20歳
そうして夢は愛となる
「スマホ持ってないの!? 皆!?」
「え、うん。」
 アキと龍可の3人でカフェテラスに腰掛けながらお喋りしていた時の話だ。そういえば昨日友達に送って貰った猫の写真が可愛くってね、とアキがスマートフォンを取り出し写真を見せた。龍可も可愛い〜なんて言いながら同じように覗き込み、スバルは呪文のように長い注文で頼んだ特製のキャラメルカプチーノを飲みながら言ったのだ。
「へ〜、それがスマートフォンなんだ。」
 と。
 見開く2人。ズゴゴゴと飲みながら眺めるスバル。蓋なしでとことん盛り上がっていたクリームが少し沈んだところでスバルが顔を上げると、すぐ目の前まで迫っていた顔が2つ。そして、
「ええええええええええ!?」
 一瞬鼓膜が破れるのではと思った。いや、本気でそう思うくらい2人の叫びは大きかった。もちろん周りの人達の視線もこの3人に注がれた。
「なんで!? 不便じゃ無いの!?」
「そうよ! 今までどうしてたの!?」
 乗り出して聞く2人にスバルは頭を傾げた。
「今まで? 別に話すくらいなら会いに行くし、遊星達はDホイールに通信機能が付いていたから大して困っていないんじゃ無い?」
 唖然として口が塞がらない。
 シティとサテライト。たとえ今は橋で繋がれて格差なんてものは大分減ってはいるが、その育ちの違いまではどうにも出来なかった。
「それに文面で言うよりフェイストゥーフェイスの方が良くない?」
 たしかにその通りではある。が、そうではない。
 しかしサテライト時代は悪く言えば行く場所が無いが、良く言えば会おうと思えばすぐに距離に居るのだ。そして会いに行こうとまで思える友人というのは大抵行動範囲まで把握出来ている事が多い。つまり
“今どこにいるの?”
 なんて連絡は必要ないのだ。ほぼ確実にそこかあそこに居る。
“今なにしてるの?”
 なんて聞くなら直接会いに行ってその輪に混ざれば良い。何もしてなければただのおしゃべりでも構わない。だって皆暇だから。
「それに最新情報なんて面白いネタ、すぐ噂になるもの。調べるより人に聞いた方がよっぽど早かったよ。」
 確かにこれが人として在るべき姿なのだろう。人と人の繋がりを大切にする。だが、現代人として、どう、なんだろう……?
 スバルの言葉が最ものような気がして思わず引き下がったが、ではこのスマートフォンを手放せと言われれば全力で横に首を振る自信がある。アキと龍可は目をまん丸と見開いたまま見合わせた。そしてよく今まで一緒に遊びの予定を合わせられていたと背筋に悪寒が走った。
 そして唯一呑気にズゴゴゴとキャラメルカプチーノを啜っていたスバルが「あっ。」と顔を上げる。
「でもたしかにアキと龍可はそうそう会えるわけじゃないから、たしかに文面で良いから会いたいって思えるね。そう考えたらすぐに送れるスマートフォンは便利かも。」
 ふにゃっと照れくさそうに言うスバルに今度は頭を抱えた。良い子過ぎないか、この子。そんな気持ちでチャットを飛ばした事なんて今まであっただろうか。
「スバル……!」
「スバル。」
 同時に呼ばれ啜っていたキャラメルカプチーノがズゴッと止まった。
「遊星達にお願いしましょう。」
「遊星達も仕事で緊急の連絡が入ったときにいつもDホイールの傍にいるとは限らないわ。」
 大丈夫、私達が説得するから。
「へ?」
 拳を握ってみせる2人に目を白黒させる。そして突然友人達が立ち上がりスバルの手を取った。
「待って、私のグランデノンファットミルクチョコチップキャラメ、」
「私が持つよ!」
 龍可が空いた手でスバルのキャラメルカプチーノを持ち、連れ去られていく。両手がしっかりと2人に繋がれている今、気分は掴まった宇宙人だった。



「スマホォ? 良いんじゃねぇの? それぐらい買える金はあるしな。というかそろそろちょこまか動くスバルに首輪付けるべきじゃねって思ってたしな〜。」
「スマホが欲しいだと? 構わん。原始人みたいな生活をしていたコイツもそろそろ現代文明に触れさせる良い機会だ。買うなら俺も付いていこう。」
「携帯がほしい? 俺は構わない。スバルはDホイールを持っていないからもしもの時に連絡取れないしな。丁度俺も買うか造るかしようと思っていたところだった。」
「待ってツッコみたいことが多すぎる。」
 ポッポタイムのガレージに運良く3人揃っていたので聞いてみるとすんなりと全員が快諾した。
「良かったねスバル!」
「買ったらID交換しましょうね!」
「え、待ってこれツッコみ待ち? それとも私がおかしいの?」
 どうやら男3人の華麗にぶち込んできたボケに対して、疼くツッコみ魂の出番は無いらしい。うそだろ?
 そうしてスバルは皆に背中を押され携帯屋に向かう羽目となった。

 話は変わるがスバルのサテライト時代の楽しみはジャンクを漁る事だった。トンカチ1つ手に取って家具を改良したり資材から何かを組み立てるのが好きだった。そう、遊星とは違う方面で物作りが好きではあったが、だからといって機械に強いとは限らない。
Q. テレビが映らない時はどうする?
遊星の場合。
A. 原因を調べるために1度構造の見直しをする。
 スバルの場合。
A. とりあえず叩いてみる。
とまあ機械に弱い典型的なタイプである。

 話を戻そう。
 そうしてやってきた携帯屋で一悶着ありあがらもついに手に入れたスバルは震える人差し指で操作していた。
「ねえ、大丈夫? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!」
 龍可が語尾を強調しながら励ます。ポッポタイムに戻ってから十数分。先程から何度もこの応答をしているせいだ。
 同じタイミングで買うことになった遊星とクロウはもうマスターしたらしく、クロウは「へー。」と言いながらいじり、遊星はすでに興味がスマートフォンからDホイールへ移っている。
「ねえこのアイコン、さっきから波打ってるけど大丈夫なの? 調べたときはこんな動いてなかったのに。」
「それは“ダウンロード中”って意味だ、阿呆。」
 腕組みしながらスバルの後ろから机に手を付きながら教えるのはジャック。
「しばらくしたら収まるから大丈夫よ。」
「それが私達が使ってるチャットアプリだけど入れたらハイお終いじゃないからね?」
 机を挟んで左右から覗き込んでいるのはアキと龍可。2人ともスバルには生暖かい目で見守っている。
「……というか2人はわかるけど、なんでジャックまでスマートフォンの使い方知ってるのさ!?」
 ギャース! とジャックに噛みつくが返ってきたのは「フッ。」と鼻を鳴す音。そして大きく溜息をついてから
「俺は何年シティにいると思っている。スマホぐらい持っていて当たり前だろう。」
 と見下しながら言い放つ。
「たかが2年しか居ないくせに!」
「だがその2年もあれば工学なんてすぐに発展するぞ。なあ遊星!」
 顔を上げてジャックは向こうでパソコンと向き合う遊星に投げかける。スバルも顔を上げて遊星を見た。忙しなく動いていた指を止め「2年……。」と呟いた。
「……たしかに2年あれば1つのシステムを作り上げる事ぐらいは出来るな。」
 流石、Dホイールを2年で作り上げた人の言葉の重みは違った。
「ゆ、遊星までぇ……。」
 眉と肩を下げたスバルの手元がピロリンと軽快に鳴った。
「あ、なんかのメッセージが届いたらしいよ。見てみよ!」
 龍可が「ねっ!」と雰囲気を変える。手元を見れば先程のアイコンは波打っていなくなり、代わりに緑色のアイコンの右上に@と書かれていた。
「このアイコンはなに?」
「これは電話番号宛てに送られるものでEメールとはまた違ったメッセージツールなのよ。」
「??」
「えー……っと、とりあえず押してみましょう!」
 そうか、スバルはCメールという存在も知らないのか……。そりゃ電話番号なんて持ったことないから当然なのかもしれないけど……。アキは頭を抱えたくなるのを我慢して催促する。スバルは言われたとおりにそのアイコンを押すとなにやら一番上に電話番号らしき数字の羅列があった。
「こんな感じに携帯会社からの宣伝メールが届くから、まあスバルは全部無視していいわよ。」
「お礼言わなくていいの?」
「お、お礼!? 何に対して?」
「『宣伝ありがとうございます。』って。」
「言わなくて良いよ!?」
「顧客に対しての一斉送信であってチビすけ個人に送ってくるわけではない。気にするな。」
「ほお、そんな事も出来るんだ。」
 冷や汗が止まらないアキに対してジャックが加勢してくれた。
「あと知らない電話番号、メッセージに対して絶対反応するな。詐欺に遭うぞ。」
「え、まじか。」
「あとこのアイコンはEメール専用のアプリだがチャットアプリを使うから同じく反応しなくていい。携帯会社からの広告はこの場所に会社名が出るようになっている。それ以外で届くメールは全部詐欺メールだ。知らないアドレスがあったらまずは俺か遊星に言え。」
「分かった。」
 するすると教えていくジャックの姿に開きかけた口を閉ざしアキは身を引いた。
「……なんだかんだ仲が良いよね。」
「……そうね。」
 すっかり出る幕を取られた彼女たちは2人の姿を見守る。すると2人の間、スバルの向かい側に位置する場所にクロウが座った。
「それはな、昔ジャックがスバルの先生をしていたからなんだぜ。」
 机にスマートフォンを置き、頬を付きながら懐かしそうに2人を眺める。
「先生?」
「あぁ。スバルがまだジャックに対して反抗期が来てなかった時までだけどな。国数理社英、全科目教えてたぜ。」
「そうなの!?」
 ポッポタイムに住むこの4人とは強い絆で結ばれていると思っているけど、2人とも4人の過去の話はあまり聞いたことが無かった。
「言語はジャンクの中からスバルが見付けてきた本を読みながらやっていて、算数はジャックのお手製、社会はマーサハウスに地図があるからそれでやってたな。」
「へぇ……。」
「理科はたしか星座関係だったか? 俺はいつも巻き込まれるのはご免と思って、その時間は避けてたからな〜。内容までは詳しく知らねーけど。」
 ハハッと遠い目をする。完璧主義のジャックに掴まれば理解出来るまで解放されないうえに話が長いので眠くなるのは想像に難くなかった。が、スバルは結構熱心に聞いていて『すごい、おにいちゃん!』と事あるごとに言うもんだからジャックも火が付いていたんだろうと苦笑した。
「ま、反抗期来たら途端に嫌がり始めたからもうこんな図は見れねぇんだろうなって……思ってたんだけどなぁ。」
 目を細めて前を向く。
「え、違うって言われた。」
「阿呆、だからさっきも言っただろう。どうせ大文字を小文字にでも間違えて入力したんだ。探すより入力し直した方が早い。」
 目の前で眉を潜めながらあれこれ言うジャックの話を律儀に聞いているスバルの図は、まさにあの頃と同じだった。
「……なんだか羨ましいわ。」
 2人も倣ってスバル達を見守っていたがアキがボソリとそう零した。
「なんで?」
 龍可が首を傾げて聞く。
「私って一人っ子だし、昔は力のせいで友達も出来なかったからあんな風に教えあうなんて無くって。」
 少し悲しげに言うアキにクロウが「なんで?」とさらに聞き返した。
「すりゃいいじゃねぇか、今から。」
 ほら、と顎でスバルを指す。目を見開くアキに対して丁度スバルが声を掛けた。
「ねぇアキ、チャットのIDはなんとか作れたんだけど交換の仕方が分からなくて。」
 へへっと頬を掻くスバルに、ジャックから……と思ったがいつの間にかジャックの姿が見当たらない。龍可もにこにことしているだけで、何も言わない。
「アキ?」
 首を傾げるスバルにチラチラ周りを見た後向き直った。
「ふふっ、それはね……。」
 なんだか照れくさくて思わず笑みが零れてしまった。自身のスマートフォンを取り出し同じアプリを開いた。
「アキの次は私ね!」
 龍可も身を乗り出して言った。
「うん!」
 女子特有の空気が流れ始め、クロウは自身のスマートフォンを掴みそっと席を立った。こちらは同じ屋根の下、タイミングなんていくらでもある。
 それよりも楽しそうに話す3人に割って入る方が無粋だと思い、いつの間にかこちらの様子を眺めていた遊星と目が合い、2人で苦笑した。

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