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コーヒーブレイク (1/2)
※『旗上げの夜』『ももいろトラップ』の後の話
※クロコダイルが戦争編前に脱獄して一部のBWと共に船出中
※空島〜ロングリングロングランドの間くらいの時期
※カラーズトラップに対する捏造注意



「ちょっと、ナマエ。私達は仲間だからちゃんと教えてあげるけど」

 そんな思いやりの混じった前置きと共に、ショートカットの彼女が俺を見下ろす。
 革靴を磨いていた手を止めながら何の話だろうかとそちらを見上げると、眉間にしわまで寄せて鋭くこちらを睨みつけた彼女が、言いづらそうに口を動かした。

「あなたの淹れるコーヒー……不味いわよ」

「あ、うん」

 俺もそう思うので頷くと、は、と少し気の抜けた声が落ちてきた。
 それから素早く屈みこんできた相手が、俺と目線の高さを合わせる。

「あなた、わざと不味いコーヒーを淹れてるわけ!?」

 かなり小さな声で非難がましく問いかけられて、ええと、と声を漏らした。
 この船の上での食事は、基本的に決められた人間が作っている。
 目の前の彼女は製菓に関しては例外を受けているがチョコレート専門だし、俺も基本的には雑用ばかりしている。
 彼女の言うコーヒーだって、基本的には決められた時間に決められた人間へ運ぶために淹れるものだった。
 今朝の分の余りがなくなっていたので誰かが捨てたんだと思っていたが、どうやら目の前の彼女が飲んでいたらしい。

「サーがどうも、そう言うコーヒーを望んでいるみたいなので……」

「サーが!?」

 革靴を片手に答えた俺へ、どういうことなのとミス・バレンタインがこちらを見つめる。
 説明をしろとねだられていると感じたので、俺は持っていたブラシを置き、空いた手を広げて見せた。

「まず、俺はそう言う教育を受けてこなかったから、基本的に俺が出すコーヒーはあのくらいだったんだ」

 言葉と共に指を一つ折り曲げて、俺は傍らに屈んだ彼女を見やった。

「それに、俺よりMr.1の方がなんでもできるし、あっちが淹れるコーヒーの方が間違いなく美味しい」

 寝起きの一杯以外では、クロコダイルだってダズに声を掛けている。
 あまった分を飲ませて貰ったことがあるが、俺が目分量で適当に淹れるものより遥かに旨かった。

「だからそっちがいいんじゃないかと提案したけど、サーは相変わらず『寝起きの一杯』を俺に頼む」

「…………」

「つまりサー・クロコダイルは、寝起きに不味いコーヒーを飲みたいタイプなんだと思うんだ。ほぼ毎日だし」

 指を四つ折り曲げたところで、俺はその結論を口にした。
 そうなると、せっかくダズに手習いしてコーヒーをうまく淹れられるようになっても、その通りに美味しく淹れるという選択肢は選べない。
 俺はクロコダイルに毎日を快適に過ごしてほしいし、寝起きに不愉快な思いなんてしてほしくないのだ。
 俺の言葉に、こちらをしばらく見つめたミス・バレンタインが、少しばかり首を傾げる。

「…………ナマエ、あなた、もしかしておバカさんなの?」

「えっ」

 どことなく呆れの混じる目線を向けられて、俺は思わず目を瞬かせた。







 サー・クロコダイルが目的を定める船は、基本的にどこへ向かっているのかも俺には分からない。
 けれどもその時々で物資を補給する必要があって、その為に立ち寄った島だった。
 脱獄した海賊達として随分な懸賞が掛けられている彼らは当然雑務などしないので、基本的に物資の補給などはそれ以外のクルー達が行う。
 俺はどうしてか『それ以外』の方に含まれておらず、けれども欲しいものがあるからと船を降りてきたところで。
 その俺が今少しばかり冷や汗をかいているのは、多分、すぐそばに座る小さな彼のせいだ。

「ありがとう、お前いいやつだな!」

 嬉しそうな顔でそう言いながら、片手にワタアメのついた棒を持っている誰かさんが寄こす言葉に、こちらこそごめんな、と声を掛ける。
 道を歩いていたら、ふいに柔らかいものを踏んだ。
 何かと思えばそれは道に落ちたワタアメで、その持ち主が絶望の淵に放り込まれた顔をして片手を差し出していた。
 相手が転んだのは明白で、見つけてしまったその顔にそれが『誰』なのか気付いた俺はとてつもなく焦ったが、当然ながら、相手は俺のことなんて知らない。
 『トニートニー・チョッパー』なんて名前の海賊は、俺が弁償したワタアメを手にしてご機嫌だ。先ほどまでの絶望など欠片も無い。

「この後はどこに行く予定なんだ?」

 『また歩いて転んだら嫌だろう』と声を掛けて座らせたベンチで、並んで座りながら尋ねる。
 本屋だと応えつつワタアメを口にしたトナカイ船医は、うきうきと足を揺らした。
 そうやっていると、それはもうとても可愛い。
 しかしその正体は麦わらの一味だ。

「いい本があったから見てくるといいって、ナミが……えーっと、おれの仲間が言ってたんだ」

「へえ、そうなんだ。探してる本でもあるの?」

「うーん、おれは医者だから、医療に関する本があると嬉しいんだけど」

 目的は決まってないと口にする傍らの小さな船医に、そうなんだ、ともう一度相槌を打った。
 嘘を吐いたら目で見て分かる相手だろうし、その言葉に嘘は無いだろう。
 しかし問題は、この島に麦わらの一味がやってきているということだ。
 クロコダイルは島へ降りないと聞いていたが、他のバロックワークスの面々がどこかで『主人公』達と遭遇しないとも限らない。
 俺が知っている通りに進んでいた筈の世の中は、あの日クロコダイルが迎えに来てくれたあの時に、俺が知っている『話』から逸れてしまった。
 その結果、クロコダイルがどうなるのかはもう分からない。
 クロコダイルの為にも、このまま接触しないままで通り過ぎてほしいところだ。

「……なあ」

 決して良い意味ではない方向にドキドキと高鳴る心臓に息を零すと、すぐ横から声を掛けられた。
 それを辿って視線を向けると、ワタアメを半分くらい食べ終えた相手が、気遣わしげな目でこちらを見上げている。

「すごい顔色だぞ? どこか具合が悪いのか?」

 おれが診てやろうかと寄こされた言葉に、俺は自分の顔にまで汗がにじんでいるのに気が付いた。
 片手で軽くそれをぬぐって、一つ深呼吸をする。

「……いや、大丈夫だよ。ちょっと暑いだけ」

「熱中症でも危険なことがあるんだ、暑いならもっと涼しい格好をしないとだめだぞ」

「分かったよ、チョッパー先生」

「ん!」

 俺の言葉に誤魔化されてくれたらしい相手がこくりと一つ頷いて、それから、あれ、と一つ首を傾げた。

「なんでおれの名前知ってるんだ?」

 そうして寄こされた問いかけに、俺は自分が失敗したことに気が付いた。
 これはもう不味い。そう判断して、素早くベンチから立ち上がる。

「そろそろ行かないと。君は食べ終わってから移動した方がいいよ。じゃあね」

「あ、おい?」

 きびきびと言葉を放り、忘れ物が無いことを確かめてから軽く手を振って、俺はその場から歩き出した。
 呼び止めようとする声が聞こえたが気にせず、素早く足を動かして遠ざかる。
 危ないものには近づかない『キャラクター』だったはずだから、すぐに追いかけてきたりはしないだろう。
 しかしそれでも、相手には動物の鼻がある。
 そうなれば向かう方向は一つしかなく、俺は一番近くにあったその店へと足を踏み入れた。

「すみません、これ一つ」

 かなり匂いがきつそうな香水の瓶を掴んでしまったが、まあ、仕方のないことだ。







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