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毛布
※主人公は白ひげクルー
※マルコが寒がり



 ぎしりと軋む雪を踏む。
 甲板に敷き詰められた白いそれらは俺が島へ降りている二時間足らずの間に降り積もってしまったもので、当番が雪かきしているのをねぎらいながらさっさと屋内に引っ込んだ。
 このたびモビーディック号がたどり着いた冬島は、どうやら季節外れの大雪に見舞われた春先らしい。空気は肺が痛むほど冷え切っていて、海の浅瀬すら凍り付く始末だ。いつもより船を島へ寄せられない。
 春でこれなら冬だったらどうなっていたんだと、家族達と身を震わせたのは記憶に新しい。
 目元のすぐ下まで覆っていたニットを引き下ろして、ゴーグルを上へ押しあげながら通路を歩く。
 もう船内だというのに空気はやはりひんやりとしていて、吐く息すら白む様子を見やりながら、俺はそのまま自分の部屋にしている小さな一室へと足を向けた。
 狭い場所が好きだから、なんて理由で手に入れたそこは、倉庫と倉庫の間にある。
 畳を敷いても二つ置けないそこには俺のベッドといくらかの荷物があるだけ、というのがいつもの光景だが、冬島となれば話は別だ。

「マルコ、来てるかー?」

 ほんの少し部屋より小さい扉を開いて声を掛けると、俺のベッドの上の物体がもぞりと身じろいだ。
 部屋のあらゆるあたたかいものを寄せ集めたかのようなそれの中央から、ちらりと金髪が見える。
 やっぱりいた、とその様子に笑ってから、さっさと入って扉を閉じる。
 小さな小さな部屋に入ってから荷物を置いて、ゴーグルを外し、雪で濡れた上着をさっさと脱いだ。
 汚れものは入口近くの籠へと放って、薄着になった体を震わせる。
 あたたかな着替えを取るために靴を脱いでベッドへ乗り上げると、もう少しもぞりと身じろいだ毛布やそれ以外の塊の真ん中から、相手の顔が現れた。

「何出かけてんだよい、ナマエ」

 この寒いのに、と眉を寄せて声を零すマルコに、ちょっと島までな、なんて言いながらニット帽を外す。

「お前こそ、また俺の部屋に来てるのかよ。巣を作るんなら自分の部屋でやれよな」

「誰が巣作りしてるって?」

 人様のベッドの上で営巣している不死鳥様へ言葉を放つと、馬鹿なことを言うなと唸ったマルコがまたその顔を毛布の中に引っ込めた。
 どうやら本当に寒いらしい、と判断して、軽くため息を零す。
 手を伸ばして奥の棚からセーターを掴んで、とりあえずはそれを着た。部屋に置かれていたそれは少し冷たいが、すぐに温かくなるだろう。
 そうしてから、自分と棚の間に鎮座しているこんもりとしたふくらみを見下ろす。
 普段あんなに露出の高い恰好をしているくせに、マルコは案外寒がりだ。
 そのくせ見栄っ張りなのか、部屋を出れば寒がっていることをおくびにも出さない。
 だから後から入ってきた家族達はあまりマルコのこれを知らないが、昔から一緒にいる俺やサッチたちには今さら隠すつもりがないらしい。
 わざわざ狭い俺の部屋までやってくるのも、狭ければその分寒さを防げると思っているからだろう。

「お前にいいもん買ってきた」

 だからこそ、俺だって苦手な寒さを押して冬島へ降りたのだ。
 声を掛けると、もぞもぞと毛布が動いて、またマルコがその顔を出した。
 怪訝そうな目がこちらを見ているので、入口の方へと手を伸ばして、部屋まで持ち込んだ荷物をマルコと自分の間へ移動させる。
 大きなその包みに、ぱちりとマルコが瞬きをした。

「何だよい」

「ん? 毛布」

 問われて答えながら、それを差し出す。

「ほら、明日誕生日だろ。奮発してきたんだぜ」

 なんていう名前だったかは忘れたが、特別な兎の毛を使った毛布らしい。
 そのあたたかさはとんでもなく、これはマルコにちょうどいいと思って買ってきたのだ。
 俺の言葉に少しだけ包みを見つめてから、マルコが顎を動かした。
 開けてみろ、と言わんばかりの動きに、へいへいと答えてリボンを解く。われらが白ひげ海賊団の一番隊隊長殿は、時々とても横柄だ。

「ほーら。ハッピーバースデー、マルコ」

 そうして取り出した手触りの良い毛布を広げて、そのままマルコの上にふわりと掛けた。
 ついでにぐりぐりと押し付けて、マルコが寄せ集めた俺の毛布たちの隙間から押し入れてやる。
 やめろよい、と唸ったマルコがそれでも大人しいのは、手触りの良さを嫌だとは思っていないからだろう。

「どうだ?」

 やがてマルコの体の上半分ほどを包んでやってから声を掛けると、毛布の端が少しばかり持ち上がった。
 多分マルコの手があるんだろうあたりが、マルコの頭あたりに触れて、無理やり顔の部分を引き下ろす。

「……まあ、ぬくいよい」

 出てきた顔がそんな風に言葉を零して、それから動いたマルコの手が毛布の上から俺の腕を捕まえた。

「あ」

「よっと」

 声を漏らしたところで引っ張られて、思わず前へと倒れ込む。
 俺をベッドへ引き倒したマルコは、ほとんどが俺のもので出来た『巣』を広げて、俺をその中に引き込んだ。
 今度は直接俺の腕にその手が触れて、間近になったマルコの眉間に皺が寄る。

「つめてェ」

「外に出てたからな」

 寄越された文句に答えた俺へ、返ってきたのは舌打ちだった。
 そのくせマルコはさらに俺の体を毛布の下へと引き入れて、俺が先ほど包んでやった毛布の内側にまで入れてしまう。頭の先から足まで全部、すっかりあたたかいものの下だ。
 肌触りのいい毛布に頬を押し付けると、どすりとマルコの頭が俺の肩口を攻撃した。
 ぐりぐりと押し付けられるマルコの頭も、俺に比べると温かい。
 絶対俺の方が保温能力が高いはずだというのにどういうことだ。

「はあ……」

「おいマルコ、人の耳の近くでため息吐くなよ」

「うるせェよい、大人しくしてろい」

 息をかけられてぞわりとした俺が文句を言うと、マルコはそう唸って俺の体をさらに引き寄せた。
 なんだか抱き寄せられるような恰好になってしまって、仕方なく片腕をマルコの腰に回す。
 よくわからないが、どうやらマルコは俺をあたためてくれるつもりらしい。
 俺のベッドの上に陣取るときにたまに寄越される気まぐれだが、今日のきっかけは俺が毛布を貢いだからだろうか。
 男にあたためられるなんてマルコ以外だったら願い下げだが、まあ、マルコだからいいだろう。

「……あ、俺をあっためても何も孵らねえからな、マルコ」

 体から力を抜きつつ、大事なことを思い出したのでそう言ったら、何故かマルコに頭突きを食らってしまった。
 人のベッドの上に営巣するくせに、不死鳥様は理不尽だ。



end


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