思春期、再び
 受付の脇に置かれた犬型ロボットが客をさばいていく様はネット上でも話題になった。
《こんにちは、ようこそ。ご注文は如何なさいますか?》
「えっと、コーラ2つとホットドック1つ。」
「あとポテトMサイズもお願いします!」
《かしこまりました。》
 愛くるしい見た目とは裏腹に、今時ここまで抑揚が無いしゃべり方は珍しい程淡々と話す。そして。
「あと……。」
「ほら、やってみたかったんでしょ!」
 客の1人がもう1人の肩を叩くと胸の前でぎゅっと手を握った後
「お、お手!」
 そう言いながら手を差し出す。
《はい。》
 犬型ロボットはその前足を上げちょこんと手の上に乗せた。やらされた感が漂うというのに、ロボットの尻尾はブンブンとふっとんでしまいそうな程左右に動いていた。
「うっ……! クーデレわんこ……!」
 ということで中高生と一部の大人の間で大変話題になっているのである。他にも
「ごろんして〜!」
「早口言葉って出来る?」
「頑張れって言ってほしい……!」
 と完璧に人間の店員相手に言ったら出禁案件な事も淡々とこなしてみせる。まあロボットなら当たり前、そう思ってしまうのだが1つだけバグか? と思うような事がある。それは……。
「スマイルください。」
 この注文である。
 口は開かない仕様なので断るかと思えば、こてんと首を傾げたとハッとしたように顔と耳を上げそしてそっぽ向くのだ。そう、まるでクーデレ少女のように! ご丁寧に尻尾も隠れるように身体にぴったりと張り付く。
「ありがとうございます。」
 需要がある人にはそれで充分らしい。
 今日もロボットの前には鼻血を出す人が出てしまった。

「すっかり大人気だなぁ。」
 客足が落ち着き、これからやってくるであろう遊作のためにフランクフルトを焼きながら草薙が話しかけた。
《……何故、こんなにも話しかけて頂けるのか、私にはよく分かりません。》
「お前のその初々しい反応が面白いんだよ。」
 ロボット……もとい“アガイド”というプログラムは顔を草薙の方に向け、やはり分からないというように首を傾げた。
《……私も、人間のようになれたら分かるのでしょうか。》
「……お前は人間だよ。」
 草薙がそう零した通り、彼女のデータは本当のAIであるAiとは違ってパーソナルデータが組み込まれた、データ化された思念体なのだ。ひょんな事でここに居候させてもらっている。
《……そうでした。》
 アガイドは賑やかな広場を眺めながら頷いた。
 たまにアガイドは人間である事を忘れる。本当のAIのように意思を失いつつある。草薙はどうしても彼女と弟の仁を重ねずにはいられなかった。
 けど彼女は失いつつあるだけで、まだ完全に心を無くしているわけではない。今度こそ守ってみせるとトングを掴む手に力が入ったとき。
《今、寒いですか。》
 とこちらに顔を向け聞いてきた。
「あぁ、もう冬だからなぁ。火元に居る分まだマシだけど、手がかじかんでいるよ。」
《そうですか。》
 そう言ってまた前を向いた。
「それがどうした?」
 もしかしてこのロボットに体感機能なんか付いていたっけと疑問に思う。適当に電気屋で見付けたものだし、プログラムには色々手を加えてしまっているせいでまともに説明書を読んでいない。
《……少し、羨ましいと思ってしまったのです。》
「羨ましい?」
 これは予想外の答えだった。
《はい。プログラム体になってから“寒い”や“暑い”を感じなくなってしまって、というより感覚を忘れつつあります。》
「今は感じなくていいと思うぞ〜。クッソ寒いからなぁ、今日。」
 はははと笑う顔が引きつる。火元に近いお腹や胸あたりは暑いぐらいだが、たまに背中を通る冷気は堪ったもんじゃない。立ち仕事なので足下も冷える。今日は一段と冷えるから靴下を二枚重ねにして正解だった。
《……でも、季節に起こるイベントに参加出来ないのは寂しく思います。》
 驚いてアガイドに目を向けると少しだけこちらに顔を向けていた。
 良い傾向だと思い「へぇ、例えば?」と先を促すとアガイドの尻尾が左右に行ったり来たりとせわしなく動き始めた。言おうかどうか迷っているらしい。犬型ロボットにして正解だったと過去の自分に親指を立てた。
《例えば……、手を温め合ったり、マフラーを半分こしてみたり……。》
 ずいぶんと少女趣味全開な回答だ。ふふっと小さく笑みが零れる。
《例えば……、寒さを言い訳にして、くっついて、みたり……。》
 焼けたフランクフルトを持ち上げた瞬間だった。
 見れば伏せの姿勢で顔を隠している。
「ふっ、はははは!」
《な、なんですか。》
 少し拗ねたような声が返ってきたのも拍車にかけ、ついに堪えていた笑いが吹き出てしまった。
「はははっ! 悪いな、やっぱり女の子なんだなぁって思ってな。」
《だ、駄目ですか。》
「いいや、全然。良いんじゃないか? 遊作に頼んでみれば良い。」
 アイツにもそうゆう学生という若いときにしか出来ないような事をもっと経験してほしいと思っていたのでこうゆう子が居てくれれば、と思う。
《遊作さんは……断固拒否される未来が見えます。》
「そうかぁ?」
 そこらの思春期の男子高生なんてチョロいけどなぁ、なんて明後日の方向を見る。
《……くさ、なぎさんは、》
 消え入りそうな電子音が耳をかすめる。
《やって、くれないん、ですか。》
 パッと視線をアガイドに合わせる。こちらに背を向けているが正直な尻尾が控えめに揺れている。
「今……。」
 なんて、と言いかけてこちらにやってくる1人の青年が視界に映った。
「遅くなった、草薙さん。」
 そう声を掛けてきたのは学校帰りの遊作だった。
「あ、あぁ、遊作。おかえり。ほら。」
 と出来上がったばかりのホットドックを差し出す。
「ありがとう。……草薙さん?」
 受け取ったまま遊作が眉間に皺を寄せ見上げた。
「ん?」
 ジッとこちらの顔を見てさらに眉をひそめた。
「草薙さん、今日体調が悪いのか?」
「え? いいや、全然。」
「顔が少し赤い。熱があるんじゃないか?」
「えっ!」
 思わず笑みが引きつる。ハッと横を見るとアガイドは姿勢を正し頑としてこちらを見ようとしない。
「アガイドがどうかしたのか?」
 一人状況に追いつけない遊作に草薙は慌てて「早く食べないと冷めるぞ!」と急かす。
「それもそうだな。」
 踵を返し、出したいつもの席に座り鞄を前に置いた。また寒空の下で宿題でもする気だろう。いつもなら注意する言葉も今は喉につっかえて出てこない。
 いまさら自分があんな一言でここまで心がざわつかせられるとは思わなかった。自分もどうやらそこらの思春期の男子高校生と同じらしい。


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