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重要任務はおやつ時
※仔犬主シリーズから
※アニマル主人公は元仔犬
※結構青雉



 時間が経てば、体というものは成長するもので。
 特に子供から大人に変わる間の変化は著しい。
 俺の首に巻いてある皮の輪は、すでに二回も新調された。

「……わふ」

 小さく鳴き声を零した俺は、その場で足に力を込め、えいやと垂直に跳びあがった。
 突き出した前足で横に掴めるドアノブを掴まえ、自分が落ちるのに合わせて傾けながら引っ張る。
 かちゃ、と音がして扉が開き、着地してすぐにわずかな隙間へ鼻先を押し込んだ俺は、ぐいぐいと体を中へと押し込んだ。
 いつもなら後は扉を閉めるだけだが、今日は開けっ放しにしておく。
 何故なら、すぐに部屋を出るからだ。

「わん」

 訪れた部屋の中で鳴き声を放ち、俺は室内へと足を進めた。

「…………あららら、いらっしゃい」

 現れた俺の鳴き声にこちらを見たらしい部屋の主が、そんな風に言葉を零す。
 どうしてか執務机に向かわずソファに寝転んでいる誰かさんに近寄ると、ひょいと寄越されたその手が俺の頭の上へと乗った。
 それきりまるで動かないその掌にぐいぐいと頭を押し付けてやってから、するりとその手を自分の頭の後ろ側へと滑らせる。
 そのまま俺が背負ってきたものにその指を触れさせると、寝転んだままでなすがままだった青雉が、少しばかり眉間に皺を寄せてからため息を零した。
 俺の背中から荷物を奪いつつ、ソファの上へとその大きな体が起き上がる。

「……あー、まァ、あれだ。頑張ってんね」

 適当なことを言いつつ、青雉がその手にしたのは書類束だった。
 俺の背中の口の空いている鞄に入っていた、俺の本日の『お届け物』だ。
 小さな頃は運べなかった大きさと重量だが、今の俺にとってはまるで問題ない。
 体が大きくなり、間違いなく大人になって、俺には出来ることが随分と増えた。
 さすがに海賊をしとめるような苛烈な強さはないが、結構な時間を走り回れる持久力もあるし、力だってそれなりだ。
 俺を拾った大事な飼い主は、俺をあちこちへ連れて行ってくれるようになったし、いろいろなことを任せてくれるようになっている。
 今日目の前の海兵へ運んでいる『書類』も、そのうちの一つだ。

「わん」

 さっさと読んでハンコをくれ、と訴える為に鳴き声を零すと、俺のそれを理解したように、はいはいと青雉が言葉を零す。
 その手がぺらぺらと適当に書類をめくって、まあいいんじゃねェの、とこれまた適当に呟いた青雉はソファから立ち上がった。
 自分の執務机へ移動して何やら書類を弄っている相手の方へ近付くと、ハンコをつきおえたらしい青雉がこちらを見下ろし、その場にしゃがみ込む。

「はいよ。その鞄に入れりゃいいの?」

「わふ」

 問われて頷く代わりに鳴き声を零すと、相変わらず賢いねェ、なんてお世辞を言った青雉の手が俺の鞄へ荷物を収めた。
 それからその後で、俺の頭にまたその手が乗せられる。
 小さな頃ほどではないにしても、俺の頭をがしりと掴んでしまえそうなその掌へぐい、と頭を擦り付けるのは、青雉が俺の頭に手を乗せたっきり動かないからだ。
 いつも思うのだが、一体どれだけ面倒くさがりなんだろうか。
 犬の頭を撫でるくらい、自主的に行ってほしいものである。

「……にしても、サカズキの奴も、自分とこの犬にまで仕事させなくてもいいだろうに。どんだけ仕事が好きなんだか」

 俺の非難など知る由もなく、俺の頭へ手を乗せたままの青雉がそんな風に言葉を紡いだ。
 まるでサカズキを詰るようなそれにむっとして、素早く目の前の足に噛みつく。
 甘噛み程度だが、がじ、とスーツに包まれた足を齧ると、あららら、と声を漏らした青雉が俺の頭を掴んだ。
 珍しく意思を持った指でぐい、と引き剥がされ、充分な報復を出来なかった俺の口からぐるるると唸り声が漏れる。
 見上げた先で、アイマスクを額に置いた海兵が肩をすくめた。

「悪い悪い、そう怒りなさんなや」

「わう!」

「はいはい、おれが悪かったって」

 犬相手にそんな台詞を吐いてから、ぽんぽんと青雉の指が軽く俺の頭を叩く。
 それから俺の頭を手放した青雉は膝を伸ばし、先程歩いた距離を戻っていった。

「それじゃ、またね」

 ソファに座りながらそんな風に言葉を放たれて、仕方なしに唸りを引っ込める。
 わんと一度鳴いてから俺も足を動かして、青雉に背を向ける形で部屋を出た。
 最後に扉の隙間から覗き込むと、すでに青雉は先ほどと同じようにソファの上に寝転んでいる。

「…………わふん」

 働けよ、と言いたかった俺の鳴き声が部屋の中へと響いたが、青雉はぱたぱたと軽く手を振ったものの、まるで理解していない。
 ついこの間、町中で見かけた猫にされたのと仕草が似ている。恐らく、もう俺の相手が面倒くさくなっているんだろう。
 仕方なく、わふうとため息を零して、俺は部屋の扉を閉じた。
 きょろりと周囲を見回し、不審な誰かがいないことを確認してから、元来た道を戻る。
 まるで迷子になることなく、時々角の匂いを確かめながら俺が戻った先は、当然ながらサカズキの執務室だった。
 先ほど青雉の部屋でやったように扉を開けて、中へと侵入する。

「わん!」

 そうして、今度は扉を閉じてから鳴き声を放つと、何処かの海軍大将とは違い真面目に自分の机へ向かっていたサカズキが、ひょいとその顔を上げた。

「ああ、戻りよったか」

 お帰りと言いたげにその口元が緩んだのを見やって、すぐさまサカズキの傍へと近寄る。
 近寄ってきた俺を見下ろし、大きなその手ががしがしと俺の頭を撫でた。
 小さな仔犬の頃だったなら、その強さに負けてころころと転がっていたに違いないが、今の俺は頭を撫でられてもしっかりとその場にとどまることが出来る。
 昔よりサカズキも撫でてくれる回数が増えたので、きっとサカズキも俺を撫でることに慣れたんだろう。
 勝手に揺れる尻尾が床を叩いているのを感じるが、自分の意思ではどうしようもないので放っておいて、俺は自分の背中のものをサカズキが取りやすいように、自分の体を傾けた。
 俺の仕草に気付いたサカズキが、もう少しだけ俺の頭を撫でてから、俺の背中から荷物を取る。
 先ほど大将青雉にハンコを押させたそれを確認して、ふむ、とサカズキの口から声が漏れた。
 その手が机へ書類を置いて、紙切れに向けられていた視線が俺の方へと戻される。

「ようやったのォ、ナマエ」

 わずかに微笑んで寄越された褒め言葉に、わん、と俺は元気に鳴いた。
 嬉しさのあまり、尻尾の揺れる勢いが増したのを感じる。
 そろそろ本気で尻尾がちぎれるんじゃないだろうか。
 尻尾がちぎれて飛んで行って、俺の尻尾が短くなってもサカズキは気にしないだろうが、たまに撫でて貰える尻尾が無くなるのはちょっと寂しい。
 どうにか自分の意思で止められないかと画策する俺をよそに、サカズキの手が机の引き出しに触れる。
 開いたそこから漂った匂いに、はっと俺が顔を上げたのと、サカズキがそこから何かを取り出したのは同時だった。
 大きな手にある骨の形のそれは、どう見てもクッキーだ。
 ここ最近の、俺の『おやつ』である。
 いい匂いのするそれが俺の方へと差し出されて、ほれ、と言葉が寄越される。
 別に報酬なんて無くたってサカズキの役に立つなら働くのに、俺に書類を運ばせたり仕事を任せるようになってから、サカズキは俺にこうやって時々報酬をくれるようになった。
 もしかしたら、誰かに何か言われたのかもしれない。
 拒否をしてもいいのかもしれないが、そうするとサカズキが普段と変わらない顔で俺を心配するので、俺はそっと相手の手に鼻先を寄せた。
 とりあえずは差し出されたものを受け取って、おやつを咥えた俺はそのままそろりと少しだけの距離を移動する。
 サカズキの執務机のわきに置いたままだった俺の皿の上へとクッキーを落とすと、カラン、と少し乾いた音がした。
 美味しそうな匂いが俺の鋭敏な嗅覚をこれでもかというほど刺激して、少し口の中によだれが出たが、ごくりと飲みこんだ俺はすぐにサカズキの傍らへと戻った。
 だって、俺だけがおやつを食べるだなんて、出来るはずもない。
 サカズキだって、昼食の後からずっと働いているのだ。
 もうあれから三時間は経つのだから、少しくらい休憩したっていいと思う。

「わふ」

「なんじゃ、食うて構わんと言うちょろうが」

 俺の様子を見ていたサカズキが、いつもと同じ台詞を口にする。
 けれども譲らず、じっと相手を見あげていると、少しばかり考え込んだらしいサカズキがちらりと壁の方を見やった。
 時計の有る方角へ向けられた視線がこちらへと戻されて、仕方なさそうにサカズキの手が机の端に居座っている電伝虫へと伸びる。
 ぷるぷると鳴き声を出したそれを使い、給仕にお茶の手配を頼んだサカズキを見上げてぱたりとまた尻尾を振ると、勢いの良すぎたそれが少しばかりサカズキの机を叩いた。
 ぱたたた、と床を叩く時より少し大きな音がしたのに気付いて体をずらした俺を、受話器を置いたサカズキが改めて見下ろす。

「これで満足か、ナマエ」

 そんな風に言いながら、その口元を緩めたサカズキに、俺はわんと鳴き声を上げた。
 俺の返事を受け止めて、伸びてきた大きな手がまた俺の頭を撫でる。
 犬として生まれ直して、サカズキに拾われて、たくさんの人が俺の頭を撫でた。
 けれどもやっぱり、青雉や他の誰かに撫でられるのよりも、サカズキに撫でられるのが一番好きだ。
 例えばその手がマグマに変わるマグマ人間の武器となり得るものだったとしても、サカズキが俺を焼いて殺したりしないことくらい、俺はちゃんと知っている。
 やっぱりどうにもならない尻尾がぶんぶんと左右に揺れて、ぱたぱたと床を叩く。
 俺の頭を撫でているサカズキの方は、そうしながら開いている手で机の上を軽く片付けているようだ。
 どうやら今日も、ちゃんと一緒に休憩を取ることが出来そうだった。



end


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