まるたん!
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 今日はマルコの誕生日だ。
 大所帯の白ひげ海賊団で、全員の誕生日を祝っていくわけがないが、隊長格となるとまた少し話が違うらしい。
 もしくは、最近宴の理由が無かったからかもしれない。そちらの可能性の方が高いか。

「よし、親父呼んでくるかー!」

 準備の殆どが終わっている甲板で、サッチがそんな風に声を上げる。
 見上げた空には欠けた月が昇り始めていて、今夜は酒の飲みやすいいい天気になりそうだなと思った。運ばれている料理達も旨そうだ。
 楽しみだなあなんて思いながら甲板の上を見回して、おや、と首を傾げる。
 一応は今日の『主役』であるはずの我らが一番隊隊長の姿が見当たらない。
 少し考えて、手伝いに出て来たマルコを『マルコも主役なんだから』とハルタが追い返していたのは思い出した。そういえば、あれから姿を見ていない気がする。
 もしかして、まだ部屋にいるんだろうか。
 すでに誰かが行ってるかもしれないけど、呼びに行ってくるか。
 行き違いになったって、俺がちょっと歩き回っただけのことだ。
 つまみ食いしようとするエースがビスタに遮られているのを横目に見つつ、俺はそのままその場から歩き出した。







 何と言うことだ。
 マルコの部屋に入ってすぐ、そんな言葉が頭を駆け巡った。
 扉を叩いても返事がないからまさかとは思ったが、本日の主役がすっかり眠り込んでいる。
 ベッドの上に横向きになっている相手を見下ろして、少しばかりため息を零す。
 眠り込んでいるマルコの目が開くことはなく、ついでに言えば口だって動かなかった。
 ベッドの上の彼は、俺が死にかけたところを助けてくれた海賊だった。
 マルコがいなかったら多分、俺は『この世界』にやってきて一時間足らずでお陀仏だっただろう。
 誰にも言わずに『帰り方』を捜しているがそれは見つけられないまま、もう数年が経った。
 その間、良くしてくれた白ひげ海賊団にも、何も知らなかった俺を船乗りとして教育してくれたマルコにも感謝している。
 ベッドわきに屈みこんでその顔を覗き込み、伸ばした手で軽くマルコの肩を揺さぶった。
 マルコ、とその名前を呼べば、やや置いて小さく唸ったマルコの目が、ゆっくりと開かれる。
 少し眠たげな目がこちらを見た、と思ったら、マルコの手ががしりと俺の腕を掴まえて、マルコの体が反対側向けに寝返りを打った。
 当然引っ張られた俺もついて行く形になり、うわ、と声を漏らして抵抗しても敵わずにマルコの上に倒れ込む。マルコの肘が腹に入って少し痛い。
 戸惑いつつ起き上がろうとしているのに、マルコは俺の手を離すつもりがなさそうだった。

「暴れんなよい」

 そんな風に言いながら、すぐに目を閉じて、枕にやるように人の頭に頬を押し当てている。
 これはどう考えても寝ぼけていそうだ。
 起きてくれ、と掴まれていない手でマルコの体を軽く叩きながら訴えると、見やったマルコの眉間に皺が寄った。
 そんな顔をされると寝かせておいてやりたくなるが、今日はマルコだって主役なのだ。甲板に顔を出さなかったら、どうせ他のクルーだって呼びに来る。起きたほうがいい。
 そう訴えつつ体を揺さぶった俺のもう片手をマルコのもう片方の手が掴まえて、更に俺の体を引っ張り込み、ついには俺の全身をベッドの上に落としたマルコの体と壁に挟まれるような格好になってしまった。
 その上で、背中から抱き込むような格好になったマルコの手が片手で俺の両手を拘束し直し、空いた片手がするりと俺の腹側に乗せられた。
 わずかなこそばゆさに緊張した俺の腹筋に、俺の後ろ側で笑いを含んだような息が漏れる。
 長い指がくすぐるようにあまり割れていない俺の腹筋を撫でて、うひ、と小さく声を漏らした俺を気にすることなく、その手が俺の服の中に潜り込む。
 タオルケットも掛けずに眠っていたマルコの指は少し冷たくて、あったけェな、と後ろで呟くマルコの声にどう答えたらいいのかも分からないまま、俺は両腕の自由を取り戻そうと腕を動かした。
 けれども、片手しか使っていないマルコに敵わない。いくら鍛えたって、俺とマルコでは人種的な限界が違うのだ。
 マルコが何をしたいのかは分からないが、下腹なんて触られると、くすぐったい以外の事情が発生しそうで気が気じゃない。
 いくらマルコが『兄弟』だと言ってくれていても、俺がマルコに向けている感情を思えば、この間みたいな状況になるわけには行かないのだ。
 マルコは海の上ではよくあることだと言ったけど、そう言われて俺の心はざっくりと傷付いたし、復活に一週間かかった。あれはもう嫌だ。
 だからどうにか抵抗しようとしているのに、マルコの手は俺の両腕を掴まえたままで、じわじわと腹に触れている指が下へ向かおうとしている気がして、体が強張る。
 マルコ、と焦ったように俺がその名前を呼ぶのと、通路を駆ける大きな足音がその場に響くのが重なった。
 マルコがその手を俺から離すのとほとんど同時に、バタンとノックの一つもなく扉が開け放たれる。

「起きろマルコー! 宴だぞ!!」

 
 殆ど暗がりのマルコの部屋へそう言いながら入ってきたエースが、あれ、と声を漏らす。

「何だ、お前も起こしに来たのか?」

 そう言うのミイラトリガミイラニナルって言うんだぞ、と言いながら近寄ってきたエースの手に捕まって、俺はそのまま起き上がった。
 あはは、とそちらへ向けて笑えば、やや置いて俺と同じく起き上がったマルコが、さっきまで俺に触っていたその手で軽く頭を掻く。

「……全く……騒がしい奴だよい」

「いいじゃねェか、親父ももう来てるし!」

 早く早くと急かすエースにため息を零して、マルコが先にベッドを降りる。
 それを見送り、エースに手を放してもらって倣うようにベッドから足を降ろしながら、俺はほっと息を吐いた。
 それから、そう言えばまだ言っていなかった、と気付いて、マルコ、と目の前の海賊に声を掛ける。
 上着を変えたマルコがこちらを見やるのを待ってから、言葉を続けた。


 誕生日おめでとう。


「……ああ、ありがとよい」

 俺の言葉にマルコが軽く笑って、それを聞いていたエースが投げた同じ言葉にも、マルコは同じ返事をしていた。



end
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