烏野男子バレー部の部員は、気合いの入った、けれどどこか緊張した面持ちで、因縁の相手 音駒高校が待つ烏野総合運動公園の体育館に向かっていた。
「……先生よ」
「…ハイ」
「俺、タバコ臭くねぇかな?湿るくらいにはファブリーズして来たんだけど」
自分の服を嗅ぎながらコーチの烏養は、隣を歩く監督の武田に聞く。どうやら試合に向けての気合いや緊張は、部員だけにあるわけではないらしい。
「大丈夫!ラベンダーの香りですよ!」
親指を立て笑顔で大丈夫サインをする武田を見て、烏養は無香料にすべきだったか…とぼやく。そのやり取りが可笑しく、彼らの斜め後ろを歩いていたマネージャーの清水となまえは、ふふふ、はははとそれぞれ笑った。
「なまえてめぇ!後で覚えてろよ!」
「なぜ私だけ?!」
1人だけ怒られ、不服そうに烏養を見ていたなまえだが、自分のチームの主将の、挨拶!という声を聞き、そちらに目を向ける。その目には、烏野、音駒の両チームが挨拶を交わし、お辞儀をしている姿が写る。
いよいよ5年ぶりとなる因縁の対決が始まる。
「研磨!」
「!」
数日前に偶然にも音駒高校の孤爪と顔を合わせをしていた日向は、彼にどうして音駒だと教えてくれなかったのかと問い詰めている。
「ヘイヘイヘイ、うちのセッターに何の用ですか?」
そこへ自分のチームの部員が絡まれていると勘違いした山本が、日向に凄み出した。
「ウチの1年に何の用ですかコラ」
日向は怯えた様子で謝ろうとしたところに、今度は日向と同チームである田中が加わって、いがみ合う2人に日向はドギマギしている。
「なんだコラ」
「コラ、シティボーイコラ」
「龍ちゃん、また大地さんに怒られるよ」
あたふたしている日向に見兼ねて、近くにいたなまえが、田中を止めに来る。日向はすかさずなまえの後ろに隠れた。
「び、びび美少女!!ぐはっ!」
彼女を見た山本は、戦意喪失したかのようにその場で固まる。
「あぁ!?先に喧嘩売って来たのはこいつだ!!」
先ほど理不尽な怒られ方をされ、彼女の虫の居所が悪い事を知らない田中は、山本を指差し、いつもの調子で言い返す。それに対し、なまえは怒りも笑いもせず、口を開く。
「じゃあ買わなきゃいいじゃん喧嘩」
「それだと舐められんだろうが!」
「あわわわわ…」
次は身内同士が揉めだし、自分が元凶だと感じている日向の顔が真っ青になる。そんな彼に孤爪もオタオタし始めた。
「お、おい!お前!」
すると、固まっていた山本が、なまえに怒鳴る田中に声を荒げる。それにヒィィ!と日向は声を上げる。なまえはと言えば、山本には見向きもせず、ただただ反省の色を見せない田中の方を見て、眉間に皺を寄せている。
「美少女になんて口を、」
「じゃあ潔子さんに喧嘩売られても買うんだね?分かった」
「い、いや…潔子さんに関しては話が別…って、ちょっと待てって!!」
田中の反論を聞かず、なまえは早々に体育館に入って行った。
少しの間、場が沈黙したのち…
「お前のせいでとんでもない事になっちまったじゃねぇか!!」
「知るかそんなの!!」
「なんだと!やんのかシティボーイコラ!」
再び喧嘩が勃発する。
慌てている日向の隣で、孤爪は呆然となまえが入って行った体育館の方を見ていた。そして昨晩、黒尾が言っていた美人マネージャーとは彼女の事なのだと解釈し、ホッとする。とてもゲーマーには見えないし、なにより充電器を返す為とはいえ、あんな気が強そうな人に話し掛けるなんて、取って食われそうで無理だ。
「やんのか≠チて、やるんだろ。これから試合なんだから。あとシティボーイとかやめろハズカシイ」
「山本。お前すぐ喧嘩ふっかけるのヤメロ。バカに見えるから」
仲介する者がいなくなり、いがみ合っていた田中と山本だが、各々の先輩の登場で一時休戦となった。
ショックを受け、立ちすくんでいた2人だが、山本が突如声を上げる。
「?」
孤爪は不思議に思い山本の視線の先を辿れば、そこには烏野のもう1人のマネージャー、清水がいた。 彼女は艶のある黒髪をなびかせながらクールに去って行く。
「え…どっち…」
ちらりと見た清水が美人であった事から、孤爪は黒尾の言っていた美人マネージャーが、どちらなのか分からなくなり、ポツリと呟いた。
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