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10/05
※マルコ隊長逆トリ中
※主人公は無知識で誕生日(〇月◇日)
※主人公の誕生日は十月五日ではないので注意



 誕生日に予定が無いなんて、寂しい奴だな。
 そんな風に言って笑った友人に誘われて外食をして、そこそこ酒を飲んで帰った。
 酔っぱらったまま、なえそうな足でどうにか体を支えて、まあ半ばドアにもたれかかるようにして鍵を開けて、開いた扉から家の中へと入り込む。

『たァだいまァ〜』

 どうせ誰もいない家の中には俺の声はどことなく侘しく響き、酔った体できちんと戸締りをする。
 玄関で靴を脱いで、立ち上がろうとしてうまくいかなかったから、鞄も上着も放置して這うようにして移動した。
 しこたま飲んだ酒が頭に回っていて、まあ眠い。
 このままリビングで寝てしまおうか、それとも一応ベッドまでは行くか、まあとりあえずトイレだななんて考えながらそのまま移動した俺が動きを止めたのは、水槽の照明でわずかに照らされた部屋の中に、自分以外の人影を見たからだ。

『…………なんだよい、お前』

 怪訝そうな声を出してきた不法侵入者に、悲鳴を上げもしなかったのは、多分俺が酔っていたからだと思う。







 鼻歌交じりに帰り道を歩く。
 今日は一年の間、待ちに待った日だ。
 仕事を終わらせる速度も速く、定時で上がる俺に『デートか』なんて言って笑った同僚殿には悪いが、俺の足が向かっているのは自宅の方角だった。
 しかしそれでも、まあ『誰か』に会いたくて帰るという意味では何も間違っていない。
 小さいケーキを買って途中の店で注文してあったピザも買って、家にはどのくらいビールがあったかなんて考えながら帰路に就く。

「ただいまァ」

「おう、お帰り」

 弾む思いで扉を開いて声を投げると、普段ならない筈の返事があった。
 そのことにますます楽しくなって、素早く戸締りを終えてリビングへと移動する。
 ソファに座った人影が、帰ってきた俺を見て軽く手を振った。
 少し特徴的な髪型と眠たげな目つきは、前と全然変わってない。

「はやいなァ、今年は」

 もう『来た』のか、と言って笑った俺に、まァねい、と慣れてしまった口癖を漏らした相手は、マルコと言う名前の男だった。
 職業は『海賊』らしい。
 現代日本でおかしな話だが、しかし確かめるすべを持たない俺は、本人が言うならそうなんだろうと考えている。

「ピザ買ってきたんだ、ほら、ケーキも」

「また自分の誕生ケーキを買ってきたのかよい」

 両手に持っているものを見せた俺にそう言いながら、ソファを立ち上がったマルコが俺の方へと近寄った。
 伸びた手が俺から食料を奪い取り、テーブルへ向かう相手に礼を言って冷蔵庫へ向かう。
 昨日買い込んであったビールを二つ取り出して、着替えるためにクローゼットのある方へとリビングを横切りながら差し出すと、元の位置に座ったマルコが俺からビールを受け取った。
 初めて飲ませた時は困惑していたのに、今はあっさりとその指がプルタブを起こす。
 俺の分もあけてくれたらしく、炭酸のこぼれる音が二回聞こえた。
 クローゼットから取り出した服を持って脱衣所で着替えて、手洗いも済ませて戻ると、マルコはどうやら一本を飲み終わったようだった。

「もう一本飲むか?」

「飲む」

 尋ねたところであっさりそう返されたので、軽く笑ってまた冷蔵庫へ向かう。
 ありったけ出してやろうと冷やしてあった缶達を両手に抱えて戻ると、俺を見やったマルコが少しばかり呆れた顔をした。

「なんでそんなに買い込んでんだよい、そんなに強くもねェのに」

「いや、マルコが来るかと思って」

 用意してあったんだ、と笑った俺の心は本心だ。
 目の前の『マルコ』と言う人間は、どうしてだか一年の内の今日だけ、こうして俺の家へと現れる人間だった。
 初めて出会ったのはかなり酔っぱらっていた日のことで、相手とどんな会話をしたのかもよく覚えていない。
 翌日にはいなかったから『夢』だったんだろうと思ったのに、その翌年、マルコはまた俺の目の前に現れた。
 そうしてそれから早五年、毎年毎年やってくる。
 マルコは俺の話す世の中を知らず、俺もマルコの言っていることが分からなかった。
 マルコが外に出ようとしたこともあったが、どうしてもマルコは外に出られない。
 俺に見せようと持ち歩いていたらしい海図とやらを見せてもらったが、知らない海のものだったし、俺が見せた世界地図にも怪訝そうな顔をされた。
 三回目、四回目と重ねて、俺達はお互いがお互いの世界を『異世界』だと認識している。
 何故マルコがこちらにやってくるのかはマルコにも分からないらしいが、無事に帰れるから問題ないと言われてしまった。
 『海賊』と言うのはずいぶんと豪胆だ。

「ピザも食べよう。うまい店が出来たんだよ」

「へェ、そいつァ楽しみだよい」

 俺の言葉にマルコが笑って、それに笑い返しながらとりあえずピザの箱を開ける。
 中には注文した通りのものが一枚入っていて、俺一人だったら絶対に食べられない大きさだった。
 しかし、マルコは俺より随分と食べるので、後で冷蔵庫のものも出すとしよう。

「なるほど、確かにうめェよい」

「だろ? この前先輩に教えてもらってさ……」

 ぱくりと口にしたマルコが褒めてくれたので、すごく嬉しくなった。
 そして俺達は、一緒にピザを食べて、酒を飲んで、やっぱり足りなくなった食事を作り置きから出しあて、たくさんの話をした。
 毎年のことだが、マルコの話すことはどれも面白い。
 マルコの『家族』はずいぶんと大所帯で、俺はマルコの近くの人間の名前も少しばかり覚えてしまった。特に仲が良いのは多分、サッチって名前のリーゼントの誰かだろう。

「あ、そうだ、ケーキも食べよう」

 ピザもなくなり、ビールも随分な量がマルコの口に消えた頃、ぺこりと手元の缶を潰してから、そう言った俺は置きっぱなしだったケーキの箱に手を伸ばした。
 開いたそれの中身は小さいが、ずいぶんと甘そうなケーキだ。
 俺の手元を眺めたマルコが、ケーキの上に乗せられたチョコレートプレートに気が付いたのか、不思議そうに首を傾げた。
 それを見やり、そういえば、と両手で持ったそれをマルコへ向ける。

「これ、綴りあってるか?」

 英字でと頼んで用意してもらったのは俺だが、少しばかり自信が無かったのだ。
 俺の言葉に、あってるよい、と一つ頷いてから、マルコの目がこちらを見る。

「なんでおれの名前が書かれてんだよい」

「だってこれ、マルコの誕生日ケーキだから」

 尋ねられて、俺は微笑んでそう答えた。
 今日は、〇月◇日だ。
 しかし、どうもマルコ達の世界では、十月五日に当たるらしい。
 そして、それはマルコの誕生日だということだった。
 お互いがお互いに誕生日であると知ったのは、確かマルコがやってくるようになって三年目のことだったろうか。
 しかしそれはただの偶然なんじゃないかと言うのが、俺とマルコの結論だった。
 世の中には同じ誕生日の人間なんてたくさんいて、俺もマルコも、こうして二人で遭遇するようになるまでは普通の誕生日だったのだから、そう考えたって仕方のないことだ。

「おれのかよい」

 俺の言葉に少しばかり呆れたような顔をして、マルコが笑う。
 ろうそくはさすがに貰わなかったんだけどさとそちらへ向けて笑いかけると、いらねえよい、と答えたマルコの手がごそりと自分のポケットを探った。
 そうして、そこから出てきた拳が、俺の方へと向けられる。

「え?」

「ほら、さっさと手ェ出せよい」

 言葉と共に片手を上下に振られて、慌ててケーキをテーブルへ戻し、両手を相手へ差し出した。
 拳を開いたマルコの手から、俺の掌へぽとりと何かが落ちる。

「…………水晶?」

「虹の石って言うんだよい」

 てらりと照明をわずかに弾くそれを見て目を瞬かせると、俺の言葉へマルコがそう訂正を寄越した。
 にじのいし、と口の中で繰り返して、しげしげと手の上のものを見つめる。
 丁寧に丸く整えられたそれは、白くて半透明な石だった。
 きれいなそれを見つめて、指でつまみ上げてみる。

「そのまま光に透かして見ろ」

「光に?」

 寄越された言葉にそっと石を持ち上げた俺は、それをそのまま灯へ向けた。
 そうして、石を通して落ちてきた眩さに、思わず身を引く。
 それから自分のすぐそばに、石から注ぐ輝きを見た。

「うわ……すごい!」

 一体どういう仕組みなのか、白いはずの石を通した光は、そのままいろんな色をまとって落ちて来ていた。
 レンズのように光をまとめてから拡散できるのか、持ちあげるほどソファへ光の注ぐ範囲が広くなる。

「あの水槽にでも仕掛けりゃ見栄えもよくなるよい」

「おお……すごく良い提案……!」

 言葉を寄越されて頷きつつ、俺は片手で石を握りしめた。

「ありがとう! まさかマルコからプレゼントがもらえるなんて思ってなかった!」

 誕生日にプレゼントをもらうのだって久しぶりだ。
 別に寂しい人生を送っているわけじゃないが、ここ数年は彼女もいないし、同僚がくれるプレゼントと言えば仕事の書類だった。
 とても嬉しくて口元を緩ませてから、はた、と気付いて眉を寄せる。
 俺は料理や酒のことは考えていたが、マルコへの誕生日プレゼントまでは頭が回っていなかった。

「悪い、来年は用意しておくから……」

「別に、何か欲しくてやったわけじゃねェよい」

「いや、用意する! 今日はこれのお礼に、ケーキは全部食ってくれ」

「こんなには食わねェ」

 俺の言葉に肩を竦めたマルコが、にんまりと笑ってこちらを見る。

「ま、来年、楽しみにしとくよい」

「おう、任せろ!」

 寄越された言葉に、俺は自信をもって大きく頷いた。
 そしてそれから、とりあえずケーキのための大きなナイフと二つのフォークを持ってくる。

「それじゃあ改めて、誕生日おめでとう、マルコ」

「おう。誕生日おめでとう、ナマエ」

 日付も違うのに二人でそろってそんな風に言って、けらけら笑った。
 二人で一つの誕生日ケーキを崩して食べ、ビールも飲みつくした頃に日付が変わる。
 するとマルコはあっさりと、まるで最初からそこにいなかったかのように消えてしまった。

「おっと」

 カラン、と音を立ててフローリングに転がった空き缶を捕まえて、そっとテーブルの上へと戻す。
 一人になった部屋の中は静かで、テーブルの上を見ると俺が一人で自分の誕生日を祝ったかのようだ。
 けれども、先ほどまで傍らに居た誰かさんが現実のものだったということは、はっきりとしている。

「……うーん……本当に、何にしようかな……」

 小さく言葉を零しつつ、俺は、片手に握りしめたままだった『虹の石』をつまみなおした。
 真っ白なそれが光を集めて、虹色の光を俺の膝の上へと落とす。
 マルコには一体、何を渡すのがいいんだろう。どうせなら『異世界』に無いものがいい。すぐには思いつかないが、時間はこれから一年、たっぷりとある。

「……楽しみだなァ」

 来年を思い浮かべて小さく笑って、俺はソファに背中を預けた。
 全く、今年もとても、いい誕生日だった。



end


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