秒針 | ナノ

苦悩(1/4)

「今回の試験から、赤点取った奴には俺からスペシャルボーナスを出すことにした」

期末試験まで1ヶ月を切ったある朝のHR。先生は何の前ぶりもなく爆弾を投下してきた。無論スペシャルボーナスとは課題のことだろう。そんな話をこれっぽっちも聞いてなかった私達生徒は納得するはずもなく…

「えぇ!そんなの聞いてないです!」
「そんなボーナスいらねぇし!」

教室中からブーイングの嵐。

「じゃあ、うちのクラスは補習ないんですね!」
「いや、補習はちゃんとある」

ダブルパンチだ…!補習がある上に課題まで出されるなんて!昨日スガさんから聞いた話じゃ烏野の赤点は40点。白鳥沢中の時と変わりはしないものの、今まで以上に勉強しなければならない状況になったことは確かだ。

「それと2年からは特進、進学、通常クラスで試験内容もガラッと変わる」

勿論うちのクラスは一番難しい!と他人事のように高笑いしている先生にクラスメイトは猛抗議している。もうこれダブルパンチじゃないトリプルパンチだ。

「2年は中だるみの時期だ。それを考えてのことだから、速やかに受け入れるよーに」

先生はあくまで改める気はないらしい。副担の先生が何も言わないところを見ても、課題の件は2人で話し合って決めたんだろう。それにしたって急に難易度上がり過ぎじゃありませんか。

「なまえ!」
「無理」
「まだ何も言ってないから!」

HRが終わり、飛んでくるように私の所に来たともだちからの恒例の頼みを断る。聞かなくても内容は分かる。勉強教えて!に違いない。

「今回は3人先約がいるから無理」
「もしかしてバレー部の?」
「うん」

土曜日は2年生全員で龍ちゃん家に集まって勉強会、部活の後はバイト、バイトのない日は自分が勉強しないとだし、昼休みは翔ちゃんに教える約束もある。頑張っても、これ以上時間を作るのはたぶん無理だ。

「なまえー、用があるってイケメン君が来てる」
「「イケメン君?」」

イケメンという言葉に反応した数名の女子達が一斉に廊下の方を見た。みんなイケメン好きだなぁ。イケメンと聞いて、私の頭には青城の徹先輩が浮かぶ。にしても、一体誰のこと言ってんだろう…

「何年生かな?」
「背ぇ高ーい!」

騒いでいる女子の間を抜けて教室のドアに向かうと、そこには落ち着かない様子で周りをキョロキョロ見ている飛雄君がいた。背が高いイケメン……納得。

「ごめんね、待たせちゃったみたいで」

そう声を掛けると、ようやく私に気づいたようで、大丈夫っスと返事が返ってくる。出入口だとゆっくり話が出来ないだろうと、廊下に移動する。うちのクラスの女子、ガン見してたしね…

「飛雄君が来てくれるなんて珍しいね!どうしたの?」

バレー関連の話には変わりないだろうけど、休み時間に聞きに来るって事は少なからず急ぎの話だよね。もしかして遠征の…?でも遠征まではまだ時間がある。

「あの!勉強を!…教えて…下さい…」
「……え!?勉強!?」

てっきりバレーの話かと思っていたら、全くもって違う話だったことに己の耳を疑った。語尾が小さくなってるあたり、勉強に関しては本当に自信がないみたいだ。教えたいのは山々だけど…

「えっと…」
「………」
「わ、私は全然いいよ!いいんだけど…」

彼の無言の訴えを無碍にはできず、Yesの答えを出した。時間的に厳しいけど、あんなに弱ってる人をほっとく訳には…でも、教えるとなると、翔ちゃんと一緒に教えることになる。部活の時間でさえ、しょっちゅう言い争ってる2人を一緒にするのはお互いにとって良くない気がする…。けど、ほっとくよりかはいい、よね?

「一体一で教えるのは難しい…かも」

昨日の夜、翔ちゃんにも頼まれたことを話せば、案の定、飛雄君は不愉快さを全面に出した。翔ちゃんに先越されたのが悔しくて仕方がないみたいだ。あの2人バレー以外の時でも争ってること多いしね。

「あの…」
「ん?」

争っている2人の姿を思い返していたら、冷静さを取り戻したのか、飛雄君が口を開いた。何か言い掛けてるみたいだけど、周りの音でよく聞き取れない。何を言っているのか聞き取ろうと近づいたら、彼が急に顔を上げた。

「連絡先教えて下さい!!!」
「え!?」

彼の声の大きさにも若干驚かされたが、連絡先を聞かれたことの方が私には驚きだった。彼とはバレー以外の話をしたことはなかったし、プライベートな付き合いは嫌いなタイプだと思っていた。だから、私からは連絡先を聞こうと試みたことは無かった訳だけど、彼から聞いてきてくれるとは!

「私の携帯、赤外線使えないから紙に書くね!」

スカートのポケットに入れていたペンとメモ帳を取り出すと、携帯番号とアドレスだけを書いた。RINEはやってるか分からないし。それにしても、こういう時、赤外線が使えたらお互い簡単に連絡先交換ができるのになぁ。けど、赤外線機能よりアプリ数の多いこの機種を選択したのは紛れもないこの私な訳だ。

「私も飛雄君の連絡先知りたいから、空いた時でも連絡してね!」
「はい!」

飛雄君と別れた後、教室に戻ると質問責めに遭いそうになるも、1限目の科目の先生の登場に一斉に人が散って行った。







「難易度が上がる上に課題あるとか、絶対赤点は取れないねー」
「そうだねー」
「あれ?なまえちゃんの携帯光ってない?」

昼休みになり、指摘された携帯を見たら、知らないアドレスからメール1件。開くとタイトルは無くて、ただ本文に電話番号とアドレス、そして、よろしくお願いしますの文字。名前が書かれてなかったけれど、メールアドレスのsetterの綴りから、飛雄君だとハッキリ分かった。この1222ってもしかして誕生日?


飛雄君だよね?こちらこそ宜しくね!
 勉強教えるのは明日からでいいかな^ ^?


あまり顔文字とか使う方ではないが、前に友達からメールが素っ気なくて冷たく感じると言われたのを思い出して、ちょっとした顔文字を入れてみた。

数分してバイブが鳴り、メールを開く。


すみません名前書くの忘れてました。了解っス


予想どおりのシンプルな内容につい笑みがこぼれる。
友達に不気味がられたが、それ以上に何だか彼に頼られてるような気がして、また顔がほころんだ。





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