あついはあつい
※主人公は海兵さんでなんとなくトリップ主
イッショウは知っている。
ナマエはあたたかな男だ。
「大将?」
不思議そうに呼びかけられて、イッショウは自分が相手の手を掴んでいたということに気が付いた。
大きなその手が掴んだ先には、イッショウの片手で簡単に隠れてしまうような大きさの掌がある。
傍らに佇む彼が特別小さいのではなく、『海軍大将』となったイッショウが、他に比べれば幾分大柄であるが故の体格差を現したそれにわずかに唇を緩ませてから、イッショウはそっと手を緩めた。
「あいすいやせん」
ちっと気になったもんで、と言葉を続ければ、傍らから戸惑うような気配が漏れる。
ナマエと言う名前の青年は、イッショウが『海軍大将』となって少し後に配属された、イッショウの副官だった。
今までの仕事が文官寄りだったというその自己申告の通り、あまり体をしっかりと鍛えきれてはいないらしいが、目の使えないイッショウを補佐してきちんと仕事をこなしている。
今日もまた、他の部下も伴って警邏に出たイッショウと共に、これから船を降りると言ったところだった。
「何を確かめたんですか」
不思議そうな声音を受けて、へえ、とイッショウが声を漏らす。
「手が冷えるとおっしゃったじゃあありやせんか」
今度の島は、冬が訪れつつある秋島であるらしい。
『肌寒くなってきてますよ、外に出たら手が冷たくなりました』とイッショウに報告をしたのは副官であるナマエの方だ。
けれどもナマエの手は、いつもの通りあたたかだった。
ナマエの手がそういうものだと知らなかった頃、イッショウはたびたびナマエが熱を出しているのではないかと心配したものである。
掌のぬくもりを思い返して、先ほどそれに触れていた手を軽く握り込むと、だからって急に触ってこなくてもいいじゃないですか、とナマエの方から声が漏れる。
「俺が何かしたのかと思って慌てました」
「すいやせんでした」
部下の言葉にイッショウが軽く頭を下げると、別に謝らなくてもいいですよ、と答えたナマエの声に笑いが混じる。
それからすぐそばで動く気配がして、ぺた、と何かが拳を握っているイッショウの手に触れた。
あたたかなそれは、間違いなくナマエの手だ。
「相変わらず、あったけェこって」
ぬくもりを受け止めてしみじみと呟いたイッショウの横で、そんなに熱いですかね、とナマエが呟いた。
『熱い』のではなくて『あたたかい』のだが、大した違いもないだろうとイッショウが頷けば、ふふ、と副官の方から笑い声が漏れる。
「まあ、ほら、アレですよ。俺の故郷には『手の冷たい人は心があったかい』ってことわざみたいなのがあるので」
俺は冷たい奴だから手があったかいんです、と冗談を口にしてきた男に、そいつはまた、とイッショウは眉を下げて口を動かした。
「冗談にもなりゃあしねェお話だ」
ナマエの手があたたかいことを、イッショウは知っている。
いくら今は海軍大将とはいえ、初めてマリンフォードへ訪れたあの日のイッショウは、ただの盲目の旅行者だった。
初めて訪れる土地で、はて目的地はどちらの方角かと迷ってしまったイッショウは誰がどう見ても盲目であり、顔に傷を記した大柄な見知らぬ人間に近寄ってくる人物はそういなかった。
そんな中で一番最初に手を差し伸べてきたのは、イッショウより先に海兵であった傍らの男だ。
『大丈夫ですか? 大荷物ですね、運ぶの伝いましょうか』
唐突に声を掛けてきた初対面の青年は、戸惑うイッショウの手から重たい荷物を預かり、まるでイッショウを安心させるようにその腕を軽く引きながら促して、イッショウをそのまま目的地へと連れて行った。
当人は名乗りもしなかったし、改めて副官として紹介された時に初対面を装われてしまったがためにイッショウもそれに合わせたが、視覚を封じた分感覚の鋭いイッショウが、あの温もりを間違えるわけもないのだ。
「大将?」
馬鹿なことを言い出す部下にため息を零したイッショウに、ナマエが先ほどと同じく戸惑ったような声を零す。
それを無視して動かしたイッショウの手がもう一度ナマエの掌を握り込むと、驚いたように逃げようとしたナマエは、しかしあまり逆らうことなくイッショウの手の中でイッショウの掌に触れ直した。
「……大将、手ェ冷たいですね」
まるでそんなイッショウの手をあたためるようにした相手が、手袋でも出しますか、と口を動かす。
しかし、秋島でそれは必要ないだろうと首を横に振って、イッショウは空いていた手で仕込み杖を持ち直した。
「どうしても寒くなった時ァ、この手をそのまんまお借りしやす」
「手をつないで警邏する海兵ってのはどうなんですか」
「あっし相手なら、そうおかしなことでもありゃあしやせんでしょう」
この目ですから、なんて呟いて笑ったイッショウに、戸惑った気配を零したナマエが、それから小さくため息を零す。
「……大将のそういうの、笑っていいのか分からないんですが……」
「あい、すいやせん」
ほとほと困り果てた様子で呟く相手に、やはり傍らの男はあたたかいのだと認識して、イッショウはさらにその口へと笑みを浮かべた。
end
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