18歳
教えて、ラリーせんせい!
 ふとしたとき、スバルが居ないことが増えた。足の悪い彼女はいつもそこのソファでのんびりとお茶を飲みながら本を読んでいる。はず、なのだが最近はその姿を見ない。しつこいぐらい頭の上にコップを置かれ『水分補給したまえ、遊星クン。』と笑いかけてくれるのに、めっきりそれも無くなってしまった。……別に彼女は自分の子供でも無ければ色恋の間柄でもないので行動制限をかける資格なんて無いが。
「……。」
 一段落したのを期に手を止め、膝に肘を突く。パソコンにはなんとも言い難い自分の顔が映り込んでいた。
「どうしたの、遊星?」
 後ろから声が掛かり反射で振り向いた。
「ほ、本当にどうしたの、遊星?」
「……ラリー。」
 見上げた先には何も無く、視線を下げればそこにコップを持ったラリーの姿があった。思わずのびた背筋から力が抜ける。
「いや……、何でも無い。」
「そうなの? ……あ、もしかしてオレをスバルと勘違いした?」
「え、」
 ざわり。
「ちが、」
「いーよいーよ、そんな事だと思った!」
 否定する言葉を遮られ笑いながらコップを渡される。受け取ったコップの中の水面に映る自分の顔は変わらぬ間抜けな顔。
「いつも水を遊星に持ってくるのはスバルの役目だもんね。」
 そう言いながらラリーは俺の隣にしゃがみ込んだ。顔がニヤけている。ラリーから目を反らしパソコンの画面を眺めながら口を開く。
「……アイツはどこに居るんだ?」
 しまった、話題を変えようと思ったのに結局スバルの話になってしまった。
「最近何処かに行ってることが多いよね。実はオレもよくは知らないんだ。」
「そう、なのか。」
 何もないように装いながらキーボードの上に手を置くもののそこから一つも押すことが出来ず、先程渡された水を口に含んだ。喉を通る水は心なしかいつもより硬く感じた。
「そんなに気になるならスバルに直接聞いてみればいいのに。」
 不思議そうに口をへの字にさせてラリーが言う。
「……だが俺にスバルへどうこう言える立ち位置では無い。何処に行こうが……誰と会おうが、それはアイツの自由だ。」
 コップを反対側に置き、Dホイールを見る。まだコーティングされていない、鉄の表面が剥き出しになっている。
「……。」
「……。」
 会話が途切れラリーは肘を突きながらジト目でこちらを何かを探るように見ていたが「あ。」と声を上げたかと思えば、途端に肩を震わせた。なんだか居た堪れなくなり眉間に皺が寄る。
「……なんだ。」
「ヘッヘッヘッ、オレ分かっちゃったかも。遊星のそれ。」
「“それ”?」
 しかしラリーは答えを言う事は無く立ち上がり、やはり「にひひ。」と笑いながら何処かへと行ってしまった。その態度がひどく気になったが、この収まらない胸のざわつきは多分ラリーの残していった言葉に関してでは無い、気がする。

 再びパソコンに向き合うが、やはり作業は進行せずいくらか経った今でもほとんど進まない。いつもなら気になる事があっても作業がここまで進まなくなることなんて無かった。落ち着かない。ソワソワする。集中が出来ない。
「遊星、調子が悪いの?」
 振り返ると後ろで手を組むラリーが居た。
「あ、もしかしてまださっきの“それ”に悩んでるの?」
「……。」
「あ、図星なんだ。」
 まさに言い当てられそっぽ向く。
「頭の良い遊星でもそんなに考えて思い当たらない、なんてことがあるんだね。」
「……。」
「しょうがないな、オレが教えてあげよう!」
 ふふんとラリーは手を腰を当て胸を反らした。いつも教わる側のラリーにとってこの状況が楽しいんだろう。
「それって“どくせんよく”ってやつじゃないの?」
「…………“独占欲”?」
 一瞬何を言われたのかわからず理解するのに時間が掛かった。自分には縁が無いような言葉だ。
「さっき『何処で誰と会おうが』って言ってたじゃん。もしかしてスバルが自分の知らない所で知らない人と仲良くしているのが嫌なんじゃないの?」
 嫌?
「そんな、スバルを独占しようなんて事を俺は……。」
「え、スバルをずっと傍に置きたいとか考えてたわけじゃないんだ?」
 ラリーが目を大きく見開いて驚いた。
 アイツがずっと傍に……。
 思えばスバルが傍に居る事を当たり前に思えても、何処かに行ってしまうとは考えたことも無かった。
「そういえば、どくせんよくの強い人って重いよなって誰かが言ってたな。」
 重い……?
「ん、遊星?」
 俺はスバルの枷になっているのか……?
「おーい、遊星?」
 俺の、このざわつきのせいでスバルを縛っているのか……?
 ぎゅっと胸が苦しくなり目の前がぐるぐると螺旋し始めた中、遠くでカツ……カツ……と無機質な音が聞こえた。
「ただいま〜。」
 ハッとして顔を上げるとスバルがクラッチを突きながら帰ってきた。
「スバル!」
「ただいま、ラリー。」
「おかえり!」
 すると2人の奥からもまた誰かがやってきた。
「ただいま〜。」
「あ〜、今日も疲れたなぁ。」
 ブリッツ、ナーヴ、タカもぞろぞろと帰ってきた。
「3人ともおかえりなさい。」
「おかえり!」
 一気に騒がしくなったアジトで未だ動けずに居た。
「あ〜、私も今日は疲れた〜。」
 自分のせいで何か思い悩んでいたら。
スバルのその言葉で我に返り駆け寄った。
「う、おおお??」
 そして勢いのまま肩を掴む。その拍子にスバルのクラッチが床にカランカランと音を立てて落ちた。突然の行動にどん引きしているスバルに今の自分はどんな風に映っているのだろう。
「どうした、遊星?」
 ブリッツ達もなんだなんだと寄ってきた。
「……遊星?」
 見開いた目が徐々に不安の色に染まっていく。揺れる瞳にスバルを掴んだ手が僅かに震える。
「俺は、重いか?」
「……は?」
 俺とラリー以外が口を揃えて言った。
「……軽くは、無いんじゃない?」
 パチパチと2回瞬きしたあと口籠もりながらもスバルはそう言った。
「……重いのか?」
 やはり俺はスバルの重荷に……。
 肩から手を離し項垂れる俺に下から伺うように首を傾げた。
「……なんでそんなにショック受けてるのか分かんないけど、遊星はもうちょっと重い方が良いんじゃない?」
「……え?」
 我が耳を疑った。
 スバルは口に手を添え唸ったあと、やはり伺うようにもう一度俺の顔を見た。
「うーん。正確な事は知らないからわかんないけど、重いかって言われたら平均以下っぽいしなぁ。」
「そ、それはどっちなんだ?」
 顔に冷や汗が流れるのを感じる。少し屈みぎみで聞くと、目を丸くした後添えた手で口元を隠しながら「プッ。」と吹き出した。あっはははと笑い出したスバルに眉をひそめる。こちらは真剣だというのに。
「ふっふっふっ、どうしちゃったの遊星? 大丈夫だよ。別に遊星は遊星だもの、重くても軽くてもそんなに悩まなくて良いんじゃない?」
 そう言って開いた両手で俺の頭を包みワシャワシャと髪の毛を乱す。この場で1人だけ笑っているスバルを見ながらラリーが小さく「あ。」と手で口を覆った。
「……全く付いていけないんだが、どうゆうことだ?」
「……ラリー、お前なにか知ってるな?」
 遊星の髪ってクセ強いよね〜と楽しそうに撫で回しているスバルの後ろで、ラリーがブリッツ達を集めた。
 そして小声で
「さっき遊星に、前に聞いた“どくせんよく”ってのが強い人は重いらしいってのを教えたんだ。そしたら、急に……。」
 そう言ったあとさっきから放心している遊星に目をやった。
「あぁ……。」
 納得した。
 そして彼らの会話が成り立っていない事も。
 人の負担になることを嫌う遊星はラリーの“重い”を文字通り負担としての意味で捉えたのだろう。だが重い人っていうのは、
「うん、遊星は細いし軽いよ多分。だから気にしなくていいよ。」
「……そうか。」
 いや、納得しているところ悪いけど軽い男もどうかと思うぞ遊星。
 ようやく満足したのか乱した髪を、今度はあやすように優しくとかしながら笑うスバルに遊星の心の霧は晴れていっていた。
 優しいその手つきは自分の胸のざわめきも落ち着いていくような気がする。むしろ心地よくて少しくすぐったくもある。ずっとこのままにされても良いと思えたが、すぐにスバルの手は離れていった。
「ごめんね、遊星の髪ってそんなに触れる機会が無かったから楽しくって、つい。ほら夕飯作るからそれまでに工具を片付けとくんだよ。」
「……あぁ。」
 少し胸がきゅっとしたが、嫌な気分は自然としなかった。振り返りDホイールの元へと向かった。
「呼ぶ前に手も洗っとくんだよ〜!」
「あぁ。」
 遊星の後ろ姿に声を掛けるスバルの周りにブリッツ達が集まった。
「スバル、あのな遊星は……。」
 言いかけたタカの声にスバルはもう一度小さく吹き出した。
「うふふ、まさかあの遊星も体重を気にしちゃったりするんだね。」
 お年頃だねぇ、と笑いを堪えるスバルに「あぁ……。」と肩を落とした。
 やはり噛み合っていなかったのだ。

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