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蟲毒の澱 (3/7)




 春先の夏島は、とても過ごしやすかった。
 上官の代理で訪れた俺達を島の住人は歓迎してくれて、俺がやったわけでもないことへの礼を幾つも並べて言われた。
 きちんと受け入れ、覚えた限りは紙にも書き連ねて、上司への土産の一部にしておくことにする。
 復興支援の奉仕活動を行っているとは聞いていたが、残っている海兵達の数は聞いていたより少ない。近くにいた海兵に尋ねたことによれば、どうやら俺達と入れ違いで本部へ戻った者が複数人いるらしい。
 島民達の傷はまだまだ癒えないが、島も在りし日の姿を取り戻してきているようだ。
 いくら慰問とは言え、数日の『休暇』をここで過ごせと命じられている以上、出来ることならやるべきだろう。
 海賊達に壊されたものも、海兵と海賊の攻防で失ったものも多いので、やることには困らなかった。
 問題は、俺とサカズキが率先してあれこれをやっていると、近付いてきた後輩達に仕事を奪われて現場監督にされることだ。どうやら俺達の上官は、よくよく部下に言い含めてあるらしい。

「……そういや、こんな仕事は貰ったことなかったかもなァ」

 図面を片手に、作業が進んでいく村の門を見やりながら、ぽつりと呟いた。
 海軍に入ってから今まで、とにかく海賊を殺すことに重点を置いてきたような気がする。
 海の屑を排除するということに後悔も迷いもないし、適材適所というものだったのかも知れないが、なんとも新鮮な気持ちだ。
 俺と同じく用意された椅子に座らされた傍らの海兵を見やると、俺の視線に気付いたサカズキが、なんじゃあ、と声を零す。

「いや、サカズキはどうだ? こういう支援活動」

 サカズキがいつ頃から悪魔の実の能力を得たのかはまだ聞いたことがないが、例えばそのマグマの力を使って何かをすることも可能だろうか。
 俺には今のところ、倒壊した家屋を燃やすことと荼毘しか浮かばない。
 俺の問いに眉を寄せたサカズキが、少しだけ考えるようにその目を動かしてから、ややおいて答えを紡ぐ。

「わしの性に合わん」

「そうか」

 言葉は短いが、どうやらサカズキも、俺と同じくこういった仕事を振られることが無かったらしい。
 それは間違いなく適材適所というものだろう。壊れた集落を直すより、それを壊した海賊を追う側に回した方が効率がいいことは間違いない。

「壊れた物を直すのは難しいからなァ」

 しみじみと頷いてから、俺はふと自分の視界に入り込んだ小さな影に気が付いた。
 視線だけを向けてみると、木材を並べたすぐそばから、ひょこりと小さな子供が頭を出している。
 その目はじっとこちらを見つめていて、突き刺さるそれにくるりと顔を向けると、とたんに小さな影が飛び上がって木材の後ろへ隠れてしまった。
 そんなところにいたら危ないのだが、自分が近寄るのはまずいだろうと考えて、作業をしている後輩の一人に声を掛ける。
 俺が木材の山を指差したのを見て、すぐに察したらしい後輩がそちらへ向かった。

「こーら坊主、木材が倒れてきたらあぶないだろ、ほら」

「はあい」

 声を掛けられて素直に返事をした子供が、追い立てられるようにして木材の影から出てくる。
 その目はすぐに俺とサカズキの居場所を確認し、大きく俺達を迂回してそのまま駆けて行ってしまった。

「……なんじゃ、あの坊主は」

「昨日からずっとうろうろしてるよなァ」

 すでに復興を支援する海兵は何人も常駐していたのだから、今更海兵が珍しいということも無いだろうに、あの子供はずっと俺達の部隊の周りをうろうろしている。
 ついでに言えば、俺とサカズキが恐ろしいのか、声を掛けようと近寄ると悲鳴を上げて逃げて行ってしまう。
 俺はそこまで子供に嫌われる顔はしていなかったような気がするのだが、ただのうぬぼれだったのかもしれない。
 別に好かれたいとは思わないが、海賊でもない存在からこうも怖がられるのは、少しばかり寂しいものだ。

「任務完了しました、ナマエさん」

「ああ、ご苦労様」

 近寄ってきて敬礼をした後輩へ言葉をかけて、また作業へ戻っていく相手を見送る。
 図面通りに作られていく門をそのまま眺めていると、ぽん、と頭の上に何かが乗った。

「ん?」

 声を漏らしてつまんでみれば、乗せられたのは海軍の制帽だった。
 どこかで見たようなものだと判断して傍らを見やれば、珍しく頭に帽子を乗せていない海兵がいる。

「サカズキ?」

「情けないツラァ晒しよって。気に入らん」

 こちらを見もせずに言い放ったサカズキに、少し黙って手元へ視線を戻す。
 年季の入った帽子をくるりと揺らして、それから改めて自分の頭の上へと乗せた。
 ふ、と唇に笑みを浮かべて、帽子の角度を調整する。目元に影が落ち、視界が狭まるよう調整すれば、その分自分の表情が他の人間には読みづらくなっただろうということも分かった。
 久しぶりに胸の内が少しだけざわついたのは、『サカズキ』がそんなことをするだなんて、思いもしなかったからだろうか。

「慰め方がわかりづらいなァ、誰かさんは」

「別に慰めちょらん」

 笑って呟いた俺に対して、サカズキはそう言い返した。
 しかし、結局昼食の休憩時間になるまで、俺の頭にはサカズキの帽子が乗ったままだった。



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