20歳
未来計画
※メインストーリー「スレイベガ」第7話の台詞ネタバレあり



 彼の名前はジャック・アトラス。傲慢で俺様でいつも私の事をチビ呼ばわりしては鼻で笑ういけ好かない奴。そして私はそんな彼の従妹、スバル・アトラス。私の父方の兄弟が奴のお父さんだ。結構近い親戚なので名前はおろか見た目も結構似てしまっている。金髪とか目の色とか。おかげでファミリーネームまで名乗ると『あの元キングの兄弟か嫁!?』等と真っ先に騒がれる。私の年齢は奴と同い年。幾らか私の方が遅く生まれたとしても兄妹路線はまずあり得ないし、この年ですでに結婚なんてどこのご時世だ。けど女の人相手はそれを深く掘ろうとされるので、私はいつも『スバル』としか名乗らない。サテライトにはざらに名前しか無い人が多いのでフルネームを名乗らなくても特に違和感は無い。けど、ポッポタイムで遊星、クロウ、そしてジャックの4人でルームシェアを始めると
「チビすけ! 何故アトラスまで名乗らん!」
 このように何故かやたらと突っかかってきはじめた。
「有名人が親族にいるとやたらと面倒くさいんだよ。特にジャックの場合は。」
「なんだと!」
「アトラスなんて苗字、あんまりないから皆勘くぐってジャックについて尋ねてくるの。」
「良いじゃないか! 俺について尋ねられて何処が恥ずかしいんだ!」
「職に付かずに資金貪ってるところかな!」
 今月の残金みたらあまりに少なく、一瞬驚いたものの、すぐに溜息が零れた。どう考えてもこの目の前で優雅に紅茶を飲んでる阿呆のせいだ。なんだっけ? ブルーアイズマウンテン? 一杯3000円なんてクソ高いコーヒー、毎日バカすか飲んでるからクロウと遊星がコツコツ貯めてる資金が秒速よりも遅いスピードでしか貯まらないんだ。ちなみに私も働こうとしたけど3人に家事全般を頼み込まれ、日雇いしか入れられない。
「馬鹿を言え、俺が悪いのでは無い。俺に付いてこられない周りが悪いのだ。」
「何度目だ、それ。他2人が居なかったら社会不適合者として今頃そこらへんに転がってるよ、ジャック。」
「戯け! そんなわけ、」
「そんなわけないなら早く職を見付けてくれ。」
「む……。」
 パラパラとノートをめくりながらボールペンをいじる。
「ところでお前はさっきから何をしているんだ?」
「え? 家計簿だよ。」
 最近、皆に買い物をしたらレシートを持ってこいと言っているのはこのため。パートで一緒になったおばちゃんが教えてくれたもので、こうゆう風に付けていくとお金の使いどころが分かってくるようになるらしい。現時点でブルーアイズコーヒーが凄く無駄遣いってのはよぉく分かった。なんだこのレシートの山。なんだこの消費の悪さ。
「ねぇ、ジャック。私がシティに来たばっかりですぐに入院したとき、言ってくれた言葉、覚えてるよね?」
「ん? あぁ、覚えているぞ。」
『待ってろチビすけ。必ず俺がまた歩けるようにしてやる。』
 あの夜、彼は雑に私の頭を撫で、えらく真剣な眼差しで私を射貫いた。その言葉がどれだけ嬉しかったか。
「俺をなんだと思っている。自分の言葉に偽りなど無い。」
「だったら優雅に紅茶飲んでないで私の医療費をどうにかしてこい!」
 バンッと机を叩くようにして立ち上がる。衝撃でどこから出てきたのかわからないティーセットがカタカタと揺れた。
「だからそれはWRGPの優勝金でだな、」
「ならライディング・デュエルの資本であるDホイール開発費のために働けぇい!」
 珍しく2人しかいないポッポタイムにスバルの悲痛の叫びが響き渡る。にもかかわらずジャックは紅茶に口を付けただけで動じもしない。
「強情な奴め……。」
 頑としてそこから動きたくないらしい。
 溜息を零し椅子に座り直す。ジャックのレシートがようやく片付き、今度は遊星とクロウの番だ。遊星は部品が主だし、クロウは食材が主だ。特にクロウに関しては食材といっても私が頼んだおつかいが大半だ。意外と物欲が無くて助かる。
「……何故頑なにアトラスまで名乗らん。」
「またその話? ジャックについて聞かれるのが定石だから面倒くさくて名乗ってないだけだって。」
 そういやクロウはサテライト時代から他の人のために何かすることはあっても、自分のために何かを得るというのはあまり無かったように思える。
「……スバルはそんなにジャックが嫌いなのか。」
「好きだよ。面倒くさいけど、やっぱりジャックは格好いいし。」
 遊星もジャンクの中からDホイールを作り上げるだけあって、節約には協力的だ。
「そうか。」
「……。」
 あー、でも一昨日に『新しいプログラムにこのチップじゃ容量が足りなくなるかもしれない。』とか言っていたから多くて3つ買える、ぐらいの小遣いを、渡しても、いいな……?
「……。」
「…………ん?」
 今私、何を口走った?
 前を向くとしたり顔でカップに口を付けたままのジャックと目が合った。
「そうか。」
 その表情でもう一度そう繰り返し、空になったカップに紅茶を注いだ。
「待って。私何を言った?」
 あんぐりと口を開け眉間に力が入る。阿呆な顔をしている自覚はあるが、それよりも自分の発言の方がヤバい。
「実にスマートな台詞だった。相手が俺じゃなかったら惚れていたかもしれんな。」
 ニヤけた顔が一層腹たたしい。
「は、謀ったな!?」
「チビすけが勝手に言っただけだろう。俺となんの関係がある。」
「人が集中しているときにわざとそうゆう事を聞くから!」
「そうでもしないと恥ずかしがって言わんだろう。」
 はめられた……!
 ぶわっと湯気でも出そうなぐらい頭全体が熱くなるのを感じ、より恥ずかしくなる。
「可愛い奴だな。」
「う、ううううるさい!」
 目を細めニヤけるジャックの顔をめがけてノートを投げつけるが、いとも簡単に受け取られてしまった。
「スバル。」
 くすぐったくなるぐらい低く甘い声で名前を呼ばれ反射で身を引いた。そして対照的にジャックは腰を浮かせた。机越しに伸びた手は私の頬を包み込む。
「く、来るな、元キング!」
 精一杯肩を押すがビクともしない。むしろ私の座っている椅子の脚が浮きそうだ。
「口が悪いぞ。」
 目の前で言われ端整な顔が、近い近い近い!
「逃げるな、スバル。」
「やめ、」
「お前は昔から嘘を付く時に耳を摘まむ癖がある。」
 ハッとしていつの間にか耳たぶを掴んでいた手を離す。が、再び前を向いた時にはさらに距離を詰められ、
「変わらんな。」
「な、」
 反撃の言葉もろとも口を塞がれた。
「んっ……!」
 ぎゅっと目を瞑り、早まる鼓動のせいで早々に酸欠を起こし、もう一度押し退けようとするが全く力が入らない。
「どうした、そんなんで俺は動かせんぞ。」
 ぷはっと解放されたかと思うと頭の後ろを掴まれ、補完しきれていないうちにもう一度塞がれる。逃げようともがくうちに机からボールペンが落ちた。
 耳を劈く水音も自分自身の荒い息も羞恥心を駆り立て、その度に楽しそうに舌が弄ばれる。
「スバル。」
 合間に呼ばれる声に思考が痺れていく。ジャックの唾液に混ざった紅茶のせいで私の口の中にも渋みが広がっているはずなのに、何故かひどく甘ったるい。快楽に震える手がジャックの服を掴んだ。
「スバル。」
 低い声で呼ばれそっと離れた手は私の目尻を拭いた。ゆっくりと目を開けるとジャックの顔がぼやけていてた。
「すまん、つい。」
 酸素を求め荒く息する私にジャックが見下ろす。
「つ、“つい”で、するな、阿呆……!」
「その顔でそれは煽りにしかならんな。」
「鬼畜、か……!」
 全く息の上がっていないジャックは私の前髪をかき分け、おでこにわざとらしく音を立てる。ビクリと肩が上がった。
「お前の仕事はまだ終わっていないだろう。」
 投げつけたノートを渡され、ジャックが身を引いていく。
「べ、つに……。」
「なんだ。」
 引きかけた身がピタリと止まった。
「べ、別に! そんな。事しなくたって……言いたくなったら言うよ。」
 落ち着きかけた羞恥心が再びふつふつと沸き始め、ノートで顔を隠す。
 ……。
 反応が返ってこなくってそろりとノートを横にずらすと、まん丸に見開かれたジャックの顔が合った。
「やっぱ言わない!」
 そんなに予想外か! そんなに私の気持ちが信じられんか! ジャックの馬鹿!
「待て、スバル!」
「ジャックの職無し! 金髪頭め! ハゲになってしまえ!」
「金髪はお前もだろう! 違う、ちょっと予想外ではあったが、」
「予想外かよ!」
「最後まで聞かんか!」
 ノートを振り回す私の腕をパシリと捕まえる。決して痛くはなく、振り解けてしまいそうな程優しい。そしてやけに真っ直ぐに私の目を見ながら口を開いた。
「……嬉しく思うと同時に、照れるお前が可愛くて思わず惚けていた。」
「馬鹿かあ!」
 お前は自分の発言にもう少し恥じらいを持て!
「馬鹿な俺は嫌いか?」
「きっ……!」
 らい。残り2文字さえ言えれば良いのに喉につっかえて出てきそうにも無い。
「嫌いか?」
 期待の眼差しで言う台詞じゃねぇぞ、それ!
「……言いたくない!」
 思いっきり顔を背けると横でフッと鼻で笑われて、ガタッと音がした。前を向くと、椅子に腰掛け冷めてしまっただろう紅茶に口を付けるジャックの姿。そして、
「そうか、嫌われてしまったか。」
 と肘をついて悲しげに言うのだ!
「……。」
 ギリッと耳の奥で歯の擦れる音がした。
「違うのか?」
 そして手の影で密に口角を上げてこちらを見るのだ。あぁ、お前はそうゆう男だ。
「……好きだよ。」
「聞こえんな。」
 こんっの、確信犯め!
「ちゃんと好きだってば!」
 投げやり気味に言うと「フハハハ!」と豪快に笑った。私としてはもう悔しいったらありゃしない。でも言わないとこの変な芝居がいつまでも続きそうだ。それを遊星やクロウに見られるのはもっと恥ずかしい。
「不服そうだな。」
「不服このうえないね。」
 ノートを広げ、バラバラになってしまったレシートを整理する。
「今はまだフルネームで名乗らなくても良い。」
「は?」
 まだその話をするのか、今日で3回目だぞ? いつもより多いな、と思いながら落ちたペンを拾おうと床に手を伸ばす。
「だが、お前に白いドレスを着させた日からは言って貰うぞ。」
 机上の高さまで上げた目線がジャックの顔を捕らえた瞬間、せっかく拾い上げたペンがもう一度カランカランと音を立てた。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -