20歳
私達の観察日記
 夏休みが来た! と大はしゃぎでポッポタイムの戸を開けたのは双子の龍亞だった。いつもながらに勢いよく飛び込んでくる龍亞にはもうだいぶ慣れた。やったー! と言う割にはいつもよりずっと大荷物でガレージまで降りてくる龍亞と、その後ろを呆れながらも嬉しそうな顔をして付いて行く龍可。珍しく平日の正午にやってきた双子を歓迎しつつ、“夏休み”とは何かを聞く。学校に通ったことの無いスバルにとって縁の無い言葉であり、小説の中で出てくることはあっても、よくは知らなかった。二人曰く、学校が年に二度行う長期的な休暇だそうで、要は暑熱を各自で避けてくださいね、といった趣旨のものらしい。いつもより大荷物なのも、学校に置いてきた荷物を盗難防止の為に、一度持ち帰らなければならないのだとか。そう言われて考えれば、確かに毎日朝から晩まで働く社会人にとって一ヶ月半の休暇は相応に嬉しいものだろう。この反応も頷ける。
せっかく与えられた時間をどう過すのか、やはり避暑しに地方に行くのか、とさらに問えば龍亞は「毎日デュエルしたい!」と元気良く手を上げた。元気だな、と思わず笑みが零れるが、このぐらいの年頃はいつまでも元気なものだ。マーサハウスの子達もラリーも毎日ジャンクの中に探検していった。お盆を持って階段を降り、乗せたコップ一つをその先で黙々とキーボードを叩く遊星の近くに置いてから、双子の元へ行く。二人にも配り終わったあとに、席に着いた。
「ねぇねぇスバル! スバルなら毎日暇でしょ? 俺とデュエルしようよ!」
「失礼ね! 否定はしないけど!」
 家事担当をしているとはいえ、実際に働くクロウや一日中Dホイールのシステムと向き合っている遊星に比べれば、確かに時間は持て余しているといえる。ジャックは知らない。
「でも龍亞、学校の宿題もちゃんとやらなきゃいけないんだからね。」
 龍可がワクワクを隠しきれない龍亞に対して釘を打つ。
「宿題?」
「そう。夏休みだって、ただ休んでいい訳じゃ無いのよ。いつもの宿題に重ねて読書感想文、自由研究、野菜の観察日記だってあるんだから。」
「へぇ……。なんか面白そうだね。」
 宿題、と言われて頭に浮かんでいたのは問題集を一冊全部解け、なんてものだったから、存外悪くなさそうだが。
「そう思うならスバルがやってくれよー。面倒くさい以外になんもないよ。」
「龍亞! 駄目よ、自分でやらなきゃ。」
 年の割にしっかりとしている龍可がだらける兄に対してきちんと叱った。どの宿題もやった事が無いスバルとしてはなんだか面白そうだから構わないのだが、確かにそういう訳にもいかない。『宿題とは、自分でやり遂げる事に意味がある』とは、昔ジャックが言っていた事だった。
「でも、自由研究とか野菜の観察日記とか、とても面白そうじゃない? 農家の人に話を聞いたり、お手伝いしたりするの?」
「違う違う。そんなデカい話じゃなくて、自分で一から育てるんだよ。」
「一から育てる?」
「……もしかして、スバルは植物育てたこと無い?」
「……たしかに無いかも。マーサハウスの裏庭に花壇はあったけど、その時は興味無かったからなぁ。昔からアウトドアだったから、よくクロウ達と外で泥んこになって遊んでたよ。」
 まあそれも、ジャック達がカードを見つけるまでの話だったけど。
 昔を振り返りながらそう言えば、意外だね、と言われた。
「スバルってお世話するの好きそうだけど。」
「そうだねぇ。昔は育てるなんて余裕が無かったからね。マーサハウスに花壇があるのは明確な仕切りがあったからで、飛び出した後に住み着いた場所には隣とのはっきりした境界なんてものは無いし。植えたところで芽が生えるかすら分からないから。」
「そっか……。」
 サテライトの土は痩せこけたものばかりで、栄養がある土には雑草が生い茂っていた。あれをむしり取って耕して、さらに植えて育てる。育った頃には真っ先に荒らされているだろう。新鮮な野菜はとても高価なものだった。
「私達がやるのは植木鉢で育てる小さなものなのよ。」
「意外、出来るんだ?」
「流石にキャベツとかスイカは無理だけどね。調べれば色々出てくるよ。多分メジャーなのはミニトマト、オクラ、トウガラシ、きゅうりかな。私達の宿題もこの中から選んで育てるの。」
「へぇ、楽しそう!」
「出たよ、スバルのワクワク。」
 指折りで教えてくれた龍可に身を乗り出して興味を示すと、龍亞が呆れたように肩を落としてお茶を飲んだ。
「え、楽しそうじゃない? 私もやってみようかな〜。」
「じゃあ俺の栽培キット貸してあげるから、俺の代わりに育ててよー。」
「龍亞!」
「じょ、冗談だって……。」
「育てるなら沢山実がなるのがいいな……。どれぐらい食費浮くかな……。」
「考え方が経済的……。」
「さすがに一種類でそんなに大きく変わるかな……。」
「物による。」
「よるんだ……。」

「──という話を昼間にしててさ。」
「それで植木鉢が二つあるのか。」
 双子が帰ったあと、ようやく我に返ったようにパソコンから顔を上げた遊星の目の端で何かが動いていた。見ればガレージの端で慌ただしく準備をしていたスバルに遊星は声を掛け、そして昼間の出来事を聞いた。植木鉢はゾラに譲って貰ったらしい。おまけに「きちんと育てるんだよ。」という言葉もしっかりと貰って。双子が来ていた事は覚えていたが、いつの間にそんな話になっていたんだ、と思った。
「何を育てるつもりなんだ?」
「こっちがオクラ。こっちはミニトマト。」
「……トマトか。」
「あれ、遊星。トマト嫌いだっけ?」
「いや……、そういうわけではない。」
 どうにも歯切れの悪い遊星に首を傾げながら先を促すと、気まずそうに視線を下げた。
「嫌いという程でも無いが……、その、酸味が少し苦手だ。」
「……いつも普通に食べてなかった?」
「……残したら勿体ないだろう。」
「なるほど。」
 既に種は蒔いてしまっている。あとは日当たりのいい場所に持って行き、芽を出すのを待つだけだった。
「じゃあ私が酸味も含めてトマトを好きになれるよう、調理する。」
 そう言ってスバルは杖を使って立ち上がる。
「今まで何も考えずに私が食べたい物を作っていたけど、レシピを考えてみるね。」
「……スバル。」
「やっぱり料理は美味しく食べなきゃ。」
 にっこりと笑えば、遊星もつられて少しだけ表情を柔らかくした。
「あの酸味がいいって言うだろう。」
「あ〜、たしかに。でも前にアキに『スイーツトマト』っていう甘いものがあるってのも聞いたよ。今度育てる時はそっちにするね。」
「出来るのか。」
 昼間に自分も全く同じ事を言ったと、思わず思い出し笑いが零れる。
「さっき知ったばっかりなんだけど、これがね〜、家庭菜園用に作られた品種らしいよ。もう種を買っちゃったあとだから、今回は止めたけど。」
「そうか……。」
 声音が残念だと語る遊星に思わず笑ってしまった。「なんだ?」と聞かれてしまい、スバルは首を振る。久し振りに土いじりをしたと、泥まみれの手を見た。この時ばかりは深爪しがちな指先で良かったと思う。爪が長い人は洗うのも大変だろう。それでもやはり綺麗に飾られた爪は羨ましく思うが。
「この鉢は外に置いてくるのか?」
「うん。」
「なら俺が持って行こう。スバルは手を洗ってくるといい。」
「えっ、手が汚れるよ?」
「洗えばいいだけだ。」
 確かにその通りだけど、と言いかけたところで遊星は手袋を外し、鉢を持ち上げてシャッターの外へと向かった。遅れて礼を言えば振り返って少し微笑んだ。
 リビングで手を洗い終わったあと、コピー用紙とペンを持ち出したところで遊星が帰ってきた。
「それは?」
「ん、水やりとか注意事項とか書いてて。」
「注意事項?」
「やっぱり美味しい物は人間だけが独り占め出来ないってこと。」
「どういうことだ?」
「……害虫駆除も忘れずにって話。」
 少し格好付けた言い方をしてみたけど、どうやら回りくどかったらしい。スバルは滑ったことを顔に出さないように気を付けながら話を進める。
「俺も手伝おうか?」
「遊星はやることあるでしょ。」
「なんとなく、スバルは楽しみすぎて水を多くやり、そのまま根腐れさせそうだ。」
「ね、根腐れ……。」
 遊星に言われて首を傾げるも、やらかさない可能性がゼロではない事に唸ってしまった。台所で手を洗っている遊星にも分担してもらった方がいいのかもしれない。
「そのかわり……。」
「うん?」
「……全品トマトを入れるような献立は止めてくれ。」
 きょとんと首を傾げたスバルは、遊星が言う意味を理解した途端に笑い出した。
「スバル、」
「さすがにしないよ。だってジャック達にも嫌がられそうだもん。」
「……本当か?」
「なんでよ。それに全品使える程トマト採ったら勿体ないでしょ。」
「スバルなら『メニュー考えてたら作りすぎた』とか言いそうだろう。」
「そ、そうかな?」
「……程々にしてくれ。」
 はーい、とスバルが間延びした返事をすれば遊星に繭を顰められた。この話は夕飯の時も上がり、ジャックとクロウはお前にもあるだろと言われた。生魚はだって……難しいでしょ? なんて、免罪符にならないだろうか。さすがに釣りは始められない。


:::


■野菜を育てることにした。水やり当番表を壁に貼る。どうやって食べようか考える。これで好き嫌いがなくなりますように。
──診断メーカー「今日の二人はなにしてる?」https://shindanmaker.com/831289

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -