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10/02
※主人公は白ひげ海賊団クルー(拾われっこ少年)でサッチが親代わり



「マルコ!」

 声変わりも前の、高い音で紡がれた名前に、マルコは足を止めた。
 振り向いたその視線が向かうのは、ぱたぱたと駆けてくる足音のする方だ。
 自分の膝の前までやってきた相手を見下ろせば、マルコの名を呼んで駆け寄ってきた小さな少年が、丸みのある頬を上気させている。

「どうしたんだよい、ナマエ。そんなに慌てて」

 一体どこから走ってきたのか、はあはあと少しばかり息も荒げている相手に首を傾げたマルコが尋ねると、少年は何かに気付いたようにハッと目を見開いた。

「あ、あわててない……!」

 そうしてそれから、そんな風に言いつつ、両手で自分の口を覆う。
 呼気を隠そうという努力は分かるが、どう見ても隠せ切れていない。
 しかし、わざわざそこをつつくことも無かろうと、マルコは『そうか』と頷いた。

「そいつは悪かった、おれの勘違いだったよい。それで、何か用があったのかい」

 笑ってそう尋ねながら、少年の方に伸ばした手が、軽く子供の肩を押す。
 通路の端に寄るよう示したマルコに素直に従い、少年はマルコと一緒に通路の端へと移動した。
 そこでマルコが屈みこめば、小さな彼とマルコの目線が近くなる。
 マルコのすぐそばに佇み、必死に呼吸を落ち着けようとしているその子供は、つい数か月前に『白ひげ海賊団』に拾われた少年だった。
 可哀想な目に遭っていたところを発見して拾ってきたのはサッチで、世話を焼いて食事をくれるサッチのことを、子供は兄か父親のように慕っている。
 サッチの周りをウロチョロとしていた少年が、傾いた荷物に下敷きになりそうだったところを助けたのが、初めだったろうか。
 気付けばマルコの周りもウロチョロするようになってきた少年は、どうやらマルコのことも慕ってくれているようだ。
 とある男に『お前には婿にも嫁にもやらん!』と酒瓶を片手に妙な絡まれ方をした記憶を思い返したマルコの前で、すう、はあと両手の下で小さく深呼吸をしてから、少年はそっと両手を下ろした。

「あの、あのね、マルコ」

「おう」

 言葉を漏らして見上げる相手に、マルコが相槌を打つ。
 それを見て、あの、そのとどことなく迷うような顔をしてから、やがて小さな子供は言葉を絞り出した。

「チョ……チョコレートとビスケット、どっちが好き!?」

「………………よい?」

 あまりにも唐突過ぎる問いかけに、マルコの首が傾く。
 しかしそれをよそに、どっち、ともう一度問いを寄越されて、マルコは少年の問いの意味を考えた。
 チョコレートとビスケットと言えば、どちらも菓子類だ。
 マルコはあまりどちらも口にしないが、甘いものを好むクルーが食べる分がモビーディックにも乗っている。少年もそのうちの一人に数えられていて、サッチが保護者らしくその『おやつ』を管理している筈だ。
 もしや、消費期限の関係でそれらが振舞われる予定でもあるのだろうか。そんな話は聞いた覚えはないが、マルコも備蓄のすべてを把握して管理しているわけではない。

「……ナマエはどっちが好きなんだよい?」

「え?」

 少し考えても『理由』が浮かばず、それはそれとしてマルコが問いを返すと、少年は丸い目をさらに丸くした。
 不思議そうなその顔を見下ろして、どっちだ、とマルコが先ほどの子供と同じように言葉を投げる。
 寄越された言葉に、ええっと、と真剣な顔で悩んだ子供は、それからすぐにきっぱりと言葉を放った。

「チョコレート!」

 おいしいから、とは何とも単純明快な返答だ。
 なるほどと頷いて、マルコは微笑んだ。

「それじゃあ、おれもそっちだよい」

 一体この問いかけがどういう意味なのかは分からないが、何らかの理由で『好きな方』が配られるのなら、この子供に渡してしまえばいい。
 何度か夕食の場で考えたのと同じことを考えて言葉を紡いだマルコの前で、どうしてか少年が目を見開く。

「えっ」

 短く悲鳴のように声を漏らし、どうしてかこの世の終わりのような顔をした少年に、マルコもまた目を瞬かせた。

「……どうしたんだよい?」

 何かまずい回答をしたのか、と戸惑って尋ねた先で、なんでもない、と慌てて取り繕った子供が、小さな手でぎゅっと拳を握る。
 わずかに目を伏せ、しかしそれから明確な決意をもって視線を上げた小さな彼は、きりりと幼い顔を精一杯引き締めて言葉を紡いだ。

「ちゃんとサッチに言っとく!」

「よ、よい」

「じゃーね!」

 きりりと顔を引き締めたまま、言葉を放った少年が、来た時と同じようにぱたぱたと走って離れていく。
 小さすぎるその背中を見送り、軽く頭を掻いてから、マルコはひょいと立ち上がった。

「……何だったんだよい」

 よく分からないが、ひょっとしたら大した意味のない問いかけだったのだろうか。
 後で確かめようと考えたマルコが、少年の言葉の意味を知ったのは、それから数日後のことだ。
 『誕生日おめでとう』と記された箱の中には、ナマエの数日分の『おやつ』になるはずだったチョコレートが入っていた。
 いい子に育ったと男泣きを始めたサッチをよそに、マルコがそれの消費に小さな弟分を誘ったのは、もはや分かり切ったことだった。


end


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