鬼狩りの唄 (4/5)
『兄』を討つ仕事が来たのは、俺がドフラミンゴ殿と随分長く一緒に過ごした後だった。
やはり稀血である師を喰ったせいで強大な鬼となってしまっていた『兄』は、藤ではない藤の花を咲かせた屋敷を作り出して住んでいた。
見覚えがあるなァ、と呟いたのはドフラミンゴ殿で、俺も同感だ。
その屋敷はどうしようもなく、主を失ったあの家に似ている。
それも、どうしても手が回らなくて傷んだ現在の姿ではなく、俺の記憶の中にもある幸せだったころの姿だ。
今にも師が顔を覗かせて、『おかえり』と言ってくれそうな感覚に囚われた。
そうしてそれ故に、苛立ちと憎しみが募った。
「やっと来たのか、ナマエ」
遅かったなと言って笑う鬼の声も姿も『兄』のそれで、それが何より気に入らない。
あの口で、あの手で師を殺し、俺の目の前で喰ったのだ。
目の前が赤く染まりそうな憤怒を呼吸で吐き出して、とびかかった俺が死闘の末に異能の鬼である『兄』を討てたのは、恐らくはドフラミンゴ殿の協力によるものだった。
本人に言っても素知らぬふりをするだろうから、言及はしない。
「…………おい、おい、俺を殺すのか、ナマエ」
六本に増えていた腕と、二本の足。
それらを幾度も刻み、ついには回復が追い付かなくなった鬼が、目の前に転がっている。
見慣れた畳間によく似た場所へ転がっている相手を見下ろして、はい、と俺は呟いた。
左手で持った日輪刀をそのまま差しだして、相手の頸へと一度当てる。
鬼は、この日輪刀で頸を落とすか、さもなくば陽光に当てなければ死なない。
この場所はこの鬼が血鬼術で作り出した場所で、太陽の光を求められないのだとすれば、手段は一つしかなかった。
「命乞いをしますか」
ぜい、と漏れる息をゆっくりと整えながら、相手へ向けてそう尋ねる。
俺の問いに、命乞いか、と言葉を零した『兄』の姿の鬼は、転がったままで言葉を漏らした。
「もう、したな。したからこうなった」
何かを懐かしむような声で、そんな風に言い放つ。
それがいつのことは知らないし、わかりたくもなかった。
例えばこの場で命乞いをされたとしても、俺が逃がすことは無いからだ。
だというのにどうして尋ねたのかと言えば、あの日の俺の絶望に似た何かを、目の前の鬼にも感じてもらいたかったからだった。
しかし、俺のそんな愚かな考えを読んだように、ああ、そうか、と鬼が呟く。
その口が笑みの形にゆがんで、赤い瞳が俺を見上げた。
「手を動かさないのか、ナマエ。どうしてこんなことも出来ないんだ、まったく」
馬鹿だなと、そんないつくしむような声を出されて、目を見開く。
反射的に、俺は渾身の一太刀を振るい、そうして鬼の頸が体を離れた。
骨すらも残らず崩れていく相手に合わせて、ぐらり、と周囲が揺らぐ。
血鬼術で作られた場所が崩れようとしているのだ、と言うことは分かったが、身を引いたところで体がぐらりと後ろへ倒れ込んでしまう。
それも仕方のない話だ。血を失いすぎて、体が冷えてたまらない。
俺の右腕は、肘から先がいなくなっていた。『兄』の攻撃を受けそこなったからだ。今出血が止まっているのは、恐らくドフラミンゴ殿が止血してくれたからだろう。
腹や足にも深い傷を負っていて、それぞれが今は止血されている。
それでもきっと、もう長くないほどの血は出した。
「おい、ナマエ」
倒れた俺の方へと近寄ってきて、ドフラミンゴ殿が俺を真上から見下ろした。
さかさまの視界にしゃがみ込む相手が見えて、はは、と思わず笑い声が漏れてしまった。
いつぞやの、誰かさんの言葉を思い出したからだ。
「……どうやら俺は、運の良い方なようです」
相打ちとは少し違うかもしれないが、このまま死ねば同じだろう。
俺の言葉に、何を言いたいのか分かったのか、ドフラミンゴ殿の眉間へしわが寄る。
その手が俺の顔にふれて、大きな掌のぬくもりに少しばかり目を細めた。
「ドフラミンゴ殿も、どうぞお達者で」
帰り方が分かった、と言っていたのはいつだったか。
もう、ずっとずっと前だ。
それならすぐにでも帰るのだろうと思ったのに、『勿体ないから』なんていう理由をつけて、ドフラミンゴ殿は俺の仕事についてきた。
ついてきて、手を出さないと言いながら、鬼とやり合う俺を離れた場所で見ていた。
今日も同じで、いつもとの違いがわずかな手助けだとすれば、もしかしたらドフラミンゴ殿は、俺のことが心配でついてきていたのかもしれない。
そんなことを考えれば少しばかりこそばゆく、けれどもこれでやっとこの人を『元の居場所』にお返しできるのだと、そんなことを考えてほっとした。
ドフラミンゴ殿はおかしな外国人だが、俺も随分とほだされてしまったものだ。
「もう満足か、ナマエ」
俺を見下ろして、笑いもしないままでドフラミンゴ殿が呟く。
意味が分からないまま、なんとなく頷いたのは、もはやこの世に思い残すことがないことを感じたからだった。
本来なら鬼舞辻無惨を殺すまで戦い続けるのが鬼殺隊の人間だろう。つくづく俺は、鬼狩りに向いていなかったのかもしれない。
俺の反応を見て、そこでようやくにやりと唇を笑みにしたドフラミンゴ殿が、俺へ向けて囁く。
「それならいいことを教えてやる。……海賊ってのは、自分が欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れるもんだ」
「…………え……?」
唐突な発言に、目を瞬かせること、数秒。
どうしてだか俺の記憶は、そこで途切れてしまった。
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