極夜が近付く
 基本的に私が遊作さんと会う時間は彼の放課後と土日だけだった。“だけ”と言ってしまうぐらいには彼との時間がもう少し欲しいという欲張りになっているのかもしれない。“私”の願いは『ここから出してほしい』だけだったはずなのに。彼は話す方では無かったけれど、彼の活躍を間近で、それも支えられる事が出来るこのポジションは大変居心地が良かった。同じ電脳世界に居るのに決して手が届きはしないけれど、薄いモニターに映し出された彼の勇姿を私は特等席で見る事が出来るのだ。私の目にはカメラのハッキングプログラムが仕込まれているため別にモニターを通さなくても脳内に直接映像を送ることが出来る。しかしそれは彼のファンにあまりに失礼だろう。“ファン”という名目に置いて私も彼ら達と何も変わらない。ずるいと思われる事をする意思は私には無い。
 格好良いのだ、目を奪われてしまうのだ。
 きっと私にも心があれば彼に思いを寄せているだろう。最近は特に虚空の胸元が妙に騒がしい。おかしい。可笑しい。バグが起きているのかもしれない。夜中に自分自身をメンテナンスしてもバグは見当たらなかった。いつの間にか新種のウィルスにでも感染してしまったのか。けれど彼の不器用な優しさと一欠片の言葉に無いはずの胸が温かくなっていくのを自覚するのは、不思議とそんなに不快ではなかった。
 私を人間として扱ってくれる2人には後ろめたいけれど、どこかで私はどうしても自分を彼らと同じ人間とは思えないのだ。そもそも“私”とは誰だろう。頭の片隅で未だ泣き叫び、嗚咽をもらす“あの子”は誰だろう。本当に私なのだろうか? 無数の零と一で構築された私の身体は“彼ら”と同じだと、何故そう言いきれるのだろうか。
 そう思うのにはあまりに時間が経ちすぎた。あまりにただのプログラムとして過ごした時間が長すぎた。なにならこのまま──……。
 ハッとして顔を上げた。
 ──私、今何を放棄しようと、
 スリープモードを解除されたパソコンから無機質な青いライトがただ無人の車内を照らした。


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