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Start moving under the water

「おはようございます」
「おはよう。こんな朝早くから感心ね。行ってらっしゃい」

近所のおばさんに頭を下げると、バス停に向かって歩き出す。

例によって、私は今日も高校生活を送っていた。これで3日目。2日目の昨日は朝も夕方も及川君と会えて、かなりついてる1日だった。咲良達とも話ができたし、実紅とも出掛けられて楽しかった。でも、上手くいき過ぎて怖いとも思う。全てが私に都合が良すぎて、これっぽっちも現実味がないのだ。ただ新学期2日目に早く学校に行っただけで、こうも自分の世界が好転するなんて……

昨日は夢じゃなくてタイムトリップじゃないかと本気で熟考していた。でも、昨晩放送していた医療ドラマを見て違う考えも浮かんできた。もしかしたら私が事故か何かで意識不明で、その眠っている間に見ている長い夢なのかもしれない、と。最初は、そんなフィクションみたいなこと…とバカらしく思ったが、タイムトリップよりかは遥かに現実的な話だ。それだと自分の都合の良いようにことが進むのもおかしくない。現実であって現実ではないのだから。私の頭の中だけで作られているシナリオなのだから。

けれど、都合がいいだけの夢は、怖い。この楽しいひとときの後、現実…あの何もかも上手く行っていなかった現実世界に引き戻されることが。それならいっそ、ずっと目覚めたくないなんて、親不幸にもほどがあるよね。

「……考えないようにしよう」

ごちゃごちゃ考えても仕方ない。何にしても、なるようにしかならないのだ。お姉ちゃんは考えすぎだって、今朝、妹にも言われたばかりだし。考えるのはやめよう……今は。

バス停に着くと、私は深呼吸して空を仰いだ。







「失礼します」
「お、みょうじか!今日も早いな!」

今日も職員室に教室の鍵を借りに行けば、副担任で体育担当の先生が話し掛けてくる。私は先生と少し話した後、職員室を出た。高校の時は熱血教師ともいえるあの先生が苦手だったけれど、今となっては懐かしくてつい話し込んでしまった。先生に今日はよく喋るなぁ!と感心されるほどに。思えば高校の時は先生達とも必要最低限の話しかしてなかったな。

教室の前まで来ると、鍵を開けて教室に入る。そして自分の席につくと、両手を上にあげて思いっきり伸びをした。やっぱり一人は落ち着く。

黒板の上にある壁掛け時計は7時25分を指していた。たぶん2人は30分過ぎじゃないと来ない。実紅の情報によれば、バレー部の朝練は火曜から金曜に6時半から7時半の間で行われているらしい。45分から実施されている朝課外に行かない部員は、2度目の朝食を取ったり、シャワーを浴びたり、課題をこなしたりと各々自由に過ごしているそうだ。話を聞いた時、なぜ月曜だけ朝練がないのかと不思議に思ったが、どうやら月曜は体を休める為に部活は休みで、朝練も基本は無いそう。

「あ、実紅からだ」

復習がてら教科書を開いて10分ほど経った頃、バイブが鳴った。携帯を開くと実紅からメールが来ていた。今日は寝坊したようで、中途半端な時間からだと面倒だから午後から行く、との内容。面倒だからって……。本当に自由な子だなぁ。

「……え、ちょっと待って、じゃあ…!」

ふと気づいた。実紅が来なかったら及川君と2人きりになる!どうしよう、心の準備が…!一緒に勉強するってだけでも緊張するのに、いきなり2人とか無理!でも、今さらどうすることもできないし!

立ち上がり、教室内を忙しなく歩き回る。すると、私とは違う足音が廊下の方から聞こえてきた。慌てて座り直すも、それは知らない生徒で、それからもパラパラと数人、廊下を歩いていく。そうか、もうすぐ朝課外が始まる時間だ。もう30分はとっくに過ぎている。及川君もいつ来てもおかしくないのに、これじゃあ人が通るたびに緊張しなければならない。早く、みんな早く通り過ぎて行って…!

「……遅いな、及川君」

朝課外も始まり、ようやく廊下に静けさが戻ってからも、いっこうにこっちに向かってくる足音は聞こえてこない。部活が長引いてるのかな?ううん、でもバレー部の志戸君や沢内君が朝課外に行っているのを見たし…

その後、結局、及川君が顔を出すことはなく、私はHRまでの間、一人で本を読んで過ごしたのだった。







「おっはー、高束くん!」
「おっはーって……もう昼過ぎてんだけど」
「それもそうだね!あっはは!」

昼休みが20分を過ぎた頃。実紅が教室に顔を出した。ドアの近くにいた男子と一言二言交わすと、自分の席を通り過ぎて真っ先に私のところに向かってくる。それに気付いて顔を向けた瞬間、視界が真っ暗になった。

「なまえ〜!今日は朝一緒に勉強できなくてゴメンね〜」
「き、気にしないで。私が好きで早く来てるんだし」

来て早々、ギュッと抱きしめられて体が強張る。こういうスキンシップみたいなもの、友達にされたことないから緊張する。みんなこういう時どうしてるのだろう。抱きしめ返した方がいいの?それともされるがまま?

「昨日ね、寝る前に借りてたDVD観てたらつい見入っちゃって」

私が考えてる間に実紅はスッと体を離すと、隣の男子の席に腰掛けた。そういえば昨日の帰り、DVDを沢山借りてたっけ。それが本格的なアクション映画ばかりで、意外に思ったのを思い出す。

「で。及川くんとの勉強会、どうだった?」
「それが及川君来なかったんだよね……はは」
「え。来なかったの?」

自嘲気味に笑う私に、実紅は確認するように聞き返してくる。私はそれに頷いて返す。よく考えてみれば、あの及川君がこんな地味で取り柄のない私と一緒に勉強なんてするはずがない。相手はバレーの実力やあのルックスから、この辺ではかなり有名な人だ。その上、部活ではレギュラーでしかも主将。特徴を挙げれば挙げるほど、私とは遠いところにいる人だと改めて認識させられる。たぶん昨日彼が言ったことは気まぐれから出た言葉なんだ。それを鵜呑みにして……バカみたい私。

「そっか。それは……残念だったね」
「ううん。寧ろこれで良かったんだよ」
「なまえ……」

そう、これで良かったんだ。高校時代、遠くから見ていることしかできなかった私にとって、話せただけでも大きな進歩だった。だから、これ以上を望んではいけない。近づきすぎると…この世界と別れなければならない時に辛くなる。

「あ、いたいた!みょうじさん!」
「?」
「あれ、湯田っち?」

感傷に浸っていたところで、誰かに呼ばれて廊下の方を見る。こちらに歩いてくる彼の顔に見覚えはない。誰だろう?実紅は知ってるみたいだけど。

「これ、徹から渡してくれって頼まれて」
「え!?及川くんから!?」
「うん。アイツいま後輩女子に捕まってて」

湯田君は4つ折りにされた紙を私に差し出す。それを受け取って開いてみたら、電話番号とメールアドレスが書かれていた。え?え?これって当たり前だけど及川君の携帯の、だよね?でも、どうして…?

「朝、行けなくてごめんねって伝えてくれ、とも。今日、朝課外ない奴は監督に残るように言われてギリギリまでサーブ練させられてさ」
「そ、そうなんだ」

及川君、ちゃんと来てくれるつもりでいたんだ……嬉しい。それに、連絡先まで。たったこれだけの事で、私の先ほどまでの決意が簡単に揺らいでしまう。やっぱり、及川君ともっと話がしたい。あぁ…私って、優柔不断なところはあの頃から変わってない。

「それじゃあ、俺はこれで!」
「えっと…ありがとう」

湯田君に軽く頭を下げると、彼は人懐っこい笑みを浮かべてから踵を返す。私達のやりとりを傍らで静かに聞いていた実紅は、最後にバイバーイと湯田君に緩い口調で声掛けていた。

「ねぇ、それ何て書いてあるの?」
「あ!」

返事をする間もなく、持っていた紙を実紅にパッと取られてしまった。彼女は中を見ると、何も言わずに元の通り4つ折りにしてから私に返す。一瞬、その顔が真顔になったように見えて、話し掛けるのが躊躇われた。

「良かったね!それじゃあ早速連絡しなきゃね!」
「ええ!今!?」
「そうだよ!善は急げって言うじゃん!」

実紅はニコニコして勝手に私の鞄から携帯を取り出そうとする。……さっきのは私の気のせいかな。
いつも通り明るい表情の彼女を見て、一抹の不安は消えていく。そして、私の携帯を開いて操作しようとする実紅を慌てて止めるのだった。







一人の女子高生が携帯のRAIN画面を見つめる。相手は小学校からの友人だ。そんな彼から昨晩、とある人物の連絡先を教えて欲しいとRAINがあった。なぜかと聞いたら、朝一緒に勉強することになったからと彼は言った。

「なにあの女。及川君にベッタリくっついて」
「2年の堀田でしょ。及川君と同じ委員会になりたくて同じクラスの女子と掴み合いしたっていう」
「委員会を理由に周りをうろちょろしてるって噂の奴じゃん?」

自分の前の席で、窓際から校庭を見て堀田という2年に鋭い視線を向けるクラスメイト。そのクラスメイトは1年の時から及川が好きで、ことあるごとに及川に近づく女子に嫌がらせをして、彼から女子を遠ざけている人物の1人だった。及川の前の彼女も嫌がらせを受けて、泣く泣く別れを切り出したという話もある。

バカな女だ。人をよく見ている及川が気付かないはずがないのに。嫌がらせなど汚いことをすればするほど引かれるということが何故分からないのか。そう思いながら憐みの視線をそのクラスメイトに向ける。

及川とどうにかしてでも接点を持ちたいのは彼を好きな人間なら誰もが思うこと。現に周りの女子の目を掻い潜ってコンタクトを取るのに成功している人間は何人もいる。彼女達がどうやってそこまでたどり着けたのかなんて、毛頭興味はないけれど。一番近くで及川を見てきた自分に言わせれば、及川の中ではそんな女子達もみな同じ立ち位置。この子は特別、なんてない。少なくとも今は。今までの見解から、自分から言い寄ってくる女子が及川にとって特別…彼女になることはないのだ。

ではどうすれば、彼の中の特別になれるのだろう。数多くいるライバルの中で頭ひとつ抜けるためには……

再びトーク画面を開く。彼からの頼みは結局断った。代わりに、自分で直接聞いてみたら?という言葉を返して。どんな些細な事でもいい。彼の中で、この子は他の子とは違うと特別に感じさせるきっかけを作れるのなら……それなら自分は何でもする。

「もしもし及川くん?」

夜。早速考えた事を実行に移すのに、渦中の相手に電話を掛ける。これからのことを考えると口角が上がっていく。善は急げ、だもんね。

「朝の勉強会なんだけどさ、場所を変えない?なまえには私から伝えておくから……必ず、ね」



2019.11.04
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