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強制的休暇申請 (2/2)
「結構使ったので、あとこれだけしかないんですが」

「……おどれ、なんかいためしたんじゃあ……」

 呟きながら、差し出されたそれをサカズキの手が受け取る。
 冷たいガラス瓶を握りしめて、サカズキは口を動かした。

「これで、どんくらいもどるかわかるか」

「ええっと、その量だと……俺だったら四、五歳くらいになっちゃいますね」

 量を確認して言い放ったナマエの前でちゃぷ、と揺れたそれを見やって、それからもう一度ナマエを見上げたサカズキは、こいこい、と真上の顔を手招いた。

「はい?」

 不思議そうにしながらも、ナマエがそっと身を屈める。
 手を伸ばせる範囲までその顔が近づいたのを見て、サカズキは瓶を持っていない手を素早く男の首元に伸ばした。
 そのまま服を掴んで、驚いて身を引かれる前にぐいとその体を前に引っ張り、慌てて床へ伸ばされたナマエの片腕を瓶を持っている方の手で内側へ向けて弾く。
 ついでに伸ばした短い脚でナマエの足元を払うと、ナマエは簡単にどさりと床の上に倒れ込んだ。

「いっ」

 痛みに思わず声を漏らしたナマエの上にまたがったサカズキの頭から帽子が落ちたが、気にせず手を動かして、封を開けた瓶をナマエの口へと宛がう。
 あおむけになった状態で口に注がれたそれを飲んでから、ごほ、とせき込んだナマエが顔を逸らした。
 殆ど飲んでしまったらしい部下を見やって、ふん、とサカズキが鼻で笑う。

「こんなガキにたおされちょるようじゃあ、まだまだたんれんがたらんのォ」

 元に戻ったら稽古をつけちゃる、とナマエが普通の状態だったら笑顔で辞退しそうなことを言い放ったサカズキの前で、ごほごほと更にせき込んだナマエの体に変化が起こる。
 縮んでいったその体は、今のサカズキよりも幼い姿でその変化を止めた。
 ようやくせき込むのを辞めて、自分の変化に気付いたナマエが、少し涙目になった顔でサカズキを仰ぎ見る。

「た、たいしょお、なにするんですか……」

「わしだけこんなめにあわせていいとおもっちょるんか」

 言いながら、瓶をぽいと床に放って、伸ばしたサカズキの手がナマエの体を抱き起こす。
 その体躯を五つかそれ以下に変化させてしまったナマエは、サカズキ同様に着ていた上着のみの恰好になって抱き上げられながら、困った顔でサカズキを見つめた。

「おれ、きょうはたいしょおをおせわするよていだったんですよ?」

 ごごとあしたはやすみしんせいしてましたし、と続いた言葉に、しらん、と言い切ったサカズキの顔に笑みが浮かぶ。
 ナマエを片腕に抱き直し、屈んで落とした帽子を拾ってから、サカズキはそのまま二人分のシャツを引きずるようにしてソファへと近づいた。
 そこでようやくナマエを降ろして、ソファの上の服を確認する。

「わ」

 一番小さく着込みやすい服を傍らの部下へ向けて放ると、顔に当たったらしいナマエが小さく悲鳴をあげた。

「さっさとそれきちょれ」

 言いながら、帽子をソファへ放って、サカズキも適当に選んだ服を手に取る。
 何とも用意のいいことに置かれていた子供用の下着もナマエの方へひとつ放り、自分もそれを穿いてからシャツを脱いで、そのまま他の服を着込んで靴まで履いたサカズキが傍らを見やると、どうやら下着は穿いたらしい子供がぷはっと服の穴から頭を出したところだった。
 当然ながら、まだ下は下着以外穿いていないし、両腕も出ていない。

「……おそい」

「うごきにくいです」

 唸ったサカズキへそう言いながら、もぞもぞとナマエが一生懸命腕を動かしている。
 シャツでできた巣の中で身じろぐナマエにため息を吐いて、手を伸ばしたサカズキがその動きを手伝った。
 ついでにズボンも穿かせてやって、ついでに靴下も履かせてやり、靴も履くかとサカズキが尋ねると、ナマエは首を横に振った。
 今の状態のサカズキのために用意された靴や衣服は今のナマエには大きいので、靴など履いても脱げてしまうだけだろう。
 これは買い物もすべきだと判断して、サカズキは一度ナマエから離れて自分の執務机へと近づいた。
 大きすぎる椅子によじ登ってから机の上の休暇届をぐしゃりと掴まえ、ポケットへ押し込んでからすぐに床へと降り立って、今度は先ほど自分が放置した衣類に手を伸ばす。
 だらしなく脱ぎ捨てられたそれらをかき集めて、ポケットから子供が持つには不似合いな財布を取り出し、ついでにナマエの服も抱えてソファへと戻った。
 他の衣類と一緒にひとまとめにしてソファへ置いてから、自分がかぶるには少し大きい帽子を頭に乗せて、その視線がナマエへと戻される。

「さっさといくぞ」

 そう言って顎でドアの方を示すと、おれもですか、とナマエが戸惑ったような声を出した。
 当然だろうとそれへ眉を寄せて、サカズキは言葉を紡ぐ。

「わしがもとにもどるまで、『おせわする』っちゅうたろうが」

 先ほど言っていた『予定』を口にしてやったサカズキに、ぱちぱちとナマエが瞬きをする。
 それから、幼い見てくれにとても似合った嬉しそうな顔で笑って、こくこくとその頭が上下に動いた。
 そして小さな手が先ほどサカズキが運んできた衣服に伸びて、自分の服から小さな手に不似合いの財布と鍵を掴みだす。

「それじゃあ、おれのいえいきましょう! たいしょおとたべようっておもって、ごはんよおいしてたんです」

「……そうか」

 にこにこ笑って言い放つナマエへ、サカズキはとりあえずそう言葉を落とした。
 それから、さっさといくぞ、とナマエを促して、すたすたとその場から歩き出す。
 はい! といつものように返事をしたナマエが、後ろからいつものようについてきて、サカズキが背伸びをしてドアノブに指先を触れようとしたところでべちゃりと音を立てた。
 それに驚いてサカズキが振り返ると、小さな子供が床の上に突っ伏していた。

「…………なにしちょるんじゃ」

 思わず尋ねたサカズキの前で、むくりと起き上がったナマエがいたいと言って顔をおさえる。どうやら、顔面から床へと突っ込んだらしい。
 少し赤くなっている鼻をさすってから、バランスがちょっと、と呟いて、ナマエはそのままもう一度立ち上がった。

「まえのときもよくころんだんですけど。すぐになれますから、きにしないでください」

 言いつつとたとたと歩んで近寄ってきたナマエを見下ろして、やれやれとサカズキは息を吐いた。
 それから、その場でぴょんと飛び上がって、ドアノブを掴んで扉を開く。
 ぎい、と音を立てた扉に片手を添えた状態で、サカズキのもう片手がナマエの方へと伸ばされた。

「ほれ」

「?」

 言いつつ揺らされた指先に、ナマエが不思議そうな顔をする。
 それを見やり、サカズキは言葉を零した。

「つぎころぶときはささえちゃるけェ」

 てをよこせ、と言いながら、少し身を屈めたサカズキの手が無理やりナマエの手を掴む。
 ナマエの手は、幼くなったサカズキの手でも簡単に隠してしまえるほどに小さかった。
 え、と声を漏らして戸惑っているナマエを引っ張るようにして、サカズキはそのまま部屋を出る。
 通路には、幸いなことに海兵の姿は見当たらなかった。
 このまま休暇届を出して出て行こう、と決めて、事務室へ向かって歩き出したサカズキに、戸惑ったようにしながらナマエも後を続く。
 靴下だけを履いているナマエがぺたぺたと床を歩く音がして、それを聞きながらしばらく歩いたサカズキは、ふと自分が握っている何とも頼りない掌を意識した。
 幼くなってしまっているせいだとは思うが、ナマエの手は随分と柔らかだった。
 子供の手というのはそういう物なのだろうかと考えてみるものの、子供と触れ合う機会などそう無いので、サカズキには判断がつかない。
 ナマエの歩みに合わせてゆっくり足を動かしながらサカズキが顔を向けると、一生懸命足を動かしているナマエが、少しばかり首を傾げた。
 それから、やや置いて、ぎゅう、と小さな手でサカズキの掌を握りしめる。

「たいしょおのて、あったかいですね」

 こどもだからですかね、なんて言って笑うナマエは、見た目も相まって随分と幼く見える。
 ナマエは、サカズキがマグマ人間だと言うことを知っている。
 その体が、悪を焼き溶かす熱源へと変化することが出来る凶器であることを知っている。
 だというのにそんなことを口走る相手に、何と気楽な奴だろうか、とサカズキは少しばかり呆れた。
 クザンやボルサリーノの話を聞いているのなら、『この状態』であっても能力者は能力を使えることくらい知っているはずだ。
 だというのに、サカズキの手を握りしめるその幼い掌には、逃げようとする意思すら感じられない。
 少しずれたところのあるナマエは、そういった危機感すらも普通とは違うのだろうか。
 そんなことを考えながら、少しずれた帽子をあいた手で直す。

「…………わからんやつじゃあ」

「え?」

 呟いたサカズキにナマエが首を傾げたので、サカズキはとりあえず、なんでもないと言ってその場をごまかしたのだった。






 海軍本部から出る直前、青雉と黄猿の名を持つ海軍大将二人に遭遇してしまったのは、また別の話である。


end



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