夢主一日独占券とお昼寝
※主人公は白ひげクルー
どういうことだ。
自問しても答えが出てこなかった俺は、とりあえず目の前の相手を見下ろした。
「どういうことだ、マルコ」
「きょーのナマエはマルのよい!」
きらきらと目を輝かせた小さな子供が、俺の膝にまたがりながらそんな人権侵害甚だしい発言を口にする。
何を言ってるんだと額の一つでも小突いてやりたいところだが、残念ながら俺の両手は封じられていた。
肩から下を縄でぐるぐると巻かれているので、足すらほとんど動かせない。
つい先ほど、急に部屋へと飛び込んできた兄弟分たちによって行われた暴挙だ。
驚いた悲鳴すらも封じられて、気付けばこの姿で放り出されていた。
転がされた床にはマットが敷かれていて、そこまで尻は痛まないが、しかし急にこんなことをされるのはとても困る。
「まだ書類の整理も終わってねえのに……」
「ダメよい! きょーのナマエはマルの!」
ぼやいた俺の膝で声をあげたマルコが、その両手を縄へと添えて、俺の体をぐいと押しやった。
子供の体は膝の上に乗っているため、腰を支点にして追いやられた形になり、体がそのまま後ろ向きへと倒れ込む。
マルコが上へとにじり寄り、その体を今度は俺の胸の上あたりに乗せてしまったせいで、もはや起き上がることも不可能だ。
「オヤジが、これくれたのよい」
「船長が?」
言葉と共にずいと目の前に出されたものに、俺は目を瞬かせた。
顔の前にあるそれは、恐らく誰かの手配書の裏側だろう。大きなそれに、いびつに字が記されている。
『ナマエ券』というまるで意味の分からない表記に眉を寄せた俺の前で、ぱっとそれがどかされ、満面の笑みを浮かべるマルコの顔が現れた。
「だから、ナマエはマルのよい! きょー、マルがたんじょーびだから!」
「…………人権侵害だ……」
よく分からないが、どうやら俺は目の前の誕生日プレゼントとして『くれてやられた』らしい。あの字は確かに船長のものだ。
こういう時、誰かさんが『海賊』なのを思い出す。
「ジンケンシンガイってなによい?」
きょとんと不思議そうな顔をした子供にため息を零して、俺は頭を持ち上げていた力を抜いた。
もふ、と何か柔らかいものが頭に触れる。どうやら枕まで用意されていたようだ。
「……それで、こんな手も足も出ない俺に、何をさせたいって?」
どういうおねだりをしたのか、俺を自分の物にした子供へ尋ねると、先ほどより大きく笑みを浮かべたマルコが、ずるりと俺の体の上を滑った。
尻はまだ俺の体の上だが、両足が俺の肩口からマットへと降りて、しっかりと自分の体を支える。
その状態でこちらの顔を覗き込むように身を屈めて、マルコの両手が俺の顔へと触れる。
「きょーのナマエは、オヤスミよい!」
「……なんだって?」
人の顔を掴まえたまま、笑顔で言い放ったマルコの真下で、俺はただ困惑した。
説明を求めて見つめた先で、だって、とマルコが言葉を紡ぐ。
「ナマエ、いっつもいっつもいそがしいのよい」
「いつもって……」
「きょーだって、マルにおめでとして、そのまんまおへやだったよい」
みんなはうたげをしているのにと詰られて、それは確かにそうだが、と俺は眉を下げた。
マルコには悪いが、書類仕事は溜まっていく一方なのだ。
プレゼントを渡して、マルコが他の兄弟分たちからプレゼントを受け取っている間にそっと離れてきたつもりなのだが、どうやら気付かれていたらしい。
つまり、遊んでほしいということだろうか。
そんなことを考えた俺の顔を見下ろして、やわやわと小さな手で俺の顔を撫でたマルコの両手が、そのまま俺の両目を覆った。
「だから、ナマエはオヤスミ。このまんま、マルとおひるねよい」
「昼寝……?」
落ちてきた言葉が耳慣れなさすぎて、俺の声に困惑が滲む。
昼寝なんて、そんなのしたことがない。
何故だか来てしまったこの世界は俺の常識とはまるで違っていて、学ぶことも覚えることも大量にあるのだ。
寝る間も惜しんで学んで、任されている仕事をこなして、夜遅くに寝て朝起きるのが俺の日常で、習慣だ。
確かに、もっとゆっくり過ごせとはよく言われるが、こんな子供に『昼寝をしろ』と迫られるほどだっただろうか。
大体、せっかく『わがまま』が言えるのに、そんな願いでいいのか。
戸惑い、少し顔を逸らしてみるが、マルコの手は離れない。
真っ暗な視界をしばらく見つめ、それから仕方なく俺が目を閉じると、それが分かったのかマルコの方から嬉しそうな笑い声が漏れた。
「そのまんま、めェとじてるのよい」
言葉を落としたマルコが俺から手を離して、もぞもぞと何やら身じろぐ。
体の上から重さが退き、ややおいてすぐそばに人の転がる気配がした。
「マルコ」
「なによい?」
声を掛けてみると、傍らから声がする。そこに転がったのはマルコで間違いなさそうだ。
「誕生日おめでとう」
「……さっきもいってもらったよい!」
言葉を落とすと、わずかな笑い声を零したマルコが、両手と両足でしがみ付いてきた。
ロープの上からなので感触はよく分からないが、とりあえずどすりと落とされた踵が痛い。
小さくそのことに呻いてから、目を閉じたままでため息を零した。
「なァマルコ、このまま寝ると、俺の体がバッキバキになると思うんだが……」
「ほどいたらマルがねてるあいだにいなくなるから、ダメよい」
一縷の望みをかけて願い出たが、そんな返事が寄越されるだけだった。
これは、マルコが眠ったらこっそり這って出て、誰かに助けを求めた方がよさそうだ。
そんな判断をして、とりあえず傍らの相手が眠りやすいよう、おとなしくしていることにする。
うっかりそのまま眠ってしまった俺が、体中を強張らせて苦悶の声を漏らしていたのは、その日の夕方のことである。
end
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