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虚構を想う
※『虚構を見る』の続編で鰐誕
※主人公は微知識トリップ系海兵(後方支援型)
※鰐誕



 去年『今年限りだから』と許容したのはどこのどいつだ。
 俺だ。
 何故そんななんの保証もない確信をしてしまったのだろうか。
 今すぐ過去に立ち戻って自分の肩を叩いてやりたい。
 来年もあるぞと。

「誕生日……おめでとうございます」

「クハハハハ! 表情がかてェなァ」

 機嫌よく笑いながら嘲るようにその目を眇めた海賊が、優雅にソファへ腰かけて足を組んでいる。
 今日は九月五日。
 『サー・クロコダイル』と言う名の、王下七武海様のお誕生日だ。
 珍しく自分から招集に応じたこの海賊に、そっと給仕係からカートを渡されてしまったのは記憶に新しい。
 何故だか俺はこの海賊に気に入られていて、『サー・クロコダイル』が本部にいる間はその世話係となるのである。
 日付なんて気にしてもいなかったのだが、部屋へ入ってきたところで『言いたいことはねェのか』と鈎爪をちらつかされて、どうにか俺は自分の記憶から大事なものを絞り出した。
 去年も思ったが、意外なことにこの海賊は自分の誕生日に拘る男であるらしい。そこまで拘る年齢は過ぎていると思うのだが、これは俺の偏見だろうか。

「食事も何かお持ちしましょうか」

 声を掛ければ作ってもらえるだろうと考えて言葉を紡ぐと、いらねェよ、と低い声が言葉を紡ぐ。
 顔に一本の傷跡が横切り、その片腕の先までも失っている海賊らしい海賊は、海兵が来たというのに無防備にその体をソファへ預けたままだ。
 しかしそもそも俺のようなただの海兵がこの海賊をどうにかできるはずもないので、油断も何もないのだろうか。
 相変わらずの様子を、何となく眺める。
 『サー・クロコダイル』は、俺が生まれて育ったあの世界で発表されていた、漫画やアニメやゲームのキャラクターだった。
 主人公の敵で、そこそこ人気がある。
 ゲームセンターのプライズで見かけたこともあるし、コンビニくじの賞品棚でも見たことがあったし、たまに見かけたゲームの広告でも見たような気がする。
 コミックスを集めたりするほどでもなく、たまに読む程度だった漫画を詳しくは知らないが、多分どこかのあたりのボスキャラだったんだろうなとは思う。
 今『サー・クロコダイル』が常駐している場所を考えるに、アラバスタ編とか言われていたんじゃないだろうか。
 手元にあれば確かめられることだが、ふと読みたくなった時にどこかで読めるようなものでもないのが残念だ。
 小さなサイズの柔らかい紙で作られた本を思い出し、懐かしいなァなんて思っていたら、ふと頬に風が触れた。

「………………なんと……」

 それと同時に手で触れていたものが軽くなったという事実に手元を見下ろして、思わず呟く。
 ただの補給係ではあるが、今の俺は、給仕係も兼務している。
 だから当然、カートを押してこの部屋へと入った。
 ちゃんとコーヒーも配り、何なら目の前で毒見もして終わらせたのだ。
 カートは鉄製で、少し重たい。俺はまだ押しなれていないので、方向転換には少し手間取っている。大切な備品だ。
 その、今日までいろんな海兵や給仕係の相棒を担ってきたのだろう配膳カートが、取っ手から本体までの間に空間を作っていた。
 俺が掴んでいた筈の取っ手がただの鉄の棒へと変貌し、そしてカート本体の角が欠けている。足元に積もった銀交じりの砂が、さり、と少し音を立てた。

「…………備品を破壊するのはいかがなものかと……」

 元取っ手を持ち上げて、とりあえずソファに座る相手へ進言する。
 ふん、と俺の言葉に鼻を鳴らして、クロコダイルがわずかに首を傾げた。

「酷ェ言われようだ。現場を見たわけでもねェだろうに」

「この場には自分とそちらしかいませんが」

 どういう言い逃れの仕方だと眉を寄せつつ、俺は主張した。
 俺の発言を聞いて、何故だかクロコダイルがクハハハと笑う。

「分かってるじゃねェか、ナマエ。ここにはおれとお前だけだ」

 何かを楽しむようなその発言は、しかしただの事実だ。
 クロコダイルの右手が動いて、指にはまっているいくつかの指輪の宝石が光った。

「海賊を前にして、よくもまァ気を逸らせるもんだな」

 次は首と体が生き別れになるぞと、とても怖い発言がそれに続く。
 目つきが少しすわっていて、さっきまで機嫌が良かったはずの相手が不機嫌になっているということに俺はそこでようやく気が付いた。
 秋の空のように変わりやすいのは女心だけだと思っていたのだが、『サー・クロコダイル』は相変わらず気分屋だ。
 まだ会議は始まらないのだから、どうにか機嫌を良くしてもらわなくては困る。
 少し焦った俺をよそに、来い、とクロコダイルが膝の上に乗せていた鈎爪を揺らした。
 鋭く、簡単に布地や紙に穴をあける切っ先が、わずかに光を弾く。
 なんとも物騒だが、俺に拒否権などあるはずもなく、俺は相手に言われるままにそちらへと近寄った。

「想定より船が早く着いちまった、まだ会議は始まらねェとみえる」

「ええ、はい、まァ」

「ならナマエ、てめェはおれをもてなす義務があるな?」

 問うような形をしてはいたが、それは断定だった。
 寄こされた言葉を吟味して、なるほど、と俺は納得する。
 どうやらこの目の前の海賊は、暇つぶしの道具の一つも持たずに海軍の船に乗ったらしい。うっかり忘れたんだろう。

「…………何か読み物でも?」

「会議がはじまりゃ紙屑を寄こされるじゃねェか」

「映像電伝虫などは」

「質の悪い歌劇にゃ興味がねェな」

「散歩など」

「海軍本部を好きに歩いていいとは初耳だ」

 俺の提案が、ことごとく蹴飛ばされる。
 食事を決めかねる彼女か何かみたいだなと何となく思いつつ、しかし浮かぶ提案を全て出してもことごとく却下されてしまった俺は、ええと、と声を漏らしつつ少しばかり考えた。
 ちらりと見やった時計の針はまるで動いておらず、会議の開始まではまだまだ時間がある。
 放置しておいてさらに機嫌が悪くなったら、クロコダイルはそのまま帰りかねない海賊だ。
 さすがに頭ごなしに怒られたりはしないだろうが、俺の覚えが悪くなるのはとても困る。仕事には生活が懸かっているのである。

「…………それでは、何かお茶請けをお持ちしますので、何か自分とお話でも。いい暇つぶしが思いつくかもしれませんし」

 けれどもやっぱり何も浮かばず、俺は苦し紛れにそう伝えた。
 これでも拒否されたらどうしようかなと考えながらのそれに、クロコダイルが短く舌打ちを零す。
 しかしそれでも、今度は却下するでもなく、少し前に傾いていた体が改めて背もたれに背中を預けた。

「仕方がねェ、それで妥協してやる」

 本当に仕方がなさそうに、そんな風に紡がれた言葉に、俺は目を瞬かせた。
 食事は断ったのに、お茶請けはありなのか。甘いものの気分だったのかもしれない。
 この機会を逃す手はないだろう。

「それではすぐに」

「三分だ。それ以上おれを待たせるんじゃねェぞ、ナマエ」

 きっぱりとした言葉で紡がれたそれに、はいと返事をして両手を動かす。
 取っ手を失った哀れなカートを押し、バランスの悪いホイールがごろごろと音を立てるのを聞きながら素早く部屋を出た俺は、とりあえずそのままカートを片付けに行くことにした。
 ほとんど走るようにしながら押しているせいで、カートの音がとてもうるさいが仕方ない。

「えっと、茶請け、茶請け……クッキーでいいのか?」

 せんべいなんて持っていったら嫌がられるだろうし、そもそも先ほど運んだコーヒーに合う気がしない。
 まあとりあえず何か頼んで出してもらうかと考えてカートを片付けに行った俺は、何とも幸運なことに、調理係が作り終えたばかりのケーキを一人分だけ手に入れることが出来た。
 持ち込んだケーキに何故かクロコダイルは少し微妙な顔をしたが、誕生日に拘るんだからもう少し喜んでくれてもいいんじゃないかと思う。

「ろうそくも必要でしたか?」

「馬鹿にしてェってんなら、その顎を今すぐ砂に変えてやるが?」

「いえ誕生日をお祝いしたいだけで、そんなことは」

 ありません、とまで紡げなかったのは、口に一口分のケーキを押し込まれたからである。
 無理やり俺に毒見をさせたサー・クロコダイルは、その後はケーキを一人で食べてしまった。
 どうやらやっぱり、甘いものの気分だったらしい。
 こういうのもギャップ萌えと言うんだろうか。
 俺にはよくわからない話だ。



end


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