秒針 | ナノ

ベストセッター賞の人(1/3)

「すみません田中さんすみません」

バスから降りると、翔ちゃんがすぐさま龍ちゃんに頭を下げている。

「いいっつってんだろうが!」

龍ちゃんは汚れた自身のジャージをビニール袋に入れて縛っている。どうやら寝不足からバス酔いしやすくなったみたいで、気づいた時には時既に遅し。
バスから降りて、だいぶ気分の方は落ち着いたみたいだけど…

「トッ…トイレ行ってきますっ…」
「上の次は下か!忙しい奴だな!わはは!」

笑う龍ちゃんの横を小走りで翔ちゃんは通り過ぎて行った。緊張の方はまだまだ緩和されてない模様。

「大丈夫かなぁ。翔ちゃん」

翔ちゃんが走って行った方を見る。
私はといえば、途中まで彼にプレッシャーを掛けてしまったと沈んでいたが、大地さんやスガさんのフォローのおかげですっかり立ち直っていた。翔ちゃんにプレッシャーを掛けてしまったのは私だけではなく、ほぼ全員がそうらしい。
未だ緊張でカチコチの翔ちゃんを見ていると、両手放しで喜べないが、少し安心した。いや、これが私だけがプレッシャーを掛けたパターンだったらほんとマズかった!

「アイツ…また…!情けねぇな!一発気合入れて、」
「何言ってんのオマエ!?」

イライラした様子で翔ちゃんに気合いを入れに行こうとする飛雄君をスガさんが必死に止める。

「田中!なまえ!この単細胞押さえろ!」
「オス!」
「はい!」

翔ちゃんに喝を入れに行こうとする飛雄君を3人がかりで何とか抑える事ができた。今は大人しく私達の後ろを歩いてくれている。

試合が行われるのは第3体育館。中を見回していればさすが私立。どの建物も綺麗な事この上ない。

「建物までおしゃれだなぁ。…ん?」

向かう途中にこれまた綺麗な手洗い場を見つけた。手洗い場を見て、先ほどのバスの中での騒ぎを思い出す。

「龍ちゃんジャージ貸して!洗ってくる」
「お、悪いな!でも日向が洗濯してくるっつってるけど」
「うん。けど、ザッとでも水洗いしてる方が汚れ落ちやすいし」

龍ちゃんからジャージ入りの袋を受け取る。試合前は準備や向こうの監督への挨拶、アップなどがある為、到着してから30分後に試合開始の予定になっていた。だから、ジャージ1枚洗う時間くらい全然ある。みんなを先に行かせ、私は1人手洗い場に向かった。







「よし!綺麗になった!」

水でビショビショのジャージを目の前に広げる。翔ちゃんが洗濯するって言ってたけど、わざわざ渡すのも何だし、私がこのまま持って帰って洗濯しよう。お!何か今のマネージャーらしくなかった?


「潔子さんには負けるけど」
「潔子さんってあの美人マネちゃんの事?」
「!」

ジャージの水を切るのに絞っていれば、後ろから声がした。誰だろ?ここの学校の人?

「あ、イケメン」

振り向けば、えらく顔の整ったイケメンさんが立っていた。うちの部員にもイケメン多いけど、この人は特に女子から好かれそうな…俗に言う甘いマスク的な人。それに背も高い。…いや、断じて私が小さいからそう見えるとかそんなんじゃなくて。

「第一声に褒め言葉もらえるなんて嬉しいなー!君みたいな可愛い子に」
「可愛いなんてそんな大袈裟な〜」

ははは、と笑いながら軽く流す。
容姿だけでも女子のハートを掴んでそうなのに、言動までもが女子のハートを掴みそうな感じだ。そんな言動に可愛らしい反応ができない私は女子ながら女子の感性がないのかもしれない。

「ほ、ほんとに可愛いんだけどなぁ…」

私の反応が予想していたものとは違っていたのか、イケメンさんはあれ…っと小さく声を漏らす。あ、もしかしてチャラい感じの人なのかな。

「俺の部活さ、今日練習試合入ってるんだけど足痛めちゃってさ」
「大丈夫ですか?ってか、イケメンさん部活は?」
「バレーだよ〜」
「あぁ〜バレーですか〜。…… バレー!?」

ちょ、この人今バレーって言った!?そしたらうちが今日試合するところの一員って事じゃん!よくよく考えたら、他校の人が潔子さんを知ってた時点で何かしら接点ないとおかしいよね。

「俺、及川徹。これでも一応主将なんだよね〜」

彼は笑みを崩さないまま話し続ける。……及川?及川ってどこかで聞いた事あるような…それに主将って事は私より学年1つ上って事か。

「イケメンさんって呼ばれるのもすごく良いけど、君には名前で呼んで欲しいなぁ…なまえちゃん」
「!」

いきなり名前を呼ばれて、思わずジャージを絞っていた手を止める。私は特別才能があるわけでも、プレイで目立つようなタイプでもない。なのに、なぜこの人は私の名前を知ってるのだろう…

「君、白鳥沢でバレーしてたでしょ?」

疑問形ながら、こちらが肯定するのを確信しているような…そんな口ぶり。

「えー まぁ…」

私そんな有名だったっけ…飛雄君にしてもそうだけど、なんで私の事を知ってんだろ。白鳥沢がバレーが強くて有名なのは十分すぎるくらい知ってる。でも、それはあくまでも男子の方の話で。女子は全国に行った回数も少ないし、個人で賞を取った人もここ数年いない。……ん?賞…?

「あ、そうだ!!」
「!?」

私の声に彼は肩を震わせた。思い出した!この人は…!

「男バレの!中学生の部の!ベストセッター賞の!」

頭に浮かんだキーワードをそのまま口にしたせいか、発言にまとまりが全くない。

「知っててもらえたなんて感激だなー!」
「いやー、あの年にうちの中学の男バレ部員も賞もらってたからあの表彰式は印象深くて…!」
「な、なるほど…牛若ちゃん効果って訳か、はははっ。…何か複雑」

及川さんは何故か急にいじけてしまった。どうすれば機嫌が直るか分からないのと面倒臭いのとで取り敢えず放置して、絞ったジャージをビニールに入れる。

「あのさ」

立ち直ったのか、再び横から話し掛けられた。立ち直るの早いな!

「牛若ちゃんと知り合いでしょ?何か弱点とかないの?」
「それってバレー面ですか?それとも私生活面?」
「どっちも!」

自分で言っておきながらなんだが、私生活面の弱点なんて知ってどうすんだろ…

「おい!保健室の先生戻ってきたぞ!」

体育館の方からツンツン頭の人がやってきた。タメ口な辺り、この人も3年生なのだろう。

「えぇ〜、まだなまえちゃんに牛若ちゃんの弱点聞いてないのに〜」
「ごちゃごちゃうるせぇ!さっさと診てもらってこいグズ川!」
「だから悪口と名前一緒にしないでって!」

及川さんは私にまた後で!という言葉を残し、渋々といった様子で校舎に向かって歩き出した。手洗い場にはツンツン頭さんと私だけになる。

「悪かったな、うちのバカが」

彼は申し訳なさそうに言った。私は、首を横に振る。

「いえ。それよりも立ち直りの早さにはびっくりでしたけど」
「そこがまたウザいところなんだけどな」

彼は不機嫌そうに及川さんの後ろ姿を見て言う。
なんだが苦労人っぽいなぁ。いつもこうやって、及川さんの行動のフォローをしているのかな。

「お前、烏野のマネージャーだろ?もうアップ終わり掛けてるからもうすぐ試合始まんぞ」

私の着ている黒いジャージに目をやりながら言われた。

「え、もうそんな時間!?」

30分って結構短い!話してたのもあるけど!

「ありがとうございます。今日の試合、宜しくお願いしますね」

1≠フ数字が印刷されたゼッケンを着ている彼にそう言ってから体育館に向かった。





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