秒針 | ナノ

気遣い(1/3)

「おぉ!なまえ!」

3対3の試合の後、突如現れた女子生徒に1年生が唖然とする中、澤村が声を掛けた。

「また今日から宜しくお願いします」

なまえと呼ばれた生徒は言った。

「もう委員会の方は大丈夫なの?」
「はい!図書館だよりさえ作れば、あとの仕事は放課後に残る必要はないので!それに図書館だよりは今日、自学室使って終わらせてきました!」

本来学校が休みのはずの今日、なまえは最後の仕事である図書館だよりを集中して早く終わらせる為に学校に出て来ていた。

「そっか!新学期そうそう大変だったな。お疲れ!」
「ありがとうございます!」

目を輝かせながら菅原に話すなまえを見て、まーた始まったよ、と2年は呆れる。

「つーか脅かすなよ!一瞬背後霊かと思ったじゃねぇか!」
「ほんとに背後霊だったら今頃たたられてんだろうね」

そう言うなまえに、けど嘘は言ってねぇ!と田中は開き直る。それに対し、なまえはムッと口を尖らせた。

「清水ー!なまえが戻ってきた!」

雑巾を洗いに外の手洗い場に行っていた清水に菅原が声を掛けた。それを聞いて、いつも喜怒哀楽をあまり見せない彼女が珍しく、少し嬉しそうな様子で体育館に戻ってくる。

「潔子さん!」

まだ雑巾を持ったままの清水になまえは駆け寄る。

「お帰り」
「ただいま戻りました!」

挨拶を交わした後、なまえは自分が休んでいる間に練習メニューの変更などがなかったかを清水に聞いている。

「えぇー!なまえの入ってる部活ってうちだったの!?」
「おい!」
「あ!なまえじゃなくてなまえ先輩だった!」
「何?知り合いなの小学生?」
「清水先輩以外にマネージャーいたんだ」

2、3年生と少し離れた所にいる1年生は、なまえを見ながらそんな会話を小声でする。

「ああああ、あの!」

清水となまえが話していると1年生の日向が慌てた様子でなまえの前に来た。

「あの!2年生とは知らずに、おれ…その…」

タメ口と呼び捨てすみませんでした!と日向はその場で土下座して謝る。土下座されているなまえは、少し驚いたような表情をした後、日向にそれをやめるように言った。

「別に気にしなくていいのにー」
「へ!?い、いや、でも2年生なんですよね!?」
「うん。だけど私あんまり上下関係とか気にしないからさ!」

だから今まで通りで構わないよ、と彼女が言えば、日向は笑顔でうん!と返事して飛び上がるように立ち上がった。

「翔ちゃん可愛いなー」

なまえは日向の頭をよしよしと撫でる。どこが可愛いのか意味の分からない日向は、されるがままになっている。

「お前ら知り合いだったのか!」
「はい!昼休みにたまたま日向君が一人で練習してる時に会って」

なまえと菅原との話が一段落終わったのを確認すると、澤村が口を開く。その声に部員全員の視線がなまえに集まる。

「遅くなったけど、2年生のみょうじだ」
「みょうじなまえです。2年生ですが訳ありで今年からの入部です」

澤村からの紹介の後、彼女は全員の顔を見ながら挨拶する。

「マネージャーですが、清水先輩とは違って主に練習の補佐をするかと思います」

よろしくお願いします!と言えば、部員達はシアース!と返事をした。

「あとバイトと学校の課外があるので…」

部活に出られない時間を言うなまえの言葉を清水はメモする。

「バイトって何してるんだっけ?」
「空手を小中学生に教えてる」
「え!?空手ですか!?」

縁下の問いかけになまえが答えると、山口が驚いたように聞き返す。当人は笑うと頷いた。

「ぱっと見、そんな風には見えないだろ?」

澤村は笑いながら言うと、部員は目を見開いたり、驚きの声を上げたりと各々の反応を見せる。彼女は毎度新しく知り合う人間に空手の話をすると驚かれていた為、今回のような周りの反応には慣れていた。

「今は試合には出てませんけど、現役の子達と同じメニューをこなしてるので体力には自信があります」

あっけらかんと言う彼女に、それだと現役とさほど変わらないって事じゃ…と周りは引きつった笑みを浮かべる。

「あぁ、そうだ!」

澤村は何か思い出したかのように清水の方を見た。

「清水、なまえにジャージを渡してやってくれ」

清水は頷くと、段ボールからジャージを持って来てなまえに渡した。

「はい、ジャージ」
「わぁ!ありがとうございます!いつ見てもかっこいいなぁ黒ジャージ!」

なまえは日向同様に目を輝かせながらジャージを眺めている。昨年分のジャージの余りがなかった事からなまえもジャージをもらえていなかった。

「組めた!組めたよー!!」

すると、入口からそんな声と共に今年から男バレ顧問になった武田一鉄が体育館に顔を出した。
武田の話では県ベスト4の青葉城西高校と練習試合が組めたという。

「大地さん!青城って確か…」
「あぁ、部員全員の能力が平均して高…」
「制服がおしゃれな高校…!!」
「………」
「けど男子はぜってぇ、うちの方がかっこいいぜ?何たって…」

なまえの言葉に無言になる澤村と烏野の制服である学ランについて暑く語り出す田中。

「あぁ!でも条件があってね!」
「条件?」

全員が武田に注目する。なまえは、まだビニールに入ったままのジャージを持ち直し、同じく彼に注目した。

「影山君をセッターとしてフルで出す事▲

それを聞き、部員は影山を見る。影山本人もその条件に眉をひそめる。

「なんスかナメてんスかペロペロですか」
「それって誰が出した条件ですか向こうの指導者の人ですかそれとも部員ですか」
「止めろお前ら!!」

相手からの理不尽な条件に武田に詰め寄る田中と淡々と疑問に思った事を口にするなまえを澤村が止める。

「い…良いんじゃないか。こんなチャンスそう無いだろ」
「良いんスかスガさん!烏野の正セッターはスガさんじゃないスか!」

それでも納得いかないのか田中は菅原の方を見て言った。なまえは田中のように言葉を発さないものの、黙って菅原を見ている。先生にも菅原にも反論する気はもう無いらしい。

「…俺は…俺は日向と影山のあの攻撃が4強相手にどのくらい通用するのか見てみたい」

菅原は澤村の顔を見て頷く。

「先生、詳細お願いします」
「…うん」

澤村の気持ちを汲み取った武田は練習試合の詳細を簡潔に述べ始めた。

「日程は急なんだけど来週の火曜。土日はもう他の練習試合で埋まってるんだって」
「さすが強豪だね」
「だな」

なまえに近くにいた木下達は頷く。

「えーっと…なまえ、課外は…」
「火曜は朝課外だけなので大丈夫です」
「うん、バレー経験者のみょうじさんも来てくれると心強いし、僕も助かる!」
「先生、解説の方は任せて下さい!」
「言い方!」

澤村のツッコミに、先生はハハハっと笑う。

「それもぜひお願いしたいけど、何より今度の練習試合を見て感じた事を澤村君達に伝えてほしい!今後の作戦を立てる為の材料にも」
「はい!」

なまえの返事を聞いてホッとした武田は視線を全員に戻し、バスなど細かい時間について再び話し始めた。




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