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指輪
※トリップ主は白ひげクルー



「何が欲しいですか、マルコ隊長」

 真剣な顔でそんな風に言葉を寄こされて、マルコはぱちりと瞬きをした。
 世界は広く、長らく海を渡る白ひげ海賊団にも、未開の地というのはいくらでも存在する。
 そのうちの一つである島へとたどり着いたのは、昨晩の真夜中頃だったはずだ。
 到着を知らされて船を飛び降りたのが一部、朝が来て意気揚々と島へ繰り出すものが大半だった船の上で、今日のマルコは船番に担当を割り振られていた。
 今日という日付を知る一番隊の何人かが『代わり』を申し出てきたがそれを笑って断って、人の減った船の上でのんびりと薬や包帯の在庫確認をしておこう、と決めたのは朝食頃のこと。
 確か他の連中と共に船を降りていた筈の目の前の男が、わざわざマルコのところまで戻ってきたのが、昼食も終わった昼下がりである。

「なんの話だよい」

「誕生日だって、聞きました」

 戸惑いを乗せて言葉を紡いだマルコへ、男がそう言い放つ。
 その後ろに『おめでとうございます』と言葉を重ねられて、マルコは軽く頭の後ろを掻いた。

「……別に、逐一祝ってもらって喜ぶような年齢でもねェよい」

「でも、めでたい日です」

 生まれてきてくれてありがとうございます、とまで言葉を重ねる男は、真剣そのものの顔をしている。
 相変わらずな相手に、マルコの口からはわずかにため息が漏れた。
 『ナマエ』という名の目の前の男は、とても真面目な人間だった。
 嘘と言うものを基本的には口にしないし、世辞やゴマすりが下手くそだ。
 真四角な人格はどちらかと言えば海賊より海軍の方が向いていそうな気もするが、美しいものばかりではないこの世界で、ナマエを手元へおくことにしたのはマルコだった。
 波間に揺蕩う小舟の上で、倒れ伏したナマエを見つけたのがマルコだったからだ。

『生きてるじゃねェか。何してんだよい、こんなとこで』

 食料もなければ飲み水すらもなく、小舟にただ一人倒れていた相手を蹴り起こして尋ねたマルコに、起き上がった男は困惑しきった顔をした。
 周囲を見回し、それからマルコを見上げて、申し訳ないんですが、と前置いてから寄こされた言葉を、マルコは今でも覚えている。

『俺の名前……知りませんか?』

 迷子の顔をして言い放った男は、間違いなく記憶喪失だった。
 最初は嘘をついているのかと疑ったが、数日共に過ごすうちにそれは杞憂だったとマルコは理解した。マルコが名付けた名前を名乗る男は、至ってまじめな普通の人間だ。
 拾ったものは自分のものにして構わないという船の掟によって、一番隊に入ったナマエはそれはもうよく働き、今ではもう、見た目でわかるほどに海の男の顔をしている。
 そして、相変わらず、男の落とした記憶の行方は分からない。
 思い出せばモビーディック号での記憶を失うかもしれない、という話が出てからは、本人が積極的に記憶を取り戻す方法を試さなくなってしまった。
 もしも海賊であった頃の記憶を失ったら船から降ろされてしまうのではないかと、そんな馬鹿馬鹿しい危惧をしているらしいとマルコが耳にしたのは、ほんのしばらく前の宴でのことだ。

「それで、何か贈り物を用意しようと思ったんですが」

 片手に本を持ったまま、椅子の背もたれへ背中を預けたマルコへ向けて、ナマエがそう言い放った。
 寄こされた言葉にマルコが片方の眉を動かすと、じっとマルコの方を見ていた男が、少しばかり困った顔をする。

「いろんなものがありすぎて、決められなくて……」

「ナマエは優柔不断だからねい」

「い、いつもはちゃんと選んでます!」

 マルコの発言へ異議を申し立てた男に、その後でもずっと選ばなかった方と比べてるだろうに、とマルコは軽く肩を竦めた。
 自分の物だったならそうでもないようだが、どうにもナマエは、『誰かのために』何かを選ぶのが苦手らしい。
 先日『白ひげ』の誕生日プレゼントを買いに出たときは、確か最終的にマルコへ選ばせていたのではなかったか。
 いや、思えば他の誰かの誕生日の時も、うんうん唸っては助けを求めに来ていたような気がする。
 記憶を探り、仕方のない奴だと胸の内で言葉を零したマルコは、ひょいと自分の左手を相手へ向けて差し出した。
 唐突な行動に驚いた様子のナマエは、しかしマルコがひらひらと掌を揺らせば、その意図を組んで両手でマルコの片手を支えにやってくる。
 船乗りらしいざらついた指がマルコの掌をわずかにくすぐり、こそばゆさに笑ったマルコの指が、ナマエの手元で蠢いた。

「あ、あの……?」

「この手に合う指輪」

「え?」

「欲しいもん、聞いたじゃねェかよい」

 おれァ答えたぞ、と言葉を放ったマルコの前で、ぱちぱちとナマエが瞬きをする。
 不思議そうな眼がマルコの左手へ注がれて、ややおいてからその手がいまだ蠢いていたマルコの指を掴まえた。
 ポケットから何やら紐まで取り出して、明らかにサイズを測っているのを見やり、二つな、とマルコはナマエへ言葉をなげる。

「片方は予備にするから、同じの二つにしてくれよい。あんまり派手なのは勘弁だ」

「はい」

 今度は素直に頷いたナマエが、マルコの指のサイズを測り終えたのかマルコの掌を手放した。
 解放された手をおろしたマルコが見やった先で、真面目な顔で『行ってきます』を告げたナマエが、すぐさまくるりと踵を返す。
 駆け足で去っていく足音を聞きながら、軽く息を吐いたマルコの手が、ぱらりと持っていた本を開いた。
 古びたそれの初めから終わりまで読み終えた頃には、きっとあの真面目な男が真面目な顔で二本の指輪を携えて戻ってくることだろう。
 持ち帰った指輪を受け取り、ナマエの左手を捕まえて、贈り物のうちの片方をその指にはめてやったとしたら。

「もとよりおれのもんだが、自覚が無ェようだからねい……」

 証拠をくれてやると言って『預けて』おいたら、ナマエは一体どんな顔をするだろうか。
 想像するだけでも面白いそれを自分の未来へ当てはめて、マルコの唇がわずかに弧を描く。
 久しぶりに心弾む『誕生日』が訪れるまで、それから二時間もかからなかった。



end


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