そうと言う気はないらしい。薄情な奴らである。

「とても可愛かった」

 とりあえず言葉を重ねた俺の前で、いらだたしげにサカズキが舌打ちを零した。
 その目つきはとても鋭く、もはや海賊を目の前にしているのではないかと思うほどに厳しいものだ。
 しかし、どうしてこんなに怒っているんだろうか。
 もちろん、人前でさせたら怒るかもしれないと思いながら、我慢できなくて行動したのは俺なのだから怒るのは当然だとしても、いつもなら『仕方のない奴だ』みたいなことを言って許してくれる頃あいだ。
 今日に限って、どうしてまだ怒っているんだろうかと少しばかり首を傾げた俺の前で、ぐり、とサカズキが踏みつけたままだったカチューシャを更に踏みにじる。
 指だけでなく、その足裏からもマグマが零れて、じゅわりと鉄板に水が落ちたような音を立ててその場に熱気が生まれた。
 俺が今朝夢中で作った大作が、なすすべもなくマグマに焼かれて焦げ消えていく。

「あ……」

「……わしが『何』に似とるかァ知らんが、並べて比べられるんを喜ぶわけがあるか」

 とてつもなく腹立たしそうに、そう言いながらサカズキがひょいと足を上げた時、そこに残っていたのは燃えて溶けて焼けて焦げて訳の分からなくなった何かだった。
 間違いなく再利用が不可能になってしまったそれを見下ろして、勿体ない、とは思うものの、今さらどうにかすることも出来はしない。
 だからその代わり、正座をしたまま、俺はちらりとサカズキの方へと視線を戻した。
 元々の体格の差もあって、ほとんど真上からこちらを見下ろす格好になっているサカズキの顔は苛立ちに満ちている。
 けれども、こちらを睨み付けるその目の奥に見えたわずかな不満げな輝きに、ああなるほど、と理解した俺の口が笑みを浮かべた。

「何を笑うとる」

 眉間のしわを深くしたサカズキがわざとらしいぐらい声を低くするが、俺は笑みを絶やさずに、出来るだけ柔らかく言葉を紡いだ。

「もしも今あの頃に戻れるんなら、あの猫には『サカズキ』って名前を付けるのになァ」

 そこいらを牛耳っているようだからと、安易に『ボス』と名付けていたことが悔やまれる。
 ふてぶてしいあの野良猫と、サカズキはそっくりだ。
 いや、もしかしたら、あいつこそがサカズキにそっくりだったのかもしれない。
 何の話だと僅かな戸惑いを浮かべたサカズキを見上げてから、そろりと立ち上がる。
 『この世界』に生まれてから、あまりしなくなった正座のせいで少しばかり足が痺れていたが、どうにかよろりと立ち上がって顔を向けると、さすがに椅子に座っているだけあって視点の低くなったサカズキを見下ろすことが出来た。
 いまだにその手は拳を握ったままだが、さっきのように危険なマグマは零れていない。
 それを見やって、そろりと伸ばした手でサカズキの顔の側面に触れると、するりと撫でた俺の手の動きにサカズキはまた怖い顔をした。
 しかし、俺の手を振り払わないのだから、サカズキだって嫌なわけじゃないだろう。
 少なくとも、どこの犬猫を触るより、その頭を撫でてみたりするほうが俺は楽しい。
 多分、俺が生まれた『この世界』はちょっと欧米寄りの風習なんだと思う。
 『前の世界』ではたまに嫌がられるくらいスキンシップ過多だった俺が、こうしてサカズキにだって受け入れられるんだから相当だ。
 その割に俺の部下達は頭を撫でさせたりしてくれないが、多分親しさの問題だろう。
 大体において手を伸ばしたらそそくさと逃げられてしまうが、決して嫌われてはいない、と願いたい。
 短い髪を梳くように軽く頭まで指を這わせて、それから手を降ろして、俺はにんまりと笑った。

「だってあいつ、お前に似て可愛かったから」

 これが正解だろうと見つめた先で、訳の分からんことを言うな、と唸りながら、サカズキがもう一度舌打ちを零す。
 けれども、その拳がそっと緩められたので、恐らく俺の選択は間違いでは無かったのだろう。



end


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