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ピアス
※主人公は白ひげクルー
※NOTトリップ主



「悪い、マルコ」

 ぱん、と両手を合わせて寄こされた謝罪に、マルコはきょとんと眼を瞬かせた。
 今日は、マルコの生まれた日付だ。
 誕生日というらしいそれは、どうやら祝ってもらえるものだったらしく、今日は朝から色んな人がマルコへ『おめでとう』を口にした。
 それどころか色んな贈り物まで貰って、嬉しくて楽しくてたまらない一日だ。
 けれどもそんな一日の中、外出していたナマエが帰ってきたのが、マルコの昼寝の時間を過ぎてからのこと。
 タオルケットを自分で畳んでいたらやってきた男が、どうしてか屈みこみ、開口一番に謝罪を寄こした。

「……ナマエ、なにかわるいことしたのよい?」

 マルコにはまるで分からないが、何かあったのだろうか。
 一緒の部屋で起きて、着替えも手伝ってもらって、ちゃんと朝の挨拶だってしたし、マルコはすでにナマエから祝いの言葉ももらっている。
 それどころか『今日は夜に大きいケーキが出る』という情報ももらっていて、マルコの今日の『嬉しい』はナマエと会ったところから始まっていると言っても過言ではない。

「よくわかんないけど、ゆるしたげるのよい」

 首を傾げ、それから言葉を紡いだマルコに、よくわかんねェのに許しちゃダメだろ、とナマエが言った。
 揃えていた両手を離し、片手が自分の首裏を抑える。困っている時にやるナマエの癖だ。顔が少し傾いたので、耳についたピアスのいくつかがちかりと光った。
 指や足、腕、首、耳に至るまで、ナマエはあちこちに装飾品を身に着けている。
 きちんと手入れもしていて、その日の気分で色々変えているらしい、と言うことはマルコも知っていた。
 自分で手作りもしているし、取り分の宝をそのまま身に着けていることもあるし、店で色々と購入もしている。多分、そう言うものが好きなのだ。

「あー……あのほら、あれなんだよ」

「よい?」

「お前の誕生日プレゼント……なんだけど」

 珍しく歯切れ悪く、そんな風に言葉を寄こされて、マルコはぱちくりとまた目を瞬かせた。
 誕生日プレゼント。
 それは今日という日にマルコがもらえる特別な贈り物だ。
 マルコがオヤジと呼んで慕うエドワード・ニューゲートは本をくれたし、オヤジの羽織るそれにそっくりのマントをくれた兄貴分もいる。食べ物だってたくさんあるし、ケーキのイチゴを四つ多くくれると言ったのは調理担当のクルーだった。

「いいのが見つけらんなくてだな……」

 囁くようにそう言って、ナマエはとても申し訳なさそうな顔をしている。

「……もしかして、あさからかいにいってたのよい?」

「そうなんだよ。もっと前から準備しようとしてたんだけど、どうしてもピンとくるもんが見つからなくてなァ……」

 寄こされた言葉に、マルコは『よい』と頷いた。
 ナマエはきっと、一生懸命探して選んでくれていたんだろう。
 特別な贈り物は嬉しいが、別に無くても残念に思うようなことじゃない。
 みんなに『おめでとう』と言われることの方が、マルコには嬉しいことだ。
 折りたたんだタオルケットを抱えなおし、マルコがそんな風に考えたところで、ひょいとその体が持ち上げられた。
 驚くマルコを抱えたまま立ち上がったナマエが、片手でマルコの体を支える。

「今日は宴だし、悪ィけど明日な。一緒にマルコの欲しいもんを探しに行こうぜ」

 な、と言葉を投げて笑ったナマエが、うかがうようにマルコの顔を覗き込む。
 それを見つめ返したマルコの視界の端で、ナマエの耳元がちかりと光った。

「……マル、いまほしーもんがあるのよい」

「ん? いま?」

「よい」

 こくりとマルコが頷くと、ナマエは少しばかり首を傾げた。

「もう結構たくさんプレゼント貰ってるだろ。その中には無かったのか?」

「なかったのよい」

「へー! こりゃあみんなのリサーチ不足だな」

 仲間を詰るようにそう言って、楽しそうに笑ったナマエの頭がマルコへ近付く。

「それで? 何が欲しい?」

 用意できるもんならすぐ準備するぜ、と秘密を囁くように言葉を寄こした相手に、マルコは片手を伸ばした。

「これ」

 そう言いながら、そっとその手が触れたのは、ナマエの左耳に光る石の一つだった。
 きらきら輝く青い石は、海の深いところの色をしている。
 ナマエがよく着けているもののうちの一つだ。
 引っ張ったら痛いというのは前に言われたことがあるので、賢いマルコの手はそっと耳とピアスを撫でるだけだった。

「これって……ピアスか?」

「よい」

 戸惑いを顔に浮かべたナマエへ向けて頷くと、みるみるうちにナマエが眉間へ皺を寄せる。
 怖い顔になった相手を見やり、マルコはさっと手を引っ込めた。

「ご、ごめんなさい、よい」

 両手でタオルケットを抱き直し、口元を隠すようにしながら、慌てて謝罪を口にする。
 手に入れた宝は当人のもの。人の物をうらやんで欲しがるのは、あまり褒められたことじゃない。どうしても欲しいなら交渉して手に入れろ、奪ってはならない。
 船の掟は分かっているが、『欲しいもの』と言われたら一番最初に思い浮かんだのがそれなのだ。
 悪魔の実の能力者であるマルコが自分のドジで海へ落ちた時、誰より先に飛び込んでくれたのはナマエだった。
 体が強張り、身動きもできないまま、深い深い青の暗がりに誘われて、死を覚悟したマルコを引き上げてくれた。

『ぷっは! 大丈夫かァ、マルコ!』

 この辺は海水があったかくて良かったなァとか、何でもないことのように言いながらマルコを抱え上げて、息ができるように気遣いながら連れて帰ってくれた。
 その耳元で光っていた青が、同じく濡れて光を弾く笑みと一緒に、マルコの目を突き刺した。
 欲しいなと、思ったのだ。

「いや、これをやるのは別にいいんだけどよォ」

 身を縮めるマルコへ言いながら、うーむ、と唸ったナマエの手がマルコへ伸びる。
 そのまま耳たぶをくすぐるように撫でられて、こそばゆいそれにマルコが肩を竦めると、駄目だなァ、と呟いたナマエの手がマルコの耳を離れた。

「さすがにマルコの耳にピアスあけたら、おれがオヤジ達に怒られる」

「マル、いたいのヘーキよい」

「治るから?」

「よい!」

「はいダメー」

「よい!?」

 元気よく返事したところを否定されて、マルコは声をあげた。

「大体、すぐ治るんじゃァあけてもふさがるんじゃねェか……?」

 そんな風に言葉を零しつつ、ナマエの片手が自分の耳に触れる。
 やりづらかったのか、体を後ろに傾け、マルコの体を支えている腕まで動かしたので、マルコは両手でナマエへしがみ付いた。
 その拍子に下へとタオルケットが落ちてしまったが、仕方ない。
 マルコの協力を得て、両手を自分の片方の耳へやったナマエが、一分もかからずに手を離す。

「おれもこれ気に入ってるから、片方だけな」

 そうしてそんな風に言いながら、姿勢を戻してマルコの体を抱き直し、片手で握った緩い拳がマルコの方へと差し出された。
 寄こされたそれにマルコが両手を差し出すと、ころりと幼い掌の上に物が落ちる。
 きちんと留め具を付けられたそれは、青い石でできたピアスだった。
 手の上の物を見つめ、それから顔をあげたマルコに、ナマエが笑う。
 その片方の耳は一つ、何もつけられていないピアスホールがあって、そこにあったものだということは明白だった。

「……いいのよい?」

「欲しいってんなら、まァ」

 後で手入れの仕方を教えてやろうな、と言葉を寄こされて、マルコの両手がそっと手の上の物を握る。
 掌の上にあるこの世の何よりも素晴らしい宝物を前に、顔が赤くなったのが自分でも分かった。
 嬉しいとか、そんな言葉じゃ表しきれないような感情が沸き上がってたまらない。

「……ありがとよい!」

「おう。……おれのおさがりでそんなに喜ぶか?」

 言葉を紡げばそんな風に言いながら、ナマエのほうもすこし楽しそうな顔をして、一度屈みこんでマルコが落としたタオルケットを拾い上げた。
 それを渡され、両腕でタオルケットを抱え込んだマルコが両手で贈り物を握りしめたまま、期待に満ちたまなざしをナマエへ向ける。

「ナマエ! マル、コレすぐつけたいのよい!」

「……あー……ほら、つけたら自分じゃ見られなくなるし、つけないで持ってた方がいいんじゃねェか?」

「!!」

 天才的な提案に目を見開いたマルコを抱えて、ナマエがそのまま移動を始める。
 きれいな青い海色の石は、その日からずっと、マルコの宝物だ。


end


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