いつかの未来
だってまだ愛は語れない
*メインストーリー終了後



 スバル。
 そう私の名前を呼ぶ彼の声は初めて聞くぐらい弱々しく、私の心を不安に煽った。
「遊星!? どうしたの?」
 台所で皿洗いしていた私は洗剤を洗い落として手を拭きながら遊星に駆け寄ると、少し顔の赤い遊星はそのまま私に覆い被さった。
「おもッ!?」
 照れるよりも先に全体重掛かっているんじゃないかと思うほどののし掛かる重さに困惑しながらもようやく違和感に気付けた。
「酒くさ……。」
「スバル……。」
 要は酔っ払いだ、コイツ。
 驚かせやがって。今日が職場の飲み会なのは今朝聞いていた。初めてじゃない?と聞くと、今まで断ってきたらしいが今日はどうしても外せなかったらしい。あっそう。未だ大きく脈打つ心臓を落ち着かせながら鳩尾に一発入れるか、このまま支えず私ごとしゃがんで床に転がせるかの二択に迷うと包み込む腕の力が強まった。
「ぐえ……。」
「スバル……。」
「お前のそれは泣き声か?」
 会話にならんなと辺りを見渡そうとしても視界は全部遊星のジャケットの色である藍色一色。おまけに肩と腰に腕が回っているせいで身動きも取れない。遊星の身体はアルコールのせいで体温が上がっているし、うなじに掛かる吐息は熱っぽく、くすぐったくて仕方が無い。
「分かった。分かったからとりあえずソファで休め。ね? 休め。ぐえっ。」
 おい、言外に『離れろ』と言っているのに何故腕の力が強まる?
「スバル……。」
「苦しい! 苦しいです、遊星くん! 今そのスバルちゃんが窒息しそう!」
 もはや悲鳴に近い叫びを上げれば不満げに遊星が腕を解いた。なんで私が悪いみたいな雰囲気を醸し出すんだ、やめろ。
「ソファに行こうね、遊星くん?」
「……分かった。」
「よし、良い子だ!!」
 手を引いてソファまで移動すると素直にストンと座り、じゃあ私は水を〜っと台所に向かおうとした私の腰を掴み、バランスを崩した私はそのまま遊星の片膝の上に横乗りで座る形になった。
「移動した。」
「…………そうね。」
 なにこれ。
「スバル……。」
「駄目だこれ……。」
 人語から再び鳴き声に変わってしまった。溜息を付く私に背中に猫のようにすり寄せてくる。そういや初めて遊星がお酒を飲んで帰ってきた気がする。お酒を飲むとこんなになるのか……と頭のメモに二重丸で囲った。
「……すまない。」
「え?」
 小さく零れた謝罪の言葉に驚きの声が上がる。
「……暫く、このままで居させてくれ。」
 そう良いながらお腹に回る腕の力を強めた。
「……拒否権無いね。」
「……そうだな。」
 素直に認めた遊星に「仕方が無いな〜。」と体重全部を預けると見事に受け止められた。
 お互い暫く無言のままその体勢で居続け、ぼうっと遊星の吐息……もはや寝息に近いそれを聞いていた。本当に寝てしまう前に起こして、せめてベットにと声を掛けようとした時、同じタイミングで「スバル。」と呼ばれた。
「……お酒を飲むと、変な感じになるんだな。頭の中が変に浮ついて仕方が無い。」
「そうだね〜。頭が正常に働かなくなるから飲酒運転とかお仕事前は飲まないようにするんだよ。」
 起きていた事に安堵しそう返すと鼻から息が抜けるような笑いが聞こえた。
「……そうだな。今Dホイール乗ったら確実に転倒する。」
「それはそれで見てみたいかも。」
「おい。」
 まるで凄みのないツッコみを入れられてハハハと笑う。
「最初はこれぐらいなら酒に飲まれないとタカを括っていた。けど進んでいく内に頭が浮ついて……。」
「飲み過ぎだな、それは。」
「……唐突にスバルに会いたくなった。」
「私?」
 突然出て来た私の名前に驚き聞き返すとコクリと頷き、彼の髪の毛がうなじをくすぐった。思わず漏れる笑いにグリグリと押しつけるように遊星は頭を擦った。
「だからくすぐったいって、ふふっ。」
「はぁ……スバル……。」
 溜息混じりに名前を呼ばれ「なに?」と聞くと「ん……。」とだけ答えた。
 そういえば私も初めてお酒を飲んだときは少し心細くなったっけなぁ、と思い出す。人肌が恋しくなる、というか。
「帰る先にスバルが居て酷く安心する。スバル、ありがとう。」
 今日は体感だけじゃなく、心までくすぐられる日らしい。素直に感謝を述べられると照れくさい。同じ道を歩み始めてどれぐらいの年月が経っていると思っているんだろう。
「──スバル。」
「ここに居るよ。」
 それでも時に幸せすぎて夢なんじゃないかと思ってしまうときがある。目が覚めたら何もかもが無くなっていて、隣を見たら誰も居なくて。身体に触れるのは隣の遊星の体温じゃなく、古びたブランケット1枚だけだったら。
「好きだ、スバル。」
 熱を帯びる吐息が背中に掛かる。くすぐったくて仕方が無い。
「私も、遊星が好きだよ。」
 今更言葉にするのが照れくさいけど、どうせ酒に飲まれてるなら朝起きたらきっと忘れているだろう。
「遊星、私も好きだよ。つい物事に夢中になって私が必死に直してきた生活習慣をすぐ崩すところとか、まだ表情筋が固いところとか。」
「……褒めているのか、それは。」
「褒めてはいないね。」
 本心をそのまま言えば押し黙られた。
「好きな部分が全部良いことばかりじゃないよ。何故か私の言うことは半分ぐらい無視してくるし、私の名前を呼べば私が黙るって未だに思い込んでたりするし、言うことは聞かないし、割と我が儘だったりするし。」
「……。」
「でもね、それ全部ひっくるめてどうしようもなく大好きなんだよ。私の好きってそういう事。もちろんデュエルしている遊星も、私の料理をいつも美味しそうに食べてくれる遊星も、たまに私が動けない時は身の回りを全部してくれる遊星も、みんな好き。」
 こんな事、正常の遊星にはあまりに照れくさくて言えないけど、今なら許されるような気がした。
「スバル……。」
 意外に腕の力が弱まり顔を上げたので私も体勢を直す。結構長く遊星の膝に乗っているけど痺れたりしないかな。目線を落としてから顔を上げると呆けた遊星の顔があった。
「珍しいな、スバルがそんな事言うなんて。」
「うるさいな! 遊星が持ち帰ってきたアルコールにやられたの!」
 人の気も知らないで! 指摘されてカッと赤くなる頬を膨らませて睨み付けると目を細められて「可愛いな。」と零した。うっせ。
 そのまま顔を近づけられ目を閉じると互いの唇が重なった。触れるだけの優しいキスだった。ちゅう、と少しだけ吸われて遊星は離れた。最近はようやくキスに慣れてきた。どうも照れくさくて、恥ずかしくていつまでも慣れない。遊星はそれを知っているから無理強いをしてこない。それが時に有り難くて時にもどかしさも覚えて。素直じゃないのは私が1番分かっている。
 見つめてきた目が眠そうに伏せられコツンと額同士が当たる。
「……眠いならシャワーだけでも浴びて来なよ。汗掻いたでしょ。」
「……まだこのままが良い。」
「もう、子供かぁ?」
 まあいいんだけど。人肌恋しい時のつい子供っぽい独占欲が湧く気持ちが分かるから。けれど溜息交じりの私の言葉に遊星はとても真面目そうに私の目を射貫いた。そしてフッと力を抜いた。
「……あぁ、子供だ。お前の前ではいつだって格好良くありたいのに、どうしようも無くスバルの優しさに甘えてしまって、そのまま独占したい。」
「……もう。」
 普段の遊星なら『俺を子供扱いするな。今幾つだと思っている。』と反抗していた。肯定されてしまい、しかも『独占したい』って言われてしまえば、嬉しくて許してしまう。私の心はいつだって遊星の隣にいるって照れくさい台詞で示したばかりだというのに。回りくどすぎたか……?
「遊星。」
「なんだ。」
「遊星は、なんで私を選んだの?」
 遊星の周りには可愛い子は沢山いた。アキちゃんや龍可もいるのに、何故その中から私を選んだんだろう。何気なく発した言葉は遊星の沈黙によって私の背中を冷やしていく。
「え、ゆ、うせ、い……?」
 何故すぐに答えてくれないんだろう。不安になって立ち上がろうとすると「待った。」と声が掛かり腰を抱えられた。
「すまない、悪かった。悪かったから離れないでくれ。」
「え、えぇ……?」
 戸惑いを隠せず背を丸くする私に何故か遊星は苦笑した。
「スバルを好きだという理由以外を求められているのかと思って思案しただけだ。不安がらせて悪かった。」
 そうして私の頬に手を添えて親指の腹で頬を撫でる。
「選んだ訳じゃ無い。スバル以外の選択肢はそもそも存在していないだけだ。」
「……は?」
 訳が分からず眉間のしわを深めると「ハハッ!」と笑われた。
「可愛いな。そんな可愛かったか、スバル?」
「は? いや、聞かないでよ! 知らんわ!」
「そうか。」
「なに1人で納得して、んんっ!」
 私からしてみれば無理矢理口を塞がれ、言葉を紡ごうにも出来ない。しかも今度はしつこいぐらい角度も変えてキスをされ、離れようと遊星を押し返す手に力を込めても後頭部をしっかり確保されているので動けず、反抗する度に嘲笑うように遊星の喉が鳴った。
「ばかっ!」
 隙をついて頭突きをかますと「あっははっ!」とやはり楽しそうに笑うだけだった。酔ってる。確実に酔ってる。私の額だけが痛くてどうすんだ。頬を膨らませ睨み付けると「すまないな。」と全く思ってもいないだろう事を言ってきた。
「スバルしか目に入ってないのになんで他の選択肢が出来るんだ?」
 なぁ? と熱の籠もった目で優しく微笑まれ、再び体温が上昇するのを感じた。
「なんで、と聞かれても好きだからとしか返せないし、なら何故好きかと問われても言葉に困る。……そういえば前、恋には理由があって、愛には理由は要らないんだと聞いた事がある。だからこれを人は“愛”と言うんだろうな。」
 頭の中が浮つく、と言う割にはしっかりと話す彼に私はただ目を反らす事しか出来なかった。
「愛らしいな、実に。」
「……あっそ。」
 すっかり彼の熱にやられた私は遊星に寄り掛かると再び受け止められた。そしてまるで猫のように擦り寄ってくるのだ。
「可愛いなぁ。」
「んもう、分かった! 分かったから!」
 くすぐったくて堪らなく、恥ずかしさも相まって身悶えするとピタリと止んだ。そしてごく自然に首を傾げた。
「分かってないんだろう? さっき『知らん!』って言っていたしな。」
 真面目な顔をして言うな!
「こら!」
「ふふっ。」
 面倒くさい。実に面倒くさい、この酔っ払い!
「もう満足したでしょ!」
「まだ満足はしていないな。」
「遊星!」
「スバル。」
「収集付かないんだけどぉ!」
 何故かご機嫌そうに私の名前を幾度も呼ぶ。んぎぎと離れようとしてもまるで動かず、拳を作るとようやく腕の力が弱まった。すかさず立ち上がると不満そうな目で見上げられる。
「そんな目で見るな! 終わりだ、終わり! お風呂入るついでにアルコールも飛ばしてこい!」
「…………ハァ。」
「人の顔見てから溜息付くなぁ!」
 腰に手を当てると渋々と遊星が立ち上がった。
「今日のスバルは冷たいな。」
「お前が言う? 遊星が火照ってるだけでしょ。」
「俺のせいか?」
「うん。」
「そうか……。」
 口を尖らせ大きく伸びをしてからようやく足を引きずるように風呂場の方向に足を向けた。
「着替えはもう置いてあるから取りに行かなくても良いよ。シャワーだけでも浴びてきて。湯船にはもう浸からなくていいよ。なんかそのまま沈んでいきそうだし。」
 エプロンの紐を結び直しながら遊星の背中に向かって言うと何故か驚いたような顔をされた。
「……もう一回抱きしめても良いか?」
「アホか。」
 せっかく展開が進んだのに振り出しに戻させるか。
「嫁が冷たいな……。」
「頭大丈夫? まだ結婚してないでしょ。」
 私自身お酒は飲まない方なので今まで遊星と飲む機会は無かったけれど、もう遊星にお酒を勧めるのは止めようと思った。
「あ、ついでに一緒に入るか?」
「はっ!? ばっか言ってないでさっさと入ってこい!」
 何『名案!』みたいな顔で言ってんだコイツ!! というか私はもう既に入ったっての! ぞわぞわと悪寒が走り手で追っ払うと「ケチだなぁ。」なんて言いながら再び歩き出した。二度と飲ませるか。
 しっかりと風呂場に向かったのを確認してから台所に向かった。ようやく洗い物を再開出来ると、スポンジを淡立たせる。
 そういえば久々に1人で食べる夕飯だった。何年ぶりだろう。それすら思い出せないくらいだった。いつも通り2人分作ってしまい、時計を見ても帰って来ない遊星に頭を捻ったあたりで『あ、そういえば今日は飲み会か。』と気付いた。初めてだったからすっかりその事を忘れていて、冷めた料理を温め直して1人で食べたのだ。
 今の遊星はモーメント開発のトップだ。サテライト時代に比べたら大出世である。部下や同僚に今まで飲み会に誘われる事はもっと沢山あるはずなのになんで今日まで断ってきたんだろう。あとで聞いてみよう。
 皿洗いを終わらせエプロンをいつもの所に戻してから寝室に向かった。



 図書館から借りてきた小説を布団の上に座りながら読んでいると、少し湿気た髪のまま遊星が入ってきた。「昨日の続きか?」と聞かれ頷くと「そうか。」と返ってきた。隣に潜り込み私の手元を覗くが、展開は半ば。もう付いていけないだろうに遊星も文字列を追っているのが分かった。ふわりと欠伸が聞こえ、丁度いいかと栞を挟んで隣の机の上に置く。
「明日はお休みなんだっけ?」
「あぁ。」
 もぞもぞと布団を被り直し、2人分の体温が混ざっていく。1つは平均の、もう一つは微熱以下の少しだけ温かい温度。
 枕に下に腕を入れて少し高めに調節した遊星の目はスタンドライトのオレンジの光のせいか、温かく伏せられていた。
「……そういえば、なんで今まで飲み会断ってたの? これまでも誘われていたんでしょ?」
 寝かせたい気持ちもあるけど、今聞かないと忘れそうなので頬をつつきながら聞いてみる。すると「んー。」とまどろんだ声が返ってきて、これは寝そうだと思ったのでもう引き下がりライトを消そうと手を伸ばす。
「寂しいだろう。」
 え、と伸ばした手を引っ込め、横を向く。
「1人で食べる夕飯ほど、味気ない物はそうないだろう。スバルに、知って欲しくなかったんだ。もう何年も断ってきたけど、流石に社長にまで言われると断わりきれなくて。ごめんな、スバル。」
 まるで子供をあやすように優しく私の頭を撫でた。
 別に遊星との食事はそんなに騒がしいものではない。むしろ私が一方的に話すか、話題を振って遊星が答えるだけ、という事もよくある。けどだしかに今日の夕飯の事はあまり覚えていない。ぼうとしていたのもあるんだろうけど。でもまさか断ってきていた理由がそれだなんて。
「スバルが作ったご飯を美味いなぁなんて思いながらスバルの話を聞いているのが一番幸せなんだ。なんて、職場で言えば『愛妻家なんですね。』なんて言われるが、そんなの当たり前だろう、と思う。有限である時間を幸せのために使いたいのは皆一緒だろう?」
 あぁ、この男は。少し頬が赤いように見えるのは気のせいだろうか。抜けきっていないアルコールのせいか、はたまた……照れているのか。何にしても、そんな風に言ってくれる目の前の男に胸がきゅーっと鳴った。
 遊星の言葉を借りるなら、私は未だに遊星に恋をしているのだろう。彼が優しい顔を向けてくる度に私は恋に落ちるのだ。
 惚けている私に「ふふっ。」と柔らかく笑い、上半身を起こして私の代わりにライトを消した。暗闇の中、布が擦れる音と自身の鼓動だけが未だに世界に残っていた。
「おやすみ、スバル。」
 彼は去る前にその言葉を置き土産に残していった。



:::



 そっと何かが頬に触れ、意識が浮上した。開けにくい瞼を開ければ、カーテン越しの仄かな日差しに目を細める。
「起こしたか。」
 声の主に目を向ければ今日も威勢良く跳ねる髪が目に入った。そして温かい手は頬を離れて髪の毛を梳くうように後ろへと動いた。
「……おはよ、ゆうせえ。」
「あぁ、おはよう。」
「……ねっむ……。」
「本当に朝が弱いな。」
 くつくつと喉を鳴らして穏やかに遊星が笑った。もう何度も言われるのでそのまま無視して欠伸をすると不意に自分に影が落ちた。なんだろうと顔を上げると前髪を掻き上げてそっと遊星がキスを落とした。
 ちゅっ。
 なんとも朝から刺激的すぎる音だ。一発で目が覚めた。咄嗟に身体を仰け反ると「フフフッ!」なんて爆笑された。もしや昨晩のアルコールまだ抜けてないんじゃないのか、このお馬鹿。
「な、なにして、んの。」
「特に理由は無いが。」
「〜〜ッ!」
 声にならない叫びを上げ布団で顔を覆うと「あ、おい。寒い。」と腰を掴まれた。
「初々しいのも良いが、そろそろ慣れてくれ……。」
 溜息交じりに言わないで欲しい。
「……無理。」
「……はぁ。」
 布団から顔を話すと苦笑いする遊星の顔があった。
「……だって。」
 だって。そう言ってからハッとして布団の中に潜る。けれどもう出てしまった言い訳の始まりを彼は逃さずそのまま布団から脱出しようとした私を捕まえる。
「ぎゃあ!」
「おい、逃げるな!」
「セクハラぁ!」
「なに今更、痛ッ! こら!」
 結局遊星が起き上がって両脇に手を入れたのでどうする事も出来ず、布団も寒くない程度には掛けられているが顔を隠すには足りず俯せになる。
「“だって、”なんだ?」
 面白がってる。間違いなく怒っているよりもにやけてる方のトーンだ。
「……。」
「スバル、素直に言った方がこの後のためだぞ。」
「止めて下さい。」
 朝っぱらから何する気だ。え? 何する気だよ。
「……だって、」
「うん。」
「…………だってさ、」
「スバル。」
 痺れを切らしたのかその手段に出ようとする雰囲気を察して「あぁもう!」と声を荒らげた。
「だってさぁ! 毎朝起きたらさ! 隣にもう遊星居なくて仕事行ったのかなとか思ってさ、ドア開けんじゃん! そしたらいつもコーヒー飲みながら新聞紙読んでる遊星が『おはよう。』とか声掛けてきたら誰だって朝一から惚れるじゃん! 遊星は愛かもしれないけど私はまだ恋なんだよ! 一目惚れでも何でも理由が無きゃやってられっか馬鹿! 心臓がいくつ合っても持たない!」
 叫き散らし、息切れしてようやく『何言ってんだ私。』と穴に埋まりたい気持ちでいっぱいになった。何言ってんだ私……。というか昨日遊星はお酒飲んでた時の話を持ち出してももう忘れているのでは? しかもだいぶ支離滅裂な事言ってない? いや何してんだろう私……。
「え、スバル……?」
 ほらぁ! そういう反応返ってくると思ってた! だよね、分かんないよね! 私もよく分かってないもん!
「つまり……、スバルは毎朝、俺に一目惚れしているのか……?」
 うっわぁ真面目に解析された!
「あっはっは、んまあそういう事になるかな!?」
 顔を引きつらせてただただ俯せで顔を隠すので精一杯だった。いっそ埋葬してくれ……。
「ハァ〜〜…………。」
 ……すごい長い溜息吐かれた……。
「あー、すまなかったスバル。……フフッ。」
「笑うな。」
「いや、これは無理だ。フハハハッ、ハァ〜〜……。」
 笑うか呆れるかのどっちかにしてくれないかな。
「悪かったスバル。機嫌直してくれ。」
 隣で寝っ転がり、私のお腹に手を回してポンポンと頭を撫で始めた。
「やだ。」
「手厳しいな。」
「誰のせいだよ。」
「俺か?」
「そう。」
「参ったな……。」
 ポンポン、とあやされているようにも感じる手付きに私も1つ溜息を零してから少しだけ遊星に寄った。
「ごめん、慣れなくて。」
 年月なんか関係ない。色んな顔の遊星を見る度に胸は正直に高ぶるし、遊星の言葉には未だに一喜一憂するし、褒めて貰えればそれだけ嬉しくなるのだ。
「構わない。」
 やはりこの人は優しすぎる。
「スバルからしたらその日の1回目は初めてみたいな感覚なんだろう。」
「ん、あ……、まぁ……?」
 言い方にすごく違和感を感じるけどこの際スルーしよう。
「なるほど。つまりこの状態はスバルに取ってまだ“当たり前”じゃないわけだ。」
「えっ。」
 驚いて顔を上げたところで遊星の首しか見えず焦りが募る。そういう意味で言ったわけじゃ、
「たしかに関係の名前は変わったかもしれないが、生活の流れはポッポタイムに住んでいた時とあまり変わらないしな。」
「あの、」
「婚約指輪、見に行こうか。」
「……は?」
 “こん”……え?
 動揺する私を置いて遊星は再び起き上がり大きく伸びをした。
「要は実感が足りていないんだろう。早ければ来週中には薬指にはめられる。」
「え、あの、遊星さん……?」
「結婚はもう少し先になるが、な。」
「け……?」
 目を細めてふわりと私の頭を撫でる。
「よし。スバル、今日は久々にデートしよう。」
「待って、」
 布団から出る遊星に私も起き上がり手を伸ばすものの、見事に避けられてしまった。
「なんだったか? コーヒー飲みながら新聞紙読んでる俺が好きなんだったか?」
「待って。」
「スバル。」
「ひっ。」
 まるで条件反射のように名前を呼ばれて身を縮めた。
「初めましては、今日で終わらせよう。」
 そう言って部屋を出た遊星に私はただ困惑する事しか出来なかった。

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