- ナノ -
TOP小説メモレス

お大事に
※『おかきvs煎餅vsあられ』設定
※若センゴクさんと同期主人公(恐らく転生系トリップ主)と若おつるさん



「こいつはまた、派手にやったね」

 そこに座っている男の姿を認めて、つるの口からそんな言葉が漏れた。
 軽く笑いながら、執務机にすら向かっていない男がローテーブルの上の書類を触る。

「俺だって体は丈夫な方だと思うんだがなァ……」

 しみじみと呟いたナマエの体には、あちこちに白い包帯が巻き付けられていた。
 片足に至っては折れたのが一目で分かる格好で、横に置かれた松葉杖は新品だ。
 差し出された書類を受け取りながら、家で休んでたらいいじゃないか、とつるは言葉を口にした。
 仕事が立て込んでるんだよなと言い返してくるナマエは相変わらず書類の山を相手にしているところで、そのことにふんとつるが鼻を鳴らす。

「他の連中にさせりゃいいのさ、そんなもの」

 あっちは元気なんだろう、と紡いだつるが脳裏に浮かべているのは、常日頃、元気の有り余っている同期の海兵達だ。
 ロジャー海賊団と遭遇したという報告が入ってすぐに飛び出していった二人は、なんだかんだで軍艦を一隻潰して帰ってきた。
 相手側にもいくらか痛手を負わせたという話だが、憎きオーロ・ジャクソン号は嵐に荒れる海の中を進んで消えたらしい。

「大体、読み間違えたアンタも悪い」

「まァ、まさかすぐそばの島に『白ひげ』がいるとは気付かなくてな」

 真横からの衝撃波がと続けられた言葉に、つるは目を瞬かせた。
 戸惑いを浮かべた相手に、まだ報告が行ってなかったか、とナマエが少しばかり笑う。

「……なんだい、まさか同盟を組む密会でもしてたってのかい」

「どうだろう。集まってプレゼント交換でもしてたんじゃないか?」

「海賊が?」

「あいつら仲良しだよな」

 冗談を口にした男の手が書類をまとめて、残りをまたつるの方へと差し出した。
 どうやら件の報告書らしいそれを受け取り、海賊共に『仲良し』も何もないだろうに、とつるの口がため息を零した。
 同盟だのなんだのと徒党を組むことはあるが、海賊と言うのは基本的に自由気ままだ。
 悪逆の限りを尽くす者もいれば、義賊まがいの行動をとる連中もいる。
 どちらにしてもすべてが海軍の敵であることは間違いなく、好意的に見てやることもできはしない。

「それより、仕事が終わったんならさっさと帰りな」

「報告書しか仕上げてないから」

「だから、残りは他に任せろって言ってるんだよ」

 執務机にすら向かえず、ソファに座ってローテーブルで書類を片付けている男へつるが言うと、ナマエがぱちりと瞬きをした。
 不思議そうなその顔を見下ろして、さっさと帰ってその怪我を治してこいとつるが命じる。

「アンタが元気にならないと、目障りな顔をした奴がいるんだから」

 大きい体をしょんぼり縮めて、神妙な顔で作業を行っていた同期を思い浮かべる。
 言い渡された『罰』を受ける為に軍港へ入った男は、確かに日頃からにこにこと愛想よくしているわけではないが、それにしたってこちらの気が滅入るような顔だった。
 つるの言葉が誰を示しているのか分かったのか、ああ、と声を漏らしたナマエが、少しばかり困ったような顔をする。

「気にするなって言ってるのに、聞いてくれないんだよ、センゴクの奴」

 そうは言うが、安全を第一に行動するナマエが怪我をしたのなら、それはナマエの『特別な誰か』が危険な目に遭いかけたからだ。
 となれば、自分が原因で仲間にこれだけ大怪我をさせて、平気な顔をしている海兵と言うのもそうはいないだろう。
 馬鹿なことを言い出した相手を睨みつけたつるは、ひとまず目の前の男から書類の全てを奪い取った。







 海が荒れ、雨が降り注いだ。風がうねり、高く上がった波が容赦なく船を揺らす。
 『またな!』と近所の悪ガキのような言葉を投げつつ手を振っていた海賊に苛立ち、砲撃を命じたのは確かにセンゴクだった。
 しかしそこで邪魔が入り、壊れたのは海軍の軍艦だ。
 何かを察知してセンゴクを押しやったナマエが、一番その現場に近かった。

「休憩時間だって噂を聞いたんだが、誤報だったか?」

 ひょい、と顔を覗き込まれて、センゴクはびくりと体を後ろへ引いた。
 唐突に人の視界へ現れた男が、センゴクのそんな反応に笑っている。
 軍港の端、『罰』としてのあらかたの作業は終わりを迎えていた。
 休憩を取った後は執務室へ戻らなくてはならないと、そんなことを考えつつ休んでいたところだ。

「……その情報は確かだ」

「それにしちゃあ暗い顔をしてるなァ」

 木箱に腰掛けたセンゴクへそう言いながら、ナマエが笑う。
 その体はおかしな風に傾いていて、片手で握った松葉杖がその体を支えていた。
 折り曲げた片足は石膏で固定されていて、完治には時間がかかるということはセンゴクも軍医に聞いたので知っている。
 センゴクを押しやり、そのせいで『白ひげ』側からの強烈な攻撃を避けきれなかったナマエは、体のあちこちに怪我をした。
 何故庇ったのかと尋ねたセンゴクへ、よろけてたまたまそう言う姿勢になっただけだとナマエは笑い飛ばしたが、それがナマエの唱える優しい嘘だということは誰が見ても明らかだ。
 センゴクやガープは戦闘に特化しているが、ナマエや、他の海兵たちは違う。
 真横から攻撃を仕掛けてきた不届きな『白ひげ』連中に砲弾をいくらか打ち込みついでに投げ込み、最終的には撤退したが、誰より一番大きな怪我をしていたのはナマエだった。
 本人は気にせず出勤しているが、できれば大人しく家で寝ていてほしいというのがセンゴクの意見だ。

「大丈夫、今日はもう帰るよ。つるにも怒られちゃったし」

 注がれた視線から言葉を読み取ったのか、ナマエはそう言い放ち、軽く肩を竦めた。

「俺がちょっとか弱いせいでそんな顔をされると、さすがに傷つくんだが」

「……お前がか弱いと思ったことは無いが」

 言い返したセンゴクへナマエが笑う。
 その表情はいつもの通りなのに、少し傾いた体とその体のあちこちに巻かれた包帯が、ナマエが怪我をしているという事実をセンゴクへ思い知らせた。
 自分が出陣するのだからと、ナマエを連れて行ったのはセンゴクだ。
 ただの部下だったとしても自責の念には駆られるというのに、ましてやナマエは、センゴクの『特別』だった。
 指一本欠けはしなかったとは言え、落ち込むなと言う方が難しい。
 けれども、当人はといえば一言だってセンゴクを責めることなく、体を松葉杖で支えながら片手を動かした。
 肩から下げていた鞄を探って、その手がひょいと包みを取り出す。
 紙袋らしいそれを見上げたセンゴクの前に、持ったものがそのまま差し出された。

「ほら、センゴク。今日のおやつだぞ」

 いつものようにそう言われて、差し出されたものが上下に振られる。
 思わずそれを受け取ったセンゴクは、そちらから漂う甘い匂いにわずかに目を瞬かせた。

「クッキーか?」

 ナマエが時折焼くものと、同じ匂いがする。
 正解、と言ってナマエが笑うので、ひとまず紙袋を開く。
 どう見ても市販ではなさそうなクッキーが数枚、紙袋の中に転がっていた。

「……その体でわざわざ作ったのか……」

 片足が使えず、あちこち痛むだろう体の男へ視線を戻すと、腕は両方大丈夫だしなァ、とナマエが答える。
 そうは言うが、あれこれと作業するには、不便なことに変わりは無いだろう。
 基本的には買ったものを配るだけだというのに、わざわざ今の状況で菓子作りなんていう日常には全く必要のないことをした男を、センゴクの目が見つめる。
 恐らく視線に呆れがにじんだのだろう、それを見返したナマエが、なんだその目は、と少しばかり眉を寄せた。

「センゴクが暗い顔して仕事してるから、ちょっとは喜ばせてやろうと思ったのに」

 頑張って作ったんだぞと言葉が続いて、センゴクは少しばかり困惑した。
 ナマエがこうして駄菓子を配るのは、いつものことだ。
 渡す相手に基準があると気付いてからは、確かに毎回、それを渡されることをひそかに喜んでいた。
 しかし、決してそれは表には出したことが無かったはずだ。
 嫌な汗が背中を濡らして、鼓動が大きく音を立てる。
 動揺するセンゴクをよそに、やれやれと息を漏らしたナマエが、少しばかり曲げていた背中を伸ばした。

「センゴクって意外と甘いの好きだろう。ちゃんと甘くしたから、美味しく食べてくれ」

「あまい、の」

「俺が最初の頃に作ってたクッキー、って言えば分かるか?」

 寄こされた言葉に、センゴクは自分の記憶を反芻した。
 買うだけじゃなくて作ってみた、と言ってナマエが持ち込んだあの日の『おやつ』は、そう言えば確かにクッキーだった。
 砂糖の量を間違えたのか随分甘くて、しかし初めてナマエから振舞われた『手料理』を、喜んで口にした覚えは確かにある。

「まあ、作りすぎちゃったから、しばらくは俺の飯もそれなんだけど……明日も同じの持ってきてやるからな」

 もうずいぶん昔の、そんな些細な話を持ち出されてどんな顔をすればいいのか分からないセンゴクをよそに、ナマエが言う。
 善意がすべてを占めているようなその顔を見上げ、落ちてきた相手の言葉の意味を認識して、センゴクの眉間に皺が寄った。
 厳しい眼差しを向ければ、真っ向からそれを受け止めたナマエが少しばかり首を傾げる。
 しかし、そんな少し幼い行動をされたところで、センゴクに今の言葉を受け入れることは出来そうになかった。

「…………今日はもう上がりだと言ったな、ナマエ」

「ん? ああ」

 センゴクが尋ねれば、ナマエは頷く。
 頭痛がしそうなほどの無防備さだが、ナマエからの信頼の証だと思えば、センゴクにそこを詰ることは躊躇われた。
 しかしその代わり、今日、ナマエの自宅へ押しかけることは決定したようなものだ。
 たかだかクッキーを夕食の扱いにするなど、どこの誰が許そうともセンゴクが許さない。きちんと栄養を取らねば、治る傷も治りはしないのだ。
 調理の腕はそれほどでもないが、少なくとも甘いクッキーだけよりはまともな食事になるはずだ。

「覚悟しておけ」

「え? なにを?」

 唸るセンゴクに、ナマエが困惑に満ちた声を漏らす。
 ぱちぱちと目を瞬かせた海兵の自宅へ押しかけたセンゴクが、相手の足が治るまで連日同じ行動を繰り返したことは、二人だけしか知らないことだ。



end


戻る | 小説ページTOPへ