骨抜き


 いつも寄ると触るとろくなことがないから避けるようにはしているのだけれど、沖田くんの方がやたらと俺に寄ってくる。旦那、旦那なんて煽てておいて得したことなんて一度でもあったろうか。いやはっきり言うが、ない。だからこの日も沖田くんを見かけて辻占いじゃないが、駄目だ引き返そうと思ったのだ。しかし草もち無料の張り紙にまんまと引き寄せられて、沖田君の隣に座った俺が馬鹿だった。

 仕方なくいつものように糞の役にも立たない会話をしていたが、珍しく沖田くんはいつもと様子が違い、何か言いたい事があるのを、紛らわして歯に衣着せない毒舌をふるっているようすだった。むしろそっちをいいあぐねるべきだろ。怒った振りでもして立ち去れば良かったのだけれど、そこは心優しい万事屋の旦那だから、つい聞いてしまったのだ。

「なに? なんか悩み事?」
「はぁ、まぁ。分かりやすか?」
「だってさっきからもじもじ……藁人形毟ってるだろ」
「あ、これはただの呪いでさぁ」
「へー……まぁそれは置いといて、で、悩んでるって? 青少年らしい悩みか?」
「恋の病ってやつでさァ」
「ふーん。じゃ、俺はそろそろ」
「付き合って下せぇ」

 さっと立ち上がると、カチャリとすぐ後ろで鍔鳴りがした。逆らうのも怖いので諦めて腰を下ろす。

「いっとくけどね、俺みたいなおっさんに恋愛相談なんてしてもね、ろくなことになんないよ?」
「……旦那、違いやす。俺は旦那に相談したいんじゃねぇんでさ」

 刀を握る手が力を抜き、指先が柄をつつつと滑る。沖田くんは何かを口ごもって、俯いた。いつになく初々しい態度に、これはどうやら本気らしい、ますます厄介だと考えていて、一拍遅れて疑問を口にした。

「え、じゃあ何に付き合って欲しいのよ。それとも旦那とお付き合いしたいってか?」
「はい」
「……え?」

 思わず沖田くんの方を見て、見るんじゃなかったと俺は後悔した。いつも人形のように真っ白く色の変わらない肌が、珍しくゆだっている。両手で藁人形をじょりじょり毟りながら、そちらに大きな瞳を落として、髪に隠れて見えやしないが、耳まで色が変わっているんじゃないだろうか。これでは「そこの角まで付き合えば良い?」なんてボケも、とてもかませない。あてられて、こちらまで体温が上がり始める始末だ。耐えきれず、視線を遠くに投げ飛ばす。

「俺……旦那が好きです」

 聞いたこともないうわずった声が隣から聞こえてきて、どんな顔して言ってるんだか、想像してしまって慌てて打ち消す。これが演技だとしたら、侍なんか止めて役者になるべきだ。スタイル良いし顔も良いし物怖じしないし演技力あり、こいつプロデュースしたらちょっとした金になるんじゃないかなんて勘定を始めそうになるのを、慌てて現実に引き戻す。

 沖田くんはそれきり、黙ってしまう。これは、俺が、何か言うべきなのか? 針のむしろのような沈黙に、心臓がチクチク、ドキドキ、バクバクし出す。

 これでもモテない訳じゃない。ストーカーはさておき、そういうお店では割と人気な方だ。やれ格好いいだの素敵だの、死んだ目がたまらないだの……というのがただのリップサービスであったとしてもだ。歌舞伎町なんかに住んでいたら、誘い文句なんて挨拶のように聞いている。それらの言葉がいかにすり減って、虚しく響いたものか。沖田くんのストレートな、シンプルな、安っぽいとさえ言える言葉は、思いがけない効力を発揮して、俺の胸に響いていた。
 軽くあしらうなり、冗談にするなり、いくらでも紛らわし方は知っているのに、俺はどういえばいいかすっかり分からなくなっていた。

 頭をフル回転で空回りさせながら黙り込んでいると、つんつんと袖を引かれる感覚があって、思わずそっちを向いてしまった。

「つっ、付き合ってくだせェ」

 つられてどもりながら、う、うんと苦く頷く以外に、一体どんな選択肢があったというのだろう。沖田くんの表情には、それだけの説得力があって、正直にいうと、俺はもうその顔に口説かれてしまって、誠に遺憾ながら、落ちてしまったのだ。

 俺がカクンと頷くと、既に赤かった沖田くんの顔が、一層染まった。お前は桃の木の下にでも立っているのかと思わず空を仰ぐ。

「マジですか?」
「あー、うん」
「……じゃ、じゃあ、俺はこれで」

 ばっと立ち上がると、沖田くんはぎこちなく歩いていった。
 頷いたら最後、首輪でも付けられるんじゃないかとすこし構えていたのが拍子抜けして、俺は沖田くんの背中を見送った。
 一体なんだったんだ。白昼夢だろうか。俺はしばらく残った団子を消費したが、まるで味がしないので団子屋を立ち去った。

 久しぶりに恋人なんて代物ができた実感はまるでなく、帰宅して飯を食い風呂に入り、神楽をどやして寝かしつけて自分もようやく布団に入ってようやく、昼間のあれが現実だったのかどうか疑い始めた。俺を落とした沖田くんの表情だけは、しっかり記憶に焼き付いて、下手したら美化までされているかもしれないくらいに、眩かった。

 寝て起きたら、すっかりそんなことは忘れていた。鼻歌を歌いながら飯の支度をしていたら、今日はご機嫌ですねと、もう来ていた新八に言われて、ようやく思い出した。思い出したら鼻歌なんて歌う余裕はなかった。

 その日はきちんと真っ当な仕事が入っていたから、沖田君と会う心配はしてなかったが、そんな日に限ってばったり会ったりするのだ。今日の勤め先のビルで、かたやしがない掃除夫姿、かたやいつもの隊服姿で、お互いいつもの三人連れで、廊下でぶち当ったのだった。

 沖田くんはピクリとも表情を変えなかった。まるで昨日まで、昨日俺に交際を申し込むまでの日々と、全く変わらない態度で俺に接した。二言三言交わすだけで、後は俺が土方とやりあっても見向きもせず、神楽と微笑ましい喧嘩を繰り広げ、あまりにいつも通りだから俺は本当に、昨日のことは夢だったんじゃないかと疑い始め、喧嘩も一段落付いた別れ際に、沖田くんを呼び止め、階段下の暗がりに引き込んだ。

「なんですか旦那、カツアゲですか」
「いや、俺たち付き合ってんだよな」

 声を潜めて尋ねると、沖田くんが息を詰めるのを、間近で認めて、ほっとした。もしかしたら顔が赤いのかもしれないが、暗くて見えなかった。

「……旦那は、頷きましたよね」
「……ああ」
「じゃあ、そうなんじゃないですか」

 まるで他人事のような口ぶりは、少し拗ねているようでもあった。

「沖田くんさ、本当に俺が好きなの?」

 口にするだけで、かっと身体が熱くなる。沖田くんは小さく息を吸って、でもしばらく何も言わず黙り込んだ。

「……あんな恥ずかしいこと、俺は一度しか言いませんぜ」
「まじでか」
「……じゃあ、俺仕事なんで」

 ばっと沖田くんは走り去っていった。俺はしばらく、立ち上がれそうになかった。一晩経って目が覚めてるんじゃないかと思ったが、駄目だった。むしろ別の方向に目覚めてしまった。これからどんな風に沖田くんと付き合っていけばいいのか、考えることは、決して苦しい悩みでは無かった。ふわふわ浮ついて、なんだかトリップしているようだった。

 個人的な連絡先は、一応知っている。だからと言って、私事で呼び出したことは一度もない。大抵どちらかの仕事がらみで、それも向こうから頼まれてというのがほとんどだった。
 だいたい、呼び出したとして何をするんだ。お手て繋いでデートなんてのは、考えられない。むしろその場合鎖でつながれ晴れてどSコートをされるんじゃないか、そんな恐ろしい想像をまずもみ消す。それならいかがわしい宿に直行するかといえば、それも考えられない。今は見た目のかわいらしさにすっかりやられているが、実際そこまでの気持ちが自分にあるかどうかは疑わしい。だったら無難に茶でも飲みながら雑談を交わすのか。それは、今までと何が違うんだ。恋人らしいことをしようとすると、沖田くんはあんな、免疫のない様子だから、にっちもさっちも行かなくなりそうだ。

 結局悶々とするうちに、沖田くんに会うことなく一週間が過ぎた。迷っていると、向こうから、人がいないときを見計らったように、ひょっこりと万事屋に現れた。隊服ではないから非番なのだろう。和装だと、ずっと子供らしく見えて、若いなぁと思うと何だか落ち着かない。
 沖田くんは特に、何をしにきたとも言わず、テーブルにぶら下げてきた箱を置いた。
 
「なにこれ、貰っていいの?」
「へぇ、手みやげでさァ。上等なもんなんで、数もねぇですし、旦那一人で食べて下せェ」

 上等という割には見覚えのない、いたってシンプルな、文字の一つも印刷されていない、白い箱を開けると、中には大振りな柏餅が二つ折り重なっていた。なんか、上等な気がしない。なんか仕込んでいるんじゃないだろうなと沖田くんの顔を窺うと、何か企むところがあるのか、沖田くんはふいっと視線をそらす。
 
 仕方ないので、柏餅を一つ持ち上げた。見たところ、何かを注入したような怪しい痕跡は見当たらない。
 
「沖田くんも食えば?」
「俺はたらふく食べたんで、もういいです」
「ふーん」

 それでは、残り物だけ箱に詰めてきたのだろうか。ほんの少し気を取り直して、俺は柏餅にかぶりついた。一瞬唇に触れる柔らかな弾力に、どきっとする。
  沖田くんがいやに俺に注目し出すので、やっぱり中に何か入ってるんじゃないだろうか。勿論、あんこは入っていた。
 
 あんまりじっと見られると、残すこともできず、実際、舌がこれはおいしいというのだから、何も考えずに俺は全部食べきって、柏の葉っぱだけ箱に戻した。
 
「どうですかィ?」
「うめぇけど。沖田くんも食べたんじゃないの?」
「食いやしたけど」

 沖田くんは神妙な顔つきを緩めて、もう一つも勧めた。促されるまま二つ目もぱくぱくと食べる。二個食べたら致死量なんじゃないだろうなと、しつこく疑いながら、二つ目も完食した。
 
「どうですかィ?」
「え、いや、うめぇけどさ。さっきのと同じとこのだろ?」
「そうですけど」

 沖田くんは機嫌良さそうに、箱の蓋を閉めると、立ち上がった。
 
「じゃあ、帰りまさァ」
「え、もう?」
「目的は果たしたんで」
「……因みに、何、目的って?」

 恐る恐る尋ねると、沖田は秘密です、とにっこり笑った。この子が笑う時は、基本ろくでもないことが起こったときだ。いっきに背筋がぞっとしたので、俺は立ち上がって、沖田くんの腕を掴んだ。
 
「沖田くん」
「わ、はい?」

 多少驚いたように、沖田くんはやすやすと掴まったので、ソファに押し倒して寝技に持ち込んだ。
 
「テメェ、何混ぜやがった」
「いててて、何言ってんでさ、旦那、いてぇ」
「柏餅だよ、食っちまっただろうが」
「何も混ぜてませんって、いたた、俺の愛情だけです」
「やっぱ怪しいもん混ぜてんじゃねぇか」
「ひでぇなぁ、あっ……も、だめ、旦那ァ」

 ぎりぎりと固めているはずが、呼吸を荒く頬を赤らめられ、思わずうっときて力を少し緩めた。

「で、何混ぜてるって?」
「はぁ……何も。俺が作ったんでさァ、あれ」
「え、なに、手作り?」
「へぇ。食堂のおばちゃんとの合作でさぁ。だからおばちゃんの愛情も少なからず入ってるでしょうねぇ。でも殆どおばちゃんが作ったと言っても過言じゃねぇんで、やっぱおばちゃんの愛情しか入ってねぇかも。いや、おばちゃんは別段愛情なんて込めてないと思いやすけど。おいしかったですかィ?」
「……いや、まぁ。つーことはなに、目的って、俺に手作りのもんを食わそうって、こと?」
「ヘェ、ロマンチックでしょう」
「どこが」
「俺の作ったブツが、旦那の口から入ってケツから出てくんですぜ」
「どこがロマンだよ。大体お前の作ったもんじゃねぇだろ」
「葉っぱ巻いたもん、俺が。終わりよければ全てヨシでさぁ」
「葉っぱは食ってねぇよ」
「葉っぱはいいんです、仕込んであるのはアンコなんで……あ」
「あじゃねぇよ。何仕込んだって?」

 ふたたびギリギリ締め上げると、沖田はまた、あ、と思わせぶりに零した。
 
「ちょっと、骨を溶かすやつ……」
「な、なんだとー!」

 沖田が言うと冗談にならない。俺は慌てて酷使している自分の身体から力を抜いた。今にもタコみたいになるんじゃないかと背筋が寒くなる。沖田くんはゆっくりと身体を起こして、大きな目で俺を見た。
 
「間違えました、骨抜きにするやつです」
「……つまりどうなんの?」
「つまり……そういうことでさァ」

 また頬を赤らめてそっぽを向く。だからどういうことなんだ、と思った瞬間、身体中にしびれが走って、次には身体から力が抜け、俺はその場にへたれこんで、ごてんと床に倒れた。
 
「あ、抜けましたね」

 喋ろうとしたが、舌も痺れて動かない。沖田くんはご機嫌な顔で俺を覗き込む。
 
「すげぇ、旦那が骨抜きになってる」

 木刀でほっぺをツンツンされる。いや、こういうのは、骨抜きって言わない。そう教えてやりたいのは山々だが、まさしく開いた口も塞がらない状態だ。復活したら絶対、向こうを痺れさせて、腰を抜かせてやろうと心に決めた。



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