20歳
一瞬を永遠に
*SS「そうして夢は愛となる」の流れ



 ところで私は昨日大変素晴らしい物を手に入れてしまった。
「スバル、いい加減にしないとまた容量が無くなるぞ。」
 これを手にしてからというもの、途端に世界が輝いて仕方が無い。
「スバル専用のUSBを買っておくべきか……。」
 今しか無いその瞬間をたった1つのボタンで! これに納める事が出来るのだ!
「遊星! クロウ! 貴様ら甘やかしすぎだ!」
「今まで散々甘やかしてるお前にだけは言われたくねぇよ!」
 きゃっきゃっと昨日からガレージを動き回る小さい方の黄色い頭をでかいほうの黄色い頭が捕まえる。
「ぎゃー! セクハラ!」
「大声で言うな!」
 ジャックはその大きな手でスバルの頭をギリギリと握りしめる。「ギャー! 痛い痛い痛い!」とジタバタ暴れるスバルの手から小さい機械を取り上げる。
「あっ!」
「お前は子供か。たかが写真でそこまで騒ぐな鬱陶しい!」
 必死にジャンプしてその小さい機械……スマートフォンを奪おうとするが、悲しきかな、この身長差。しかもそこから憎たらしい程長い手足を存分に活用し掲げてみせるものだからスバルに軍配は上がらないだろう。
 そう。始まりは昨日の昼の事であった。
 アキと龍可の3人で談笑していた時、ふとスバルが『それがスマートフォンなんだ。』と言い放ち、ついにスバルがスマートフォンを所持していなかった事が明るみに出た。今までガレージに行けば会えていたのであまり気にしていなかったけれど、スバルだって引きこもりでもインドアでも無い。よく今まで気付かなかったな、と恐ろしくなりつつ今後のためにも買っておこうとポッポタイムの他の住人に相談を持ちかけたらすんなりと承諾。そうして初めてスマートフォン、もっというと自分専用の電子器具をついに手に入れたのだった。
 ……が。
「しかもお前、昨日は夜更かしまでしていただろう!」
「そ、それは! 龍可とアキがチャットでいろいろ教えてくれたからつい盛り上がっちゃって……。」
 しょんぼり、と言った風に項垂れるスバルとは別にクロウは「へ〜!」と声を上げた。
「いつも11時前に寝ているお前が? 夜更かしできたのか。」
「結局何時に寝たんだ?」
「……に、2時……。」
 素直に白状したスバルにジャックはまたガミガミと母親のように叱っている傍で遊星とクロウは少しだけ関心していた。
「へぇ、あのお子ちゃま体内時計のスバルが2時まで起きていたとはなぁ。」
「テレビ見ている時でも少し前まで笑っていたのに気付けば寝ているからな。」
「でもよおスバル。今朝はいつも通り起きられただろ?」
 頭の後ろで手を組むクロウが口を挟んだ。
「えへへ、習慣が身についていたからたしかにいつもの時間には起きられたんだけど、実は結構眠くて。改めて遊星の連続徹夜を止めさせようと思ったよね。」
 そう言ってジト目で遊星を見れば「主題を俺に変えるな。」とそっぽ向いた。
「だが起きられたとしても身体に不調が出るのは変わらん!」
「んもう! 良いじゃん! というかなんで遊星の徹夜は許されて私の夜更かしが駄目なのさ!」
「お前は女で俺達に比べて身体が強く出来ていないんだ。後々生活習慣の乱れで苦しむのはお前なんだぞ! 生理痛酷くさせたくないだろ!」
「うぐっ。」
 最後の一言で思いっきり顔をしかめてお腹を押さえた。
「“生理痛”?」
「……女の子は毎月その身体の仕組みでお腹を痛めるんだ。今度マーサにちゃんと教わっておけ。」
「ふーん。女って大変なんだな。」
 横でそんな話をしているとスバルは顔をしかめたままクロウを睨む。
「人によって痛みの大きさとかお腹が痛い以外の症状も起きるけど、かなりデリケートな話だからこんなデカブツみたいに堂々と言っていいことじゃないし、そう思ってくれてんならもっと私を労れ!!」
「だが睡眠時間だけはお前の自己管理によるものだろう。」
「い、1回ぐらい平気だよ! 多分!」
「その積み重ねで酷くさせるんだ!」
「なんで私より把握してんだよぉ……。」
「昔お前がカップラーメンしか食っていなかった時期に瀕死になっていたのを目の当たりにしているからな。」
「…………あれか。」
 思い出される黒歴史。カップラーメンは美味しい。だが種類を変えたとしてもやはり栄養は大分偏る。あの時もマーサのところに連れて行かれてこっぴどく叱られたものだ。
「うぅ……ジャックの意地悪……。」
 しゃがみ込んで泣きべそをかくスバルに一度溜息を零してから遊星が口を開いた。
「もう充分分かっているだろうからその辺で良いんじゃないか? もし聞かなくても一度経験すればもうしないだろ。」
「そこが甘いんだ遊星! 経験する前に阻止するのが兄の役割だ!」
「うるせぇデカブツ。」
「スバル!」
 ガチャ……。
 いつもより少し控えめの扉が開く音が聞こえ見上げるとアキと龍可、龍亞が顔を覗かせていた。
「……なんかその図、スバルがリンチにあってるみたいだよ。」
 龍亞が怪しげに目を細めて言うと途端にスバルが「うわぁぁん!」と顔を覆った。
「デカブツが私をいじめるの〜!」
「喧しい!」
 ピシャリと言いつけるものの引き続き泣き真似を続けるスバルにアキが溜息を付きながら3人が降りてきた。
「それで? そうしてスバルがリンチにあっているわけ?」
「え、まさか俺達まで疑われてねぇか?」
「たまたま叱ってるところに鉢合わせただけだ。」
「分かってるわよ。で? どうして?」
「スバルが昨日夜更かししたことにジャックが怒ってんだ。」
「えっ。」「え?」
 これには心当たりがあるアキ達が目を見開いた。
「……そういえばお前達もしたらしいな?」
 ジャックの目線はスバルからアキと龍可に向けられた。標準が変わった瞬間でもあった。なんとなくそのことを察した2人は目線を泳がせる。
「……たしかにしたけど、ジャックには関係無い事じゃない?」
「私もしたけどさすがにいつもはあんな時間まで起きてないわ。」
「……お前達、自分が生活習慣に影響されやすい身体なのを自覚しているか?」
 こうして着いて早々突然のお説教(とばっちり)をうけ、龍亞がクロウと同じ事で首を傾げたので遊星がそっと助け船を出した。けれどこの話題に関してはアキが「そんな大声で言わないでよ恥ずかしい!」と声を荒らげ、龍可は顔を真っ赤にさせて目を反らした。そんな反応にクロウはスバルとの反応の違いに1人納得してあとでマーサに聞いておこうと思った。世話している孤児達の中に女の子がいるのでその時のために。
 ジャックにしては筋の通っている正論なので下手に言い訳が出来ず結局先程のスバル同様に項垂れた。
 反省モードな空気と呆れる空気が混ざる中、
「ところでね、皆集まったところだしやってみたいことがあって……。」
 と手を合わせて笑顔で最後に全部ぶち壊すのがこのスバルである。
「お、ま、え、は、本当に反省しているのか!」
 もちろんジャックも再び火が付くけれど今度はスバルが立ち上がり胸の前で腕を組んだ。
「後悔はしてないけど、反省はしてる! たしかにジャックの言うことは一理あるし生活が乱れて良いことはないからね。でも反省しているのにこれ以上とやかく言うのはそれは叱る事じゃなくてただ声を荒らげて私達を虐げてるだけだよ。それにジャックだって今日も明日もずっとこの話題をし続けるつもり? 切り替えが出来ていない事に関しては人の事は言えないぞ!」
 この言葉にジャックは口を閉じ頭を抱えた後「……良いだろう。今回はここまでにしてやる……。」と折れた。

 ようやく終止符が打たれ疲れを感じる一同だったが龍亞がジャックの手に未だ握られていたスマートフォンに気付いた。
「なんでジャックがスバルのスマホ持ってんの?」
 昨日不在だった龍亞は昨晩のうちに龍可に話を聞いていたためすぐにそれがスバルのだと分かった。
「そう聞いて! 私がスマートフォンで一番すごいなって思ったのはカメラ機能なんだ! だってこんな多種多様なアプリが入っているにも関わらずこんなに綺麗に撮れるのってすごくない!? もう私昨日からずっと感動してて! それに二度と無いこの一瞬を形に残せるのって素敵だなって思って!」
 パアッと花が咲いたように力説すると3人はポカンと口を開けた。すでにこの様子を見慣れている遊星、ジャック、クロウは此所で渋い顔をしたが。
「カメラの存在も画像も見たことはあるけど実際撮る側になると楽しさ倍増するなって思ったの!」
「……それで昨日からずっと写真を撮っていて、一度容量を使い切ってデータを移したんだがまた無くなりそうな勢いで撮り始めてな……。」
 1人だけ楽しそうに言うスバルの言葉に遊星はそっと付け足した。
「そんでジャックがお怒りになったってわけだ。」
 ようやく事の全貌を聞いた3人は納得してスバルを見上げる。
「ってことで返して!」
「返さん!」
「どうしてさ!」
「遊星の大事なパソコンをお前の写真のデータで圧迫させるつもりか!」
「つ、次はちゃんと限度弁えるから……。」
「ほう?」
「す、…………するから。」
「なんだ今の間は。」
 なるほど、これでは堂々巡りだ。
「不要な写真を消せば良いんじゃないの?」
 アキが至極当たり前の事を言ってみるがこれにはジャックとクロウが目を反らした。
「コイツに才能があるのか分からねぇが、案外良い写真ばっかり撮っててよ……。」
「……面倒な才能を開花させてしまったかもしれん。」
「え! 見たい!」
「でもスマートフォンを圧迫させるぐらいの写真の量って2,000枚前後も撮ったの?一晩で?」
 思えばたしかに昨日のチャットで加工アプリとか教えたけど……と思考を巡らす。
 遊星は自身がいつも使っているパソコンを立ち上げ、“スバル”と書かれたファイルを開いて表示形式を変えた。
「これが昨晩と今朝で撮った数々だ。」
「ふふん、結構上手く撮れたんじゃないかな? もしかして将来は世界一のカメラマンになっていたりして。」
 にこにこと笑うスバルを横目に見てから画面を覗き込む。
 そこには普段アキや龍可、龍亞が普段見ていないポッポタイムでの彼らの様子が残っていた。遊星が横目でこちらを見ている時、ジャックが朝食だろう食パンにかじりついている時、クロウは風呂上がりの髪を下ろしている時。共同生活だからこそ見られる彼らの素の姿がそこにあった。
「……ピンともあってるし、自然体ですごく良いね。」
 関心して画面を見る3人。「でしょ!」と喜ぶのも束の間。
「あれ、なんでスバルの写真は1枚も無いの?」
「あ、本当だ。」
 いくらスクロールしても1枚も見当らないスバルの姿。
「さすがに自分で自分は撮れないよ。」
 眉を下げてそう答えたスバルに3人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「じゃあ僕達がスバルの写真を撮ってあげるよ!」
「え、」
「勿体ないよ。写真映えしそうな顔してるのに。」
「いやいや、いいよ。気を使わないで。」
 途端に恥ずかしくなって両手を顔の前で振るものの早速スマートフォンを取り出されて「きゃ〜!」と悲鳴をあげる。
「改めて撮るよって言われたら恥ずかしい!」
「そうだな。」
「1枚ぐらい撮っておくか。」
「集中砲火はご勘弁!!」
 慌ててジャックの背後に回って隠れるもののそのジャックでさえ「ふむ。」と言ってこちらを見下ろすものだからスバルはサアと顔色を悪くした。味方がいない!
「そういえばお前さっき何しようと思ってたんだ?」
 ふとクロウが首を傾げてスバルに聞いた。
「さっき? ……あぁ、皆揃ってるから皆で、写真を、撮ろう……って思って……。」
「なら丁度良いな。」
「ひぇ〜〜!」
 これは完璧に流れを間違えた奴だ!
「まあ冗談はさておき、」
「冗談!?」
「無理強いをするのはよくないしな。」
「そうね。」
 ポケットにスマートフォンを入れてパッと笑うクロウに謎の緊張感が緩まりジャックの後ろから出てきた。
「後日スバル専用のUSBを買う。」という事で一先ずスマートフォンを返されたスバルはほっと一息をついた。
「スバル。さっき『自分自身は撮れない。』って言ってたけどスマホにはインカメが付いてるの、気付かなかった?」
「“インカメ”?」
「そう、この上に黒い丸があるじゃない? これカメラなのよ。」
「画質はちょっと落ちるんだけど。」
「昨日教えた加工アプリで面白い自撮りも出来るよ!」
「へ〜〜!」
「自撮りのために“自撮り棒”なんてものもあるしね。」
「“自撮り棒”? なんか本格的だね……?」
「あとあと……。」
 もうすっかり流れに置いて行かれた男子達はお互い顔を見合わせて解散した。

 一通りインカメではしゃいだ3人が次にし始めたのが加工アプリを使った男子の撮影だった。カメラが人の顔を認識するとその顔に合わせてネコの耳がついたりサングラスが付けられたり、顔を変形させたり出来るのをスバルが「あの仏頂面3人にやったら面白そう。」と言ったのがきっかけだった。
 正確に言えばクロウは仏頂面では無いけれど気分が乗らないときにカメラを向けると口を尖らせるのでもう一括りにしてやった。
「遊星〜!」
 作業を続ける遊星の元に現れたスバルはもちろんその加工アプリを起動させたままのスマートフォンを手に持ちやって来た。
「もう気は済んだのか?」
 手を止めこちらに顔を向ける遊星。ふふっと笑いが零れる。
「ちょっとだけ付き合って!」
「は?」
 了承は聞かず遊星の背後に回り手を伸ばす。自分も肩越しに顔を出してシャッターを押す。あまりに自然な流れに一瞬何が起きたか分からない。
「ふむ、仏頂面にこのくまの耳は合わなかったか。」
「おい。」
 とりあえず失礼な事を言われたのは察した。
「遊星もっと笑おうよ。」
「今のタイミングのどこに笑えるポイントがあったんだ。」
「じゃあタイミングがあれば満面の笑顔浮かべられるの?」
「満面の……。俺にそれを求めるのか?」
「普段から笑わないと幸せ逃しちゃうぞ〜……ってうわほっぺ柔らかい!」
「すば、む。」
 スマートフォンを机の上に置き遊星の頬をなで回す。思っていた以上に柔らかいのとやはり男性だからか骨格が大きい。ぐいっと口角を無理矢理上げさせれば思いっきり睨まれた。
「あっはは! 変な顔!」
「を、スバルがさせているんだろう。」
「あっはははは!」
 それでも1人で笑う彼女に遊星はさらに目を細めてキーボードから手を離しそのままスバルの頬を挟み込んだ。
「にゃにすんの!」
「お返しだ。」
「むぐっ!!」
 頬を縦につままれぎゅっと目を瞑る。
「ふっ。」
 前から声が少し漏れ薄めに目を開けると遊星が可笑しそうに目を細めていた。
「ははっ、今のスバルも充分おかしな顔をしているぞ。」
「させてんのはそっちでしょ。んもうこのこの!!」
「うわ、」
 ぐりぐりと手のひらで回すように動かすと目を見開いてすぐに眉を潜めた。
「やめ、」
「ふはははっ!」
「……ふっ、はははっ!」

 クロウとジャックの変顔写真を無事手に入れて早速スバルに見せに行こうと姿を探していると下から笑い声が聞こえた。見ればなにやら2人はお互いの顔をつねり合っているようだった。
 なんとなく経緯は分からないでもないが全く2人揃って子供みたい、とアキは苦笑いした。バレないように少し降りてそっとシャッターを押す。きっと2人はこの写真を気に入ってくれるだろう。だって2人ともすごく楽しそうに笑っているんだもの。

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