おつるさんと誕生日
※主人公は海兵さん
俺には好きな人がいる。
どうやったって敵わない、強くて素晴らしい人だ。
「……よし」
ゆっくりと深呼吸をしてから自分の服装を確認して、俺は目の前の扉を三回叩いた。
内側から誰何される前に所属部隊と名前を告げれば、一拍を置いて『お入り』と声が掛かる。
「失礼します」
それを受けてから言葉を放ち、俺は扉を押し開いた。
開いた先にいた上官へと一度敬礼し、すぐに部屋へと入って扉を閉じる。
静かな室内には彼女しかいなくて、その事実に少し心臓が高鳴ったのを感じた。
背中を向けているわずかな間にしっかりと顔を引き締めてから、片手の書類を持ち直して部屋の主へと向き直る。
「もう帰ったんだね、ナマエ」
早かったじゃないか、と笑って言ってくださる相手へ、『一日繰り上がりました』と答えた。
ご苦労様、とつる中将がねぎらってくださったのは、つい三日前に顔を合わせたときに、俺が『演習』に出るという話をしたからだろう。
何人もいる部下のうちの一人のそんな話を覚えていてくれたなんて、と途端に嬉しくなってしまう俺は、やっぱりどうしようもない奴だ。
「こちら、報告書です」
「はいはい、ああ、今度も早かったね」
言葉を紡ぎながら俺から書類を受け取って、つる中将は柔らかな微笑みでその唇を彩った。
その笑顔が見れるなら、青雉殿を急かしに急かして書類を作ってもらった甲斐もあったというものだ。
書類をぱらぱらとめくり、そうして中身を軽く確認し終えたらしいつる中将は、そのままその書類を自分の執務机の上へと置いた。
「アンタがクザンのところへ行ってから、あの子の仕事が早くなって有難いよ、ナマエ」
「いえ、自分は何も」
「謙遜かい? 他からも、『欲しい』って言われてるそうじゃないか」
ふふふと笑いながら言われて、そうだったろうかと首を傾げる。
そういえば時々、うちに来ないかという冗談を他の部隊からもらうことはある気がする。
しかし、俺が本当に求めてほしいところから求められたことはないから、つる中将の仕事を滞らせてしまう可能性のあるクザン大将の元以外に魅力的な職場は存在していないし、誘いだって無いも同然だった。
もしつる中将が『戻ってくるか』と冗談を言ったらすぐさま飛びついて離れないところだが、きっとつる中将だってそれは見越しているだろう。今まで一度だって、そんな冗談は言われたことがない。
俺はもともと、目の前の上官殿の部下だった。
訳の分からない世界に落ちていた俺を拾って保護してくれた彼女の役に立ちたくて海軍に入って、海兵になった。
昇進を断るようになったのは、あまり上の立場へ行けばその手元にいられなくなると気付いたからだ。
そうしてそんな俺に気付いたつる中将は俺を手放してしまったが、いつかその手元へ『帰る』日を夢見て、結局昇進はしないままでいる。
つる中将が今以上の地位を求めるならついていくが、センゴク元帥やガープ中将に頼られる参謀であるつる中将は、きっと今以上の立場を求めはしないだろう。だから俺に昇進は必要ない。
「相変わらずだね、アンタは」
俺の様子を眺めてそんな風に呟いてから、つる中将はその手で机の引き出しを開けた。
そこからひょいと取り出された小さな箱に、俺は目を瞬かせる。
リボンのかかった小さな箱だ。
誰かへの届け物だろうかと見つめていると、つる中将がそのままそれをこちらへと差し出した。
「手をお出し」
放たれた命令に思わず両手を差し出すと、つる中将によってそれがそのまま乗せられる。
やはり誰かへの届け物か、と見下ろした俺は、箱の端に記された小さな文字列に、思わず視線を動かした。
つる中将の執務机の端に置かれた小さなカレンダーを見やって、その日付けが〇月の◇日であることを確認する。
「…………あ、あの」
「どうかしたかい?」
毎年同じ反応をするねと面白がるように笑って、つる中将がその手を降ろした。
しかし、だって、仕方ない。
好きな人に誕生日を祝われて、喜ばない奴がどこにいると言うのだろうか。
俺を子ども扱いしかしてこない相手に『男』として見られたくて、できる限り厳しい顔をして過ごしているというのに、これでは顔を引き締めることだってできない。
間違いなく表情が崩れただろう俺を見上げ、椅子に座ったままのつる中将がその顔の微笑みを深めた。
「誕生日おめでとう、ナマエ」
箱に書かれたのと同じ言葉を口にして、ふふ、と笑い声が目の前の相手から漏れる。
いつもの怖い顔が影も形も無いね、と楽しそうに言われて、俺には礼を言いながら俯く以外の選択肢はなかった。
俺には、好きな人がいる。
その人は、俺がどうやったって敵わない、強くて素晴らしい人なのだ。
end
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