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サカズキくんと誕生日
※『君へ贈る日付』設定
※何気に異世界トリップ主人公は一般人
※子サカズキ捏造につき注意(大将赤犬的な言葉遣い)



「働きたい?」

 戸惑った俺が尋ねた先で、こくりと子供が頷いた。
 その顔はきりりと引き締まり、強い決意をみなぎらせているのが分かる。
 しかしどう見ても幼い相手に、ええっと、と声を漏らした俺は少しばかり首を傾げた。

「なにか欲しいものがあるなら、俺からのお小遣いで賄えないか?」

 血の繋がりも何もないが、あの日倒れていたサカズキを助けると決めたのは俺だった。
 一度面倒を見たのだから、最後まで面倒を見るつもりはある。
 もちろん、豪遊させてあげられるなんてことは無いが、サカズキはそもそもあまりそう言ったおねだりをしない子供だった。
 ちょっと心配だったくらいなので、少しくらいならわがままを言ってくれてもいい。
 そんな考えと共に尋ねた俺を見上げて、むっとサカズキが眉を寄せた。

「働きで稼ぎたいと言うちょる」

「それなら俺のお手伝いをして報酬を貰うとか」

「外がいい」

 俺からの提案に、拳すら握ったサカズキがそんなことを言う。
 やはりその顔は決意で漲っていて、絶対に曲げないという信念が見えた。
 そう言うところまでまっすぐじゃなくてもいいんじゃないかなと思いつつ、うーん、と声を漏らす。
 いくらかの手伝いならもちろん、紹介してやることはできるかもしれない。
 どこだって人手を欲しているし、サカズキはまだまだ幼く小さいが、力は結構ある。何せ将来の海軍大将だ。
 しかし問題は、サカズキが悪魔の実の能力者だということだった。
 それも自然系。ましてやそのマグマの力は、まだ本人の感情の発露で時々うっかり零れてしまうことがある。強力な分、制御が難しいのだろう。
 うーん、と声を漏らした俺の前で、む、とサカズキが口を尖らせる。

「…………だめか」

 それから小さく小さくそんな声を零されて、いや! と俺は思わず声を漏らしていた。
 しかしだって、そんな声を出されたら、慰めなくてはいけない気持ちになる。
 サカズキと暮らして早一年と少し。
 俺はすっかりこの子供に慣れていて、しょげられると途端に落ち着かなくなるのだ。

「あれだ、ほら、俺が今働いているところなんてどうかな? ごみ処分なんだけど」

 そもそも焼却炉に放り込む仕事なのだし、サカズキがうっかり燃やしてしまったとしても大丈夫だろう、と考えながら慌てて言葉を零す。
 問題はオーナーの方だ。子供好きな彼が、サカズキを働かせてくれるかはとても不安である。最悪、雇った形にして俺の給与からいくらか渡してもらうべきだろうか。
 あれこれ考えつつ微笑みかけた先で、働く意欲にあふれたサカズキが、それがいいと一人で大きく頷いていた。







 とりあえず、オーナーはサカズキを雇ってくれた。
 最初は、『子供は遊ぶもんであって働くもんじゃねェ』ととても渋っていたのだが、俺を部屋から追い出してサカズキと対面で話をした後で、何故だかころりと意見を替えた。
 ただし期間は一週間。渡される報酬もサカズキとの交渉の結果らしく、俺は金額を知らされていない。
 けれども、働けてサカズキは嬉しそうだ。

「ナマエ」

「あ、もうお昼だったか」

 俺の作業場へひょこりと顔を出してきたサカズキが、その手に弁当箱を持っている。
 それを見やって手を止めた俺は、そのまま軍手を外した。
 額に滲んだ汗をぬぐいつつ、どこか風通しのいいところへ移動しよう、とサカズキを誘う。
 家庭ごみを集めて片付けるのが、今の俺達の仕事だ。
 様々なゴミを集めて燃やす焼却炉はそれなりに暑くて、それに少し匂いがする。
 二人で揃って集積場を離れて、少しだけ涼しい木陰を見つけてそこへと座った。
 遠く離れた海の匂いがわずかにするのは、海からの風邪が吹き抜けているからだろう。
 一応タオルで手を拭って、サカズキが持ってきてくれた弁当を受け取る。
 中身は、俺が朝作ったものだ。
 サカズキも一緒に用意をしたもので、卵焼きや魚と言ったおかずの傍に、ぎゅっと丸められたオニギリが入っている。

「いただきます!」

「……いただきます」

 俺の挨拶を聞いたサカズキも手を合わせて、二人で並んで弁当を食べた。
 朝から今まで体を動かしていたからか、噛み締めた弁当のうまさに笑みが浮かぶ。

「卵焼きおいしいな、サカズキ」

「……こがいにボロボロなもん、うまいわけがない」

 口に運んだ卵焼きを飲み込んで俺が言うと、顔を顰めたサカズキがそっぽを向いた。
 確かにサカズキの言う通り、巻いていこうとして失敗した卵焼きはボロボロだ。
 けれども味は確かだし、朝から一生懸命卵を焼いてくれていた誰かさんを知っているので余計においしい。

「サカズキが食べないんなら俺が貰いたいくらいおいしいのに」

 だから俺はそう言いつつ、箸を使って他のおかずも口へと運んだ。
 オニギリも噛んで、今日の昼食を平らげていく。
 そっぽを向いたまま、サカズキの手が動いて同じように食事をその口へと放り込んだ。
 頬が膨らんでもぐもぐ動いているのが見えて、幼い丸みに少しばかり笑みを浮かべる。
 こうしてみると、やっぱりまだまだ子供だ。
 その様子の微笑ましさがここ数日の疑問を掘り起こし、俺はそっと口の中身を飲み込んだ。

「……なあ、サカズキ」

 そうして、そっと傍らへ声を掛ける。
 サカズキは、まだそっぽを向いていた。
 けれども気にせず、そろそろ教えてくれないかな、と相手へ尋ねる。

「そんなに働きたい理由って、なんなんだ?」

 結局、俺はサカズキがそうしたいと言い出した理由を聞けずじまいなのだ。
 明後日で期限の一週間。
 オーナーには『楽しみだね』と笑って言われたが、何が楽しみなのかも分からない。
 そもそも、どうやらオーナーは理由を聞いているらしいというのが納得がいかない。サカズキの一番近くにいる大人というのは、俺じゃないんだろうか。
 俺の心からの問いかけに、サカズキが少しだけ身じろぐ。
 その目がちらりとこちらを見やり、もぐもぐとその口が口の中身を噛んだ。
 やがて大きな一口分をごくりと飲み込み、その顔へ何故だかにやりと企みめいた笑みが浮かぶ。

「……秘密じゃあ」

 そうして放られたつれない返事に、意地悪だなァ、と俺はガクリと肩を落とした。
 明後日になれば分かると言われるが、出来れば事前に知っておきたいのが男心だ。
 とはいえ子供のように『おしえて』と駄々をこねるわけにもいかず、昨日と同じように引き下がる。

「はー……仕方ない。サカズキ、あーん」

「……何が仕方ないんじゃ」

 端を使い、弁当箱の中の魚一切れをつまみ上げて声を掛けると、サカズキがいくらか顔を顰めた。
 けれども、返事を寄こすために開いた口へ、有無を言わさず魚を押し込む。
 むぐ、と声を漏らしたものの、食べ物を無駄にしないサカズキは口に入った魚を吐き出すことなく、もぐもぐと咀嚼した。
 その目が非難がましく俺を見ているが、この位の意趣返しは許されると思う。

「たくさん食べて大きくなれよ」

 将来的には二メートルを超える大男になるだろう相手へ微笑んで言いながら、俺は自分の口へ卵焼きの欠片を運んだ。
 『明後日』が〇月◇日だと気付いたのは、その二日後のこと。
 どうして気付かなかったのかと思えば、壁にかかっていたはずのカレンダーが、いつの間にやら丸ごと剥がして片付けてあったからだ。

「……誕生日おめでとう、ナマエ」

 そしてその犯人は、自分が働いて稼いだ金で買ってきたらしいケーキを持ち上げて、とんでもなく満足そうな顔をしていた。




end


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