モネと誕生日
※notトリップ系主人公はドンキホーテファミリー古参でモネよりそこそこ年上
※モネ達加入時への捏造が多め
偉大なる航路は不思議な場所だ。
あちこちの島々にそれぞれ特有の季節があり、うららかな春先から雪深い真冬まで様々で、おれ達は半年も経たないうちに春と秋と夏と冬を経験した。
しばらくの拠点を構えるとドフィが決めたのは冬島だ。
あの日のミニオン島に、少し似ている。
船は着岸したものの、時刻は遅く、集落らしき場所は見当たらない。探索するにしても、この冬島へ降りるのは明日の予定だ。
「大人しく寝てろよ、ナマエ」
おれの背中を少し強めに叩き、明日を楽しみにしてろと笑ったドフィの言葉に頷いたものの、おれはまだ甲板にいた。
見やった島では真白の雪が大地を覆い木々に重なって、音を吸い込みながら夜を作っている。カンテラやかがり火で光源を置いてはいるが、暗闇は深く、何が潜んでいるかも分からない。
まともに吸い込めば肺まで凍りそうな冷えた空気の中、マフラーで覆っていた口元を露出させてからポケットを探った。
「あれ、マジか」
けれども、コートのポケットに目的のものが入っていないことに気付いて、おれは帽子の下で眉を寄せる。
もう一度叩いてみるが、いつもの感触はどこにもない。
「……仕方ねェな……」
残念な思いで吐き出した吐息が、空気の中で白く帯を作った。
更にもう一回確かめてみても何も変わらず、仕方なく船内へ戻ろうとしたところで、ひょいと目の前に何かが差し出される。
「はい、どうぞ」
見覚えのあるパッケージに目を瞬かせたおれの方へ、そんな風に声が寄こされた。
少しずれた小箱の向こうに、おれへそれを差し出している女の顔がある。
「モネ」
「煙草。リビングの方へ忘れていたわよ」
言いながら手へと小箱を押し付けられて、おれはそれを受け取った。
確かにそれは、おれがよく吸う銘柄の煙草のものだ。
くしゃりと折れ曲がった様子から見ても間違いなく、おれが使っている残りだった。
空いたスペースに押し込んであったマッチの箱もそのままで、受け取ったそれを見下ろしたおれは、しかしそこで首を傾げる。
「リビング?」
そんなところで、煙草を出した覚えはない。
戸惑うおれの横で、うふふ、と小さく笑い声がした。
見やった先には、おれへ煙草を届けてくれた女がまだ立っている。
少しサイズが大きいが、きちんと温かそうなコートに身を包み、手袋にブーツに帽子まで被っている彼女は、しばらく前、妹と共におれ達のファミリーへと加入した人間だった。
自分の何もかもを差し出してドフィへ助けを求めて、ドフィがそれに応えた。
そうして救われたあの日、モネのその手が幼い妹を守るように抱いていたのを、何となく思い出す。
おれ達は血よりも濃いつながりを知っているが、モネが自身の妹を大事にしていることも知っている。
あいつは可愛がってやろうとすると脛を蹴ってくるお転婆だが、モネと共にこの船に乗ったのだから、すでにおれ達のファミリーだ。
他にも、おれ達のファミリーには『子供』が何人かいる。
そいつらが集まるのは大体がリビングで、だからこそ、おれがそこで煙草を吸うなんてことは無い。
少し考えてみると、そう言えばドフィが妙に強く背中を叩いて行ったなと思い出した。
おれ達の船長は案外悪戯も好むから、あの時すり取っていったのかもしれない。
ドフィが欲しいのなら新品をやるのにな、なんてことまで考えたところで、ねえ、と声がかかった。
「吸わないの?」
傍らで佇んだまま、そう尋ねたモネが首を傾げる。
ちらちらと未だに空から落ちる雪がその睫毛に少しばかり触れて、ぱちりと瞬きをした拍子に落ちた。
その顔と自分の手元を確認してから、おれはそのままポケットへと手を入れる。
「吸う気が無くなった。寒ィしな」
「あら、そう」
煙草とマッチをしまい込んだおれへ相槌を打つモネは、いつもと変わらない顔をしている。
美人と呼んで申し分ないその顔を見やり、おれは少しばかり息を吐いた。
「わざわざ届けてもらったのに悪ィな」
「本当よ。吸うんだろうと思ったのに」
詰るような言葉を寄こすが、モネの顔は微笑んだままだ。
じゃれる猫のような眼差しを受け止めて、その鼻先がわずかに赤いのを確認したおれは、自分の首に巻いてあったマフラーをひょいと解いた。
暗い色のそれを広げて、両手に持ったままモネへと向く。
ぱち、と瞬きをしたモネに構わず両手でその体を抱くようにしてマフラーを巻き付けると、びくりとモネの体が強張った。
けれども気にせず、一度、二度とマフラーを巻いてやって、それから手を離す。
帽子からつま先までのコーディネイトにまるで合わない暗い色のマフラーを巻かれて、モネは目を丸くしていた。
長い睫毛に縁どられた瞳が、戸惑いの色を浮かべる。
「寒いんならあったかい恰好しとけよ」
その頭を軽く撫でて言葉を放ると、やがてその体からこわばりが解け、モネの手がそっと巻きつけられたマフラーに触れた。
「……まるで子供みたいな扱いね」
「おれから見るとまだまだガキなんだよなァ、残念ながら」
鼻先までマフラーに埋もれたモネに、おれはそう言葉を返した。
小さな妹を抱えて震えながら、それでも『妹』以外の何もかもを差し出すつもりで助けを求めていたモネは、まだまだ小さな子供だった。
もちろん、見た目は成人の女だ。
けれども、助けを乞うことしか選べないほどに幼く弱い。
ドフィを選んだその目は確かだが、それだけだった。
「ナマエはいつもそう」
おれの巻いたマフラーを解くでもなく、言い放ったモネはため息を零したようだった。
少しばかり白い吐息が空気に溶けて、それでもすぐに消える。
その体がそっとこちらへ近寄ってきて、ぴたりとおれへくっついた。
近寄ってきたせいでうつむいたモネの表情は伺えないが、なんだ、と言葉を紡ぐ。
「寒ィんなら船内に戻れよ、モネ」
「ナマエは戻らないんでしょう」
「まァ、おれは、もう少し」
「明日があるんだから早く寝たら?」
若様にも言われていたでしょうと続いた言葉に、まァな、とおれは相槌を打った。
明日はこの島へ上陸する日だ。
そしてなんともどうでもいいことに、〇月◇日でもある。
それはドフィが定めた『おれ』の誕生日で、几帳面なおれ達の神様はその日をしっかり祝ってくれるつもりらしかった。
明日のおれは数人の仲間と共に島へと降ろされて、パーティの準備が終わるまで船へは戻れない。
部屋で寝ていてもいいらしいが、その場合は準備が終わるまで一歩も部屋から出さないと宣言されていて、さすがにそれは退屈過ぎるからと自分で選んだ運命だ。
ついてくるのが誰かは聞いていないが、子供らを押し付けられそうな気もする。
別に構わないが、この予感を信じるなら確かに早めに寝た方がいいだろう。子供の相手と言うのは体力勝負だ。
そして何より、子供らと一緒では、間違いなく煙草は吸えない。
煙草と言うのはただの嗜好品だが、それを好んでいるわけでもない子供に煙を吸わせて咳き込ませるのは、おれとしてはなんとも不本意な話なのだ。
やっぱりもう少しここにいて一服していくか、なんてことを考えたおれにもたれかかるようにして、モネが何やら身じろぎをしている。
どうしたのかと見下ろすと、小さなその手がコートから懐中時計を取り出したところだった。
ついこの間よその船から奪い取った戦利品だ。
かちかちと時間を刻むそれを最初に手に入れたのはおれで、けれども使わないからといつもの通り近くにいた人間に渡した。
そう言えば最近は、よくモネに渡している気がする。今彼女が着ている少しサイズの大きいコートも、もともとはおれの戦利品だったものだ。
「あと三十分ね」
「三十分?」
「そうしたら、一番最初に『おめでとう』を言ってあげる」
時間を確認してそう言い放ったモネに、おれは少しばかり眉を動かした。
どういう意味だと見下ろしてみても、近すぎるモネの表情は窺えない。
身をかがめてその顔を覗き込めば別だろうが、そうするべきかと考えてそれからその考え自体を放り投げたおれは、まあいいか、と肩を竦めた。
子供の気まぐれや悪戯に、大した意味なんて存在しない。
おれの誕生日なんてものを祝おうとするだなんて、よほど暇だったのかもしれない。
仕方のない奴だなとため息を零してから自分が着込んでいるコートの前を開いて、こちらへ寄りかかっている小さな体を内側へしまい込むように抱き込む。
細いモネの体からは、あまり熱が感じられない。
おれは丈夫な方だが、こんなに小さな体を冷やしていては風邪でもひきそうだ。
「それじゃ、タイムリミットまではあっためといてやるよ」
時間が過ぎたら船内へ戻るんだぞ、と声を掛けながら顎をモネの帽子の上へ乗せる。両手でしっかりと抱えているので、少しは温かいはずだ。
「…………ええ、そうするわ」
ほんの少しの沈黙ののち、そんな風に答えたモネの耳は冷えで赤くなっていた。
今度、耳当てを買ってやろうと思う。
end
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