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言わせたいだけ
※白ひげ海賊団の新入りはトリップ系男子



 もうすぐマルコ隊長の誕生日だ。
 俺がそれを知っているのは俺が『元の世界』でコミックスを買って読んでいたからだが、モビーディック号に乗っている一番隊クルー達のそわそわとした様子を見るに、多分その『知識』が無くても分かった事実に違いない。
 白ひげ海賊団は人数がとても多いので、個別で誕生日を祝うことはそう多くない。
 それでも、マルコ隊長やそれ以外の隊長達については例外扱いが多くて、海賊団全体で祝うことは無くても、それぞれの隊が何かをすることはあるようだ。
 例外は船長『白ひげ』の誕生日だけだろう。
 酒が飲めない俺ですら息をすれば酔いそうなくらい酒の振舞われたあの宴は、確か三日三晩続いていた。傘下だという他の海賊団もたくさん来ていたから、騒がしいし怖いしで悪い方向に心臓がうるさかったのも思い出す。
 まあそんな過去の話は置いておいて、今は未来の話だ。
 何かやるとは聞いているが、まだ俺や他の新入りの所まで話は来ていない。
 とりあえず前の島で贈り物は買ったけど、ほかに何か必要無かっただろうか。明日には次の島につくことだし、そろそろ教えてもらえるかもしれない。

「ナマエ、ちょいといいかい」

 そんなことを考えながら両手を動かしていたら、すぐ近くから声がした。
 それに驚いて振り返れば、いつの間にこんなに近くに来ていたのか、マルコ隊長が立っている。
 その目はまっすぐはっきりとこちらを見ていて、思わず後ろを振り返っても誰もいないということを把握してから、俺は自分を指差した。

「俺ですか?」

 そうだよい、とマルコ隊長が頷いたので、慌ててそちらへと近付く。
 何か御用ですかと尋ねると、荷物運びの人手が欲しいんだと言われた。どうやら、倉庫の方で作業があるらしい。
 二つ返事で頷けば、よし、と笑ったマルコ隊長がついて来いとばかりに歩き出す。
 その後ろを追いかけて、俺も足を動かした。
 声をかけて貰ったのなんて何日ぶりだろうか。
 これだけの大所帯、顔を合わせない日だってあったのだから当然だが、その時の寂しさを丸ごと放り投げても余りある嬉しさに、口元が緩んだのを感じる。
 あの日助けて貰ってから、俺はマルコ隊長にあこがれてこの船に乗り続けることを選択した。
 本当だったら帰り方を捜さなくてはいけないのだろうし、そうでなくても海賊だなんて、親が聞いたら泣きそうな職業についたと思う。
 だけど、あの日青い炎を零して怖い海賊達から俺を助けてくれたマルコ隊長に、俺はまだ、恩返しの一つもしていないのだ。
 本当は、あこがれだけじゃない何かがあるような気もするけど、それはきっと気のせいだから気にしないで置くことにする。
 だって俺も男でマルコ隊長も男なんだから、それはまずあり得ないし、あっちゃいけない。

「ここだ、入れよい」

 一人うんうんと頷いていた俺の意識をマルコ隊長が呼び戻して、は、と視線を向けたらマルコ隊長が倉庫の入り口で足を止めていた。
 足を速めて倉庫へ駆けこんだ俺の目に、誰もいない倉庫が入り込む。
 あれ、と目を瞬かせて振り返ると、マルコ隊長が扉を閉じたところだった。

「あの……?」

 思わず言葉を零せば、マルコ隊長がすたすたと足を動かして、こちらへと近付いてくる。
 日本人では中々見ないような大きさの相手に見下ろされて、思わず足を引いたものの、すぐ後ろにあった棚に背中を軽くぶつけただけだった。
 どうしたんだろうか、と思わず見上げた先で、マルコ隊長が俺の名前を呼ぶ。

「……何か、おれに言いたいことはねェかよい?」

 そうして真上から落とされた言葉に、え、と思わず声が漏れた。
 さっきまで考えていた『気のせい』を思い出して、ぶわ、と顔が赤くなったのを感じる。
 明り取りの窓からは光が差し込んでいて、だからマルコ隊長にも、俺の顔が赤いのなんて丸わかりだろう。
 少し目を細めた相手にそれを把握して、どくりと心臓が脈打ったのを感じた。
 何か言わなくては、と思うのに、言葉が見つからない。
 何の話ですかととぼけてしまいたいけど、マルコ隊長の顔がそれをさせないと語っていた。
 でも、だって、俺も男でマルコ隊長も男だ。
 言っていい言葉じゃないと言うことは、俺が一番よく知っている。
 頭の中が真っ白で、わなわなと口が震える情けない俺を見下ろしたマルコ隊長が、ナマエ、ともう一度俺の名前を呼ぶ。
 それを聞き、ごくりとつばを飲み込んでから、俺は恐る恐る口を動かした。

「た…………誕生日、おめでとうございます……?」

 口から漏れたのは、そんな台詞だった。
 マルコ隊長が目を丸くしている。
 それはそうだろう。この場で出てくる言葉にしては随分と不釣合いだし、誤魔化せるとも思えない。
 けれどそれよりも、俺は今自分の口から出した言葉に目を見開いて、慌てて両手で口を押さえた。
 しかし、出た言葉は取り消せない。
 しまった、と汗をかき、焦りながらマルコ隊長へ視線を戻す。

「マ、マルコ隊長、聞かなかったことにしてください!」

「……よ、よい?」

 俺からの言葉に、マルコ隊長が不思議そうな声を零した。
 それはそうだろう。当日の主役は、俺達の『緘口令』を知らないのだ。
 『おめでとう』を言うのは当日だけ。抜け駆けは禁止。
 いかつい顔の海賊達がそんな協定を結んでいると言うのに、俺が破ってどうするのだ。
 焦る俺の顔に鬼気迫る物を感じたのか、お願いします、と言葉を零すと、マルコ隊長が戸惑ったような顔で頷いた。
 本当ですか、約束ですよ、と言葉を重ねて、それにも帰ってきた頷きに、ほっと胸をなでおろす。
 良かった、と呟いた俺の前で、大丈夫かい、とマルコ隊長が呟いた。

「だ、大丈夫です、ありがとうございます」

「……それじゃ、話の続きをしてもいいかよい」

「え?」

 ふう、とため息を零した俺へ向けてそんな風に言い放ったマルコ隊長の手が添えられて、俺はぱちりと瞬きをした。
 促されてもう一度顔を上げれば、マルコ隊長が俺の顔を覗き込んでいる。

「まだ、言ってねェことがあるだろい?」

 柔らかく、しかし逃がさないとばかりにこちらの目を見つめたままで問いかけられて、じわりと汗がにじんだのを感じながら、えっと、と言葉を探す。
 結局俺は、『気のせい』だと思いたかったことを口にするまで、倉庫から出ることは出来なかった。



end


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