20歳
家族の話をしよう。
 ふと箸を止め、見渡す。右には遊星、左にはクロウ、そして向かい側に座るのはジャックだ。各々が私の作った夕飯を食べてくれている。クロウが宅配の仕事でこんな事があってと話し、ジャックがその相手になる。遊星はただ2人の話に耳を傾けて、話を振られたらちゃんと返す。いつもの光景だ。いや、それが日常になった、と言った方が正しい。4人で1つの机を囲むなんてマーサハウス以来なのだから。バラバラになっていた家族が戻ってきた。そんな感覚だ。
「……パパ?」
 暫く考えていた私の思わず口から出た言葉に、男達の会話がピタリと止まり視線が私に注がれた。
「は?」
 クロウと目が合って、1人納得する。うん、パッパ。
「クソッタレ兄貴。」
「おいチビ。」
 ジャックにそう言うと思いっきり睨まれた。
 そして遊星を見る。ご飯を口に運び横目で私の様子を覗う。
「……。」
「なんでそこで黙る。」
 律儀に飲み込んでから突っ込まれた。うーん……。
「おじいちゃん。」
「ブッハ!」
「フハハハ!」
 クロウが慌てて口を押さえて吹き出す。しかし私達は見てしまった。ご飯粒が飛ぶのを。サッとジャックと私でおかずを避けた。反応出来たジャックを素直にすごいと感心する。口元にご飯粒ついてるけど。
「……。」
「おじ、おじいちゃん!」
「そうか、遊星はジジイか!」
 ケラケラと笑う2人を見ながら我ながらハマり役を言い当ててしまったなと思っていると、遊星が2人を睨み付けた後その視線を私に向けた。
「スバル。」
「ん?」
「『ん?』じゃない。いきなりなんだ。」
 不満そうに目を細められ、私も倣って飲み込んでから発言した。
「あぁ、ちっちゃい頃から一緒だから家族みたいだなぁって思ったんだけど、当てはめるならどのポジションなんだろうって。」
「それで遊星がジジイか!」
 割と真面目に考えていたんだけど、どうやら遊星以外にはネタにしかならなかったらしい。
「お前は『クソッタレ』が付いてるけどな!」
 クロウが遠ざかった肉じゃがから肉を掴みながら言う。野菜も食えって言ってるのに!
「我が妹は素直じゃないからな。俗に言う“ツンデレ”というやつだ。」
「いつデカブツにデレた。」
「ほらな。」
「いや、たしかに今の会話にデレは無かったぞ。」
 私はジャガイモをクロウの皿に乗せた。「ああ!」なんて聞こえるが、無視だ無視。
「昔はあんなに『おにいちゃん』と言いながらちょこまかと追いかけていたではないか。」
「そ、それは! 誰もジャックと同い年なんて教えてくれなかったから……!」
 突然昔話を出されカアと熱くなる。たしかにあの頃はすでに今のキャラが定着していたジャックが絶対というか言うこと全てを鵜呑みにしていた。
 だが今なら分かる。あれはただ口がよく回っていただけで、言ってることは大層な事では無かったと。自分はジャックの話術の被害者第一号だったのだと。
「あの頃は俺らもお前らは兄妹なんだと思っていたからなぁ。」
 不服そうにジャガイモを食べながらクロウが言った。嫌いではないけど食べるなら肉! なのでしっかりとそれを見届けて私は糸こんにゃくを掴む。
「……マーサに言われた時は俺も驚いた。」
 おひたしを掴みながら言うのは遊星だ。
 あれはいくつだったか。10……2? 3? マーサに『お前達は本当に兄妹みたいによく一緒にいるねぇ。』と言われた時だった。最初近くに居た遊星と私達の事かと思って『遊星は私達の弟だからね!』と言ったら『じゃなくてジャックとスバルが、だよ。』と言われ思いっきり顔をしかめて『え?』と言ったのを覚えている。
「あのまま騙されていれば良いものを。」
 ジャックが味噌汁を啜る。
「……は?」
 私も味噌汁に手を伸ばしかけて止まる。
「知ってたの!?」
「当たり前だ。」
「え、えええええ!?」
 ここにきて新事実が発・覚!!
「スバル。」
 遊星に目で宥められるがそれどころではない!
「なんで!」
「自分と周りの素性ぐらい知っておくのが常識だろう。」
 お前はスパイか!
「ずっと騙してたのね!」
「お前に言う必要がどこにあった。」
 泥沼展開の夫婦のような台詞が向かい同士で飛び交うとクロウが「お前ら!」と怒鳴った。
「食事中ぐらい静かに食べろ!」
「ごめんマッマ。」
「誰がお前のパッ……ママだ!」
 やーい引ぃっかかった!
「スバル。」
 もう一度遊星に名前を呼ばれ仕方なく引き下がる。ちぇ、これからが面白くなるっていうのに。
「それからというものの、お前はやたらと突っかかって来始めたではないか。」
「え、そうだっけ?」
「あ〜、マーサハウスではあんまり見ない“反抗期”ってやつだな。」
「えっ。」
 別に私がジャックに突っかかるのは今に始まった事では無いけど、始まりなんて覚えてない。
「やたらと俺の事を“デカブツ”と言い始めたりな。」
「アンタが私を“チビすけ”って呼ぶからでしょ。」
 遊星やクロウが私よりも身長が低かったのは良い。何故なら女子と男子の間では成長期のタイミングが違うからだ。だが奴だけは並ぶ事はあっても抜かすことはなかった。大変腹たたしい。だんだん思い出してきたぞ。
「だから言いたくなかったんだ。」
「最初から言えばいいじゃん!」
「言うタイミングがどこにある。あの四六時中同じ屋根の下で。」
 そう言われてしまえば言い返せない。たしかに1歳という記憶にも残らない時に共に預けられたのだ。言うタイミングは無かった、……かも、しれない。
「あん時のスバルの反抗ぶりは凄かったなぁ。」
 ククッと喉を鳴らしながらクロウが笑う。一方私は全く面白くない。
 内緒にされていたというショックと同い年なのに兄面してくるジャックにムカムカと怒りが沸き、急におにいちゃんからのジャック、デカブツと呼び出し、同い年を良いことにジャックに強い姿勢を出し始めた。
「……だって、なんか嫌じゃん。同い年に『妹』とか『チビ』とかって呼ばれるの。」
 かみ砕いたおひたしを飲み込んでから言い訳をする。
「反抗期なスバルに対して裏でジャックが泣いていたの知らねーだろ?」
 クロウが立ち上がりながら空になった茶碗を持つ。おかわりに向かうのはいつもの事だが、本当によくたべ…………え?
「泣いてなどいない!」
 慌ててジャックがクロウの後ろ姿に言葉を投げつけるが「あれぇ?」なんて言ってさらりと躱す。
「ジャックの落ち込みっぷりは遊星が一番知ってんじゃねぇの?」
 そしてほとんど喋っていなかった遊星に話が振られた。
「……。」
 ジャックからは“黙れ”という睨み、私からは好奇心という視線を浴びながらまたおひたしを掴んだ。クロウのせいで無くなりかけている肉をつまみ遊星の皿に乗せる。一瞥されたがお前は肉を食え! 脂肪を付けろ!
「……泣いてはいなかったが、泣きそうにはなっていたな。」
「遊星、貴様ァ!」
「ジャックは黙って!」
 まじか! さっきまで私の昔話で恥ずか死しかけたが形勢逆転だ!
「……さながら娘に嫌われる父親の図みたいだった。」
「ブッハ!」
 これには戻ってきたクロウと私が吹き出す。
「うっそ、本当に?」
「ソイツは言い得て妙だな!」
 曰く、私に嫌われたと思ったらしいジャックは『本当に妹のように接してきた。』、『俺にとっては可愛い妹同然なのに。』と散々遊星やクロウに零していたらしい。
「――……。」
 思わず素でジャックを凝視するとスッと目を反らされもごもごと口を動かしていたがよく聞き取れなかった。
「……。」
 開いた口が閉まらないとはこの事。
「なにお前ら二人して照れてんだ、気持ち悪い。」
 げっそりしたクロウが私達の沈黙を破った。
「え、いや、なんか……。」
「コイツが余計な事を言うから……!」
「俺に話を振ったのはクロウだ。」
「俺のせいかよ!」
 ……あの頃は子供だったのだ、ゆるせ。
「だが、お前はさっき『おにいちゃん』と呼んだな!」
「へ?」
 なんとここで負けじとジャックが反撃してきた。
「正確には『クソッ、」
「たしかに『おにいちゃん』と認めたな!」
 まじか、このタイミングでそれを掘り返す?
「さあ呼ぶが良い! 昔のように! 『おにいちゃん』と!」
「うっ……わ。」
 これには3人がどん引きした。
「結構根に持ってんだな……。」
 クロウの囁きに遊星が黙って頷いた。
「……呼ばない。」
 ジャックから斜め下へと顔ごと背ける。
「何故だ、スバル! 今認めたではないか!」
「お前のその行動に情が冷めた。」
「何故!」
「さっ、ご飯冷えちゃうから食べよ。」
「そうだな。」
「スバルーーー!!」



 夕飯での一悶着が終わり、一番風呂から出た私は髪を拭きながら共同スペースのソファに座る。女の子という事で得た順番だ。奴らにも“レディーファースト”という言葉が脳内にあったらしい。というのは建前で、食後の食器洗いは男子の当番制なのでその間に入ってこいってのが一番の理由らしい。今更女の子扱いする? って言ったらそう言われた。
「スバル。」
 頭上から呼ばれ顔を上げると遊星の顔があった。それも割と近くに。
「うっわ!」
 びっくりして前屈みになったあとに振り返る。眉を潜め少し目を細めている。何故かちょっと機嫌が悪そうだった。
「び、びっくりした……。どうしたの、遊星。」
 私のお風呂の合間に何かあったのだろうか。それでも人に当たるようなタイプではないので尚更疑問が深まる。
 ジッと見た後黙って迂回し、私の隣に座る。
 そして私の腕を掴み、一言。
「なんで俺はおじいちゃんなんだ。」
 どうやら機嫌が悪い理由は夕飯の話題についてらしい。
「へっ?」
 もちろん私にとっては予想外だったので素っ頓狂な声が出てしまう。
「え、えっと、どんなポジションかなって思った時に、真っ先に出てきたのが……その、縁側でお茶飲んでるイメージ、だったから……。」
 仕事人間な遊星なので家庭的なイメージになるとどうしても老後になってしまった。
 いや、老後でも工具片手になんかして居そうだけど。
「……。」
 無言の圧力に押されながら言葉を絞り出したというのに未だ不服そうな遊星さん。結構ぴったりだと思ったのに。
「家族のポジションならあと1つあるだろう。」
 お、おぉ? なにやら食い下がってきたぞ?
「弟?」
「違う。」
 ひぇっ。ピシャリと切り捨てられ反射で目を瞑る。ぽわわんと瞼裏に家系図が広がる。兄妹、お父さん、おじい――
 ちゅ、と軽いリップ音が耳の中で木霊した。ハッと息を飲み目を開けると睫毛が触れあいそうな程近くに遊星の目があった。思わず顎を引いて自身の唇に触れる。
「い、ま……。」
「もう1つあるだろう。」
 へっ、えっ!? え、あったっけ? え? というか、あの……。
「スバル。」
 食後にしてはキツい、胸焼けしそうな声が耳をかすめる。あまりにくすぐったい声は再び私の体温を上昇させるには充分すぎた。
「いあ、あの、」
 ぱくぱくととりあえず何か言わなければと思うのに全く思考が働かない。
「まだ分からないのか?」
 眉を潜め掴まれた腕を引っ張られ歯が当たりそうな勢いで口を塞がれた。
「んんっ……! ゆっ、」
 強引に口を開かされ、遠慮無く舌が入ってくる。と、いうか、ここ、共同スペース……!
 ご飯食べた後だというのに腹を空かせた狼のように貪られ、その度に水音が空気を揺らす。普段は労るような優しい、触れるだけのキスだというのに。掴む手もいつもより強い。
「ゆ、んあ、は……っ!」
 肺活量を見せつける遊星に酸欠でキスに溺れかけ、脳内が危険信号と快楽による思考放棄でぐちゃぐちゃ。酸素を求めて身を引こうにも腕を掴まれ逃げられない。さらに私が求めた酸素ごと遊星が食べてしまう。
 生理的な涙がポロポロと零れ、ようやく遊星が離れていった。
「けほっ、ゆ、ゆうせい……?」
 思わず咳き込み、揺れる視界の中遊星に呼びかける。溢れた唾液を肩に掛けていたタオルで拭き瞬きすると幾らかクリアになった視界には顔を歪めている遊星。快楽や恥ずかしさより困惑の方が大きかった。そしてこちらに倒れてきたかと思えば私の肩に顔を埋めた。
「ゆ、遊星?」
 咄嗟に肩を掴み引き剥がそうとするもののビクともしない。というのも一瞬で体力を奪われ腕に力が入らないからだ。
「あの、わたし、髪、濡れてるから……。」
 そう言っても全く動じない。
「……づかいない。」
 耳を澄まさなければ聞き取れないような呟きが零れた。
「どうして、いちばんたいせつなポジションに気付かない。」
 吐き出すような溜息と共に溢れた言葉は苦しさだった。ぎゅっと胸が締め付けられる。
「あるだろう、お前に一番近いポジションが。」
 何かあっただろうか。必死に探すものの考えれば考えるほど脳裏の家系図がふやけていく。
「…………“夫”だ。」
 力無く言われバッと口を塞ぐ。あった。たしかに家族のポジションだ。上ばかりに気を取られて下に掬われた。
 腕を放し、そのまま腰に手を回され抱き寄せる。今度はいつもより弱々しい。
「……恋仲、だろう。俺と、お前は。」
「……そうだね。」
 そうだ、見るべきは上だけでなく、下に続く私達の未来もだ。
「一番近くが見えて無かったね。」
 そう言って抱き返すとぎゅっと力が入った。
 暫くあやすように少し左右に揺れてみる。が、より力が強まってしまい、再び身動きが取れなくなった。
「……さっき、」
「うん?」
 こすり付けられるように動いた遊星の髪をくすぐったく思いながら聞き返す。
「……スバルと家族の話をする、ジャックが羨ましかった。」
「――え?」
 緩まった腕に続き肩から少しだけ離れ目線を上げる遊星とパチリと目が合う。そしてフッと逸らされた。
「……クロウに野菜を取り分けていた時は……胃がきゅってなった。」
「……もしかして、わざとおひたしばっかりつまんでたの、そのせい?」
「……。」
 伏せられた目元が仄かに染まっていく。
「後半……、口数が少なくなっていたのは……嫉妬?」
「…………。」
 マーサにからかわれても動じない遊星がこんなにも顔色を変えたのは初めてだった。体中がソワソワとし出す。
「――笑いたければ笑えばいい。」
 そんな私の心情を知ってかひねくれてそっぽ向かれてしまった。
「笑わないよ。」
 遊星の顔を両手で包み前を向かせる。けど頑なに目を合わせようとしない。
「笑っている。」
「見てないくせになんで分かるの?」
 実際、私の口角はたしかに上がっていた。だってこんなにも照れる遊星なんて珍しいから。
 チラリとだけ私を見た後すぐに反対方向に目を反らした。
「笑っている。」
「バレちゃった。」
 へへっと堪えきれなくて零してしまった私を見据えたあと、遊星は手を上げ――……。
「ふへっ、あひい、あははっ! こら、遊星! フフッ、あっははは!」
 服の中に手を突っ込んだかと思えばくすぐりだしてきた! 脇腹が一番弱いの知っているくせに!
「仕返しだ。」
「せめて髪乾かせて!」
「断る。」
 遊星の“構って”の常套句が出てしまっては致し方がない。風邪引いたら遊星に看病させようと決め込み、私も反撃の狼煙をあげた。



「あっはは!」
「やめ、おい! スバル、」
「私も知ってるんだぞ、弱いとこ!」
 曲がり角の先。共同スペースへと続く廊下の数歩後ろでクロウは頭を抱えた。なんだってそこで甘い世界を繰り広げるんだ。そこを通らないと自分の部屋に行けないというのに。風呂から上がれば思春期男子にはキツい世界は広がっているわ、ジャックもタイミングを失ってそこで腕組みをして期を伺っているわ、俺にどうしろっていうんだ。忘れているだろうけど1番年下なんだぞ、俺。
「……遊星がスバルの夫、か。」
 今まで黙っていたジャックが突然そんな事を言い出した。
「たしかにあんなじゃじゃ馬娘、遊星でないと相手に出来んだろう。」
「……まあ、たしかに。」
 陰と陽な2人だが、その実逆でもある彼らの間をどう断ち切れるというのか。クロウも諦めて熱りが冷めるまでジャックの相手になることにした。
「遊星に『お前に娘はやらん。』と言う日が来るのか……。」
「……スバルの言葉を借りたら、それを言うのは俺だぜ?」
「ならば俺は拳を握り『覚悟は出来ているんだろうな?』と言って歯を食いしばる遊星の肩に手を置き、『噛みしめるのは幸せだけにしろ。』と言って油断させたところを殴る。」
「随分な計画犯だな。」
 顔が強ばりいらだちを隠そうともしないジャックはどうやら妹を取られるのが相当悔しいらしい。
 あーぁ、と自身の頭の後ろで腕を組みながらクロウも壁に寄り掛かった。俺も早く彼女を捕まえたい。その時にはもう薬指に銀の輪を身につけているだろうあの2人に両親役をしてもらうのだ。

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