無邪気 | トルマリン
※notトリップ主人公が男児注意
うれしい、と言ってくれるものを贈りたい。
だって今日は、マルコの誕生日なのだから。
「へえ、それでこれにするってことか」
「うん!」
きらきら輝く石を見せたナマエに、サッチがふうんと声を漏らした。
その手がつまみ上げている透明な石は、ナマエがこの前手に入れた宝石だ。
原石を手に入れたのは半年も前で、価値があるというそれを贈り物に定めたところ、それを綺麗な形にしてくれると言った仲間達の手に渡り、そうして帰ってきた。
大きさはナマエの掌に余るほどで、とても透明で綺麗になった。
電気が出る石だという話で、特殊な機械に入れると灯りを長い間灯せると聞いたからこれにしたのだ。
「だってマルコ、いつも夜おきてるもん」
カンテラの灯りを頼りに書き物をしたり読み物をしていたりするマルコをナマエは知っている。
ナマエを寝かしつけながら書面をめくるマルコを眺めているうちに眠ってしまうのが、いつものナマエの日課なのだ。
「倉庫にキカイあったよ、あれでつかうんでしょ?」
「ん? ああ、そういやむかーし使ってたな。宝石がもったいねえって片付けられちまったんだった」
両手を出しながら言葉を放ったナマエに、宝石を返したサッチが言葉を紡ぐ。
その手が軽く自分の顎を撫でて、でもよ、と口を動かした。
「そういう使い方より売っちまって、その金で色んなもの買った方がいいと思わねえか? マルコの誕生日プレゼントもだけど、お前も欲しいもんたくさんあるだろ、ナマエ」
にんまり笑いながら寄こされた言葉に、ナマエの目がぱちりと瞬く。
宝石というものは、とても価値があるものらしい。
ナマエにはよく分からないが、周りの大人がみんなそう言うからそうなのだろう。
その目がちらりと自分の手の上の大きな宝石を見つめて、それから小さな手がそれをぎゅっと握りしめた。
「……でも、おれ、これあげたい」
「やったらマルコが売っちまうかもしれねえぞ?」
「いいよ、あげたものはマルコのだもん」
使っているところを見てみたいが、それよりマルコの役に立つ方法があるなら、それでもいい。
そんな気持ちで言葉を投げて拳を握ると、やれやれ、とサッチが肩を竦めた。
美味しいご飯を作る手が伸びてきて、ナマエの頭を軽く撫でる。
「こりゃあ止めてやれねェなァ」
「うん? とめる?」
「マルコが大好きだなァって話だ」
「うん! おれ、マルコだいすき!」
よしよしと頭を撫でながら言われた言葉に、ナマエはぱっと笑顔を浮かべた。
ナマエがマルコに出会ったのは、ほんの三年ほど前のことだ。
海を流れて死にかけていたナマエを拾って、大事に優しく扱ってくれた。
今ではすっかりいっぱしの海賊のつもりだが、小さくて幼いナマエは、今でもマルコや他の家族達に可愛がられている。
そんなマルコの誕生日に、素敵なものを贈れるというのは何とも嬉しい。
「じゃ、そんなナマエくんの為に、おれァこれからおやつを作ります」
「わーい!」
「まだ何のメニューかも話してねェぞー」
宣言と共に手を離され、それへ歓声を上げると、呆れたように笑ったサッチが袖をめくった。
それを見上げながら、サッチが作るのはなんでもおいしいからなんでもうれしいよ、とナマエの口が素直に言葉を零す。
それを聞いて、どうしてか笑顔になったサッチは、もう一度乱暴にナマエの頭を撫でてから、後でとりに来いよ、と言った。
「美味しいケーキを作ってやるからな」
「ケーキ!!」
それは、今日がマルコの誕生日だからだろうか。
白くてふんわりしたクリームと柔らかいスポンジ、美味しいイチゴが織りなす魅惑の味を思い浮かべたナマエに、サッチが笑う。
そのまま厨房へ向かったサッチへ手を振って、ナマエは改めて手元の物を握りしめた。
それから、先ほど取り出した包みへ宝石を戻して、丁寧に封をする。
鞄へそのままそれをしまい込み、きちんと片づけをしたことも確認してから、よし、と頷いて椅子を降りた。
勇ましく足を踏み出して、食堂を出たナマエが向かうのは間違いなく一部屋だ。
マルコがよくいる部屋へとたどり着き、そうして覗き込めば案の定、尋ね人は椅子に座って本を読んでいた。
「マルコー」
「……ああ、ナマエか。どうかしたかよい」
声を掛ければ本を閉じてくれて、少し笑った相手がナマエを手招く。
優しいそれに従って、相手へ近寄ったナマエは、鞄から取り出したものをマルコへ向けて差し出した。
「はい、これ! たんじょーびおめでとう!」
プレゼントだと示しながら、にっこり笑った子供の手が贈り物を押し付ける。
寄こされたそれを受け取って、マルコが何故だか少しばかり顔を逸らした。
「……サッチの野郎……しくじったのかよい……」
「……マルコ?」
低く漏れた声は不穏な空気をはらんでいて、ナマエはそっと眉を下げた。
きっと喜んでくれるだろうと思っていたのに、もしかして、ナマエからの贈り物なんていらなかったんだろうか。
おず、と少しばかり身を引くと、すぐにマルコがナマエの方を見下ろした。
仕方なさそうに、それでも微笑みを浮かべて、その手がひょいとナマエの体を持ち上げる。
贈り物の箱を本と一緒に傍らのテーブルへ置き、子供を自分の膝へ乗せて、マルコの目がナマエの顔を覗き込んだ。
「ありがとよい、ナマエ。祝ってもらえるのは嬉しいもんだ」
「……うん!」
「だが、そんなにおれに尽くさなくってもいいって、前にも言わなかったかい」
よしよしとナマエの頭を撫でて、マルコがそんな難しいことを言う。
よく分からなくて首を傾げると、まだわかんねえか、とマルコは勝手に結論を出したようだった。
その代わりのようにもう一度頭を撫でてから、片手がナマエの背中を支える。
「来年には物の価値も分かってるだろう、後悔したら言えよい」
「こーかい?」
「まァ、あれだ。サッチのやつに菓子でもねだりに行くか」
話をぐるぐる変えられて、よく分からないながらも頷きかけたナマエは、そこではっと思い出し、その両手をマルコへ添えた。
「今日はケーキ作るって! さっきいってた!」
きっとそれはマルコの誕生日ケーキだ。ろうそくを立てて火をつけて、みんなで歌でも歌わなくては。
チョコのプレートがあったらマルコに食べてもらわなくてはと意気込むナマエに、へえ、とマルコが声を漏らす。
少し浮かしかけていた腰を検めて落ち着けて、その手がナマエの体をくるりと回した。
相手の胸に背中を預ける向きにされて、抵抗もしなかったナマエの膝に、先ほどマルコが広げていた本が乗せられる。
「それじゃ、出来るまでおれと一緒に読書でもするか」
「うん!」
からかうように提案された言葉に、ナマエが笑顔で返事する。
それにまた少し戸惑った様子のマルコは、しかし有言実行する男らしさを持っているため、ぱらりとその手で本を開いた。
マルコの読んでいた本はとても難しかったが、マルコと一緒に過ごせる時間はいつだって、ナマエの宝物なのだった。
end
戻る |
小説ページTOPへ